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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第一章.始まりのラ・トゥ
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7.夜のラ・トゥ

「ねえ、イリアちゃん」


「なんでしょう?」


 雪乃は浴槽に浸かり、イリアを後ろから抱き抱えるような体制になったまま話しかける。


「気持ち良いね」


「はい、とても心地よいです」


 雪乃のいた世界のように、外には電車も車もバイクも走っていない、とても静かな無音。

 そこにパイプから滴る水音だけが聞こえる。


「ガーネットさん、なんだか元気なかったね」


「……はい」


 イリアは雪乃にもたれかかるように背を倒し、見上げる。


「お嬢様との交流に後悔があるようです。良い父親ではなかったと、そう言っていました」


「そっか」


 雪乃はもたれかかるイリアの首に両腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。


「ねえ、イリアちゃん。ガーネットさんが私に優しくしてくれるのって……」


 ガーネットが娘と雪乃を重ねて、それで優しくしてくれているのではないかと。

 雪乃は言いかけて、やめる。


「ユキノ様」


「うん?」


 不意にイリアは立ち上がり、雪乃と向かい合うように振り返る。


「モヤモヤしたものがあるのならば、直接話し合うべきだとイリアは思います」


「イリアちゃん……」


 二人で考えていても、真意は分からない。

 それならば本人と話し合うほうがいいと、イリアは考えたのだろう。


 しばらく沈黙が続いた。


 少し遠くで水が跳ねる音がした。

 川の魚が跳ねた音だろうか、そんな音が聞こえるくらいの沈黙。



「……うん、そうだね。私、ガーネットさんと話してみるよ」


 雪乃は決心して、ニコッと笑いかけた。

 そんな仕草を見て、イリアはホッと安堵したような表情を見せた。


「でも、その前に……」


 雪乃は顔を伏せて笑うと、イリアの手を掴みぐっと引き寄せる。

 急な出来事にイリアは小さく声をあげ、引き寄せられるままに雪乃の方へと倒れこんだ。


「もうしばらく浸かってようよ?」


 雪乃は跳ねた水でびしょぬれになったイリアの前髪を指で掬い、頭を撫でてそう言った。


「……のぼせても知らないですからね」


 そう言ったイリアは、撫でられることにまんざらでもない様子だった。





***





 辺りには灯りがまったくなく、闇に包まれている夜の村。

 そんな闇の中を、二人は歩いている。


「そういえば、夜の村を歩くのって初めてだよ。凄い真っ暗なんだねぇ」


「ユキノ様は早くに就寝されてしまいますからね」


「やっ、べ……別に起きてられないってわけじゃないんだよっ?」


「はいはい」


「もー、酷いよイリアちゃんっ」


 他愛のない会話をしながら、火の灯ったランプを手にしたイリアを先頭に、二人はガーネットの家へと歩き続けた。

 しばらく歩くと、他の建屋の標準よりも少し大きめの建屋があった。


「あそこがガーネット様の住居ですよ」


 娘と母親と、そして父親で暮らすために大きくしたのであろうその住居の窓からは火の灯りが漏れていた。


「ガーネットさん、まだ起きてるのかな? 仕事があるから、いつも早くに寝るって聞いてたけど……」


 毎日のガーネットとの会話内容を思い出しながら、雪乃は建屋へとたどり着いた。


『ガーネットさん? いますか?』


 雪乃は木製のドアをノックして、異界語でガーネットの名を呼んだ。

 ドアはすぐに開き、そこにはガーネットの姿があった。


『……やっぱり来たか』


『……? やっぱり?』


 呟いたガーネットの言葉に、イリアは首を傾げた。

 しかしその言葉の真意について考える前に、ガーネットに住居内へと案内される。


 家の中は飾り気のまったくない部屋だった。

 火を灯すランプに、円形のテーブル。そしてその上には飲み物用のカップが二つ置いてあった。


『ガーネット様、そのカップは?』


 いち早くカップの存在に気づいたイリアが、それを指差しながら尋ねる。


『これか、さっきまで客が来てたんだ。気にしないでくれ』


 そう言うとガーネットはカップをしまい、新しいものを木箱から取り出すと『何か飲むか?』と二人に尋ねた。

 雪乃はガーネットの淹れたコーヒーを飲んでみたかったが、眠れなくなってしまっては明日の祭りに支障をきたすというイリアの弁により、ホットミルクがガーネットより提供されることになった。


「もう、私子供じゃないんだから」


「駄目です、ちゃんと寝られるようにそのミルクで我慢してください」


「……はーい」


 雪乃は渋々とした様子でホットミルクを啜るが、案外その味は美味なものだったので思わず笑顔が綻んだ。

 イリアはその表情を見て「やっぱり子供じゃないですか」と、呟いたことはもちろんホットミルクに夢中の雪乃には聞こえていなかった。

 そんなものだから、唯一聞いていたガーネットがくっくっく、と笑っている意味が分からない雪乃は、ただ首を傾げるしかなかった。

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