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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第四章.時の水(ビドロ)に乗って会いたい人がいる
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13.三人目

 そして生誕祭当日――。


 ガーネットは寝ぼけ眼の雪乃に、現在時間の雪乃と時計塔で話をすると言い残して家を後にしていた。

 家に残された雪乃は魔物がやってくる時間まで何をしたものかと、物思いに耽っていた。


 じっとしているのも気分が落ち着かない――そう思った雪乃は少し外を散歩することを決意した。

 早速雪乃はテーブルの上に置かれていたサンドイッチとお皿、そしてガーネットの書置き(雪乃には読むことは出来なかったが、恐らくサンドイッチを食べて良いという内容だろう)を纏めてバスケットの中に入れ、ガーネットの家を後にしたのだった。


「一年に一回のお祭りともなると、やっぱり賑やかなんだなぁ」


 生誕祭の雰囲気を遠巻きに満喫しながら、雪乃は呟いた。

 何せもう一人の自分がこの村にいるのだから、未来からやってきた自分が村人の前に安易に姿を現すものではない。

 そういった考えから、雪乃は村の外れを歩いていたのだった。無論、村人とは一人もすれ違うことはなかった。

 そして雪乃が小さな森の中をしばらく歩いていた時だった。


「(誰か、いる?)」


 ふと視界に人の姿を捉えた雪乃は、足を止め木を背中にして身を隠した。

 どうやら雪乃から見て数十メートル先に、何者かが木に身を預けているようだった。


「(生誕祭の日に、こんなところで何をしているんだろう?)」


 雪乃は木の後ろから恐る恐る顔を出し、相手の様子を伺った。

 その姿はどこか見覚えがあるというか、それはむしろ――。


「(うん……? というか、まさかあれって――!?)」


 雪乃は思わず目を見開いた。呼吸をすることを一瞬忘れてしまうくらいの衝撃だった。

 なんと、雪乃の視界に映った人物――それは"雪乃自身"だったのだ。


「(な、なんで私がここに!? 私の他に未来から来た"私"がいるってこと……?)」


 どうやら目の前のもう一人の雪乃は眠っているらしく、こちらに気づく様子はないようだった。


「(待って……落ち着け私。考えるんだ――)」


 雪乃は思考した。目の前にいる自分が何者なのか、それを探る必要があった。

 まず雪乃が考えたのはもう一人の自分が何を目的としてここに来ているのか、ということだった。


「(もし、この私が"世界の矛盾現象"について知らない私だとしたら……もし、この私がガーネットさんを助けに来た私なら……何も行動をさせてはいけない――)」


 雪乃が考えた一つの可能性――。それは、目の前にいる雪乃が"これからガーネットを救うための行動を起こす雪乃"だということだった。

 そしてその予想が当たっているのなら、恐らく"この雪乃"がガーネットを救うことに成功し、世界の矛盾現象によって消えてしまう直前に過去に渡り、生誕祭前夜のガーネットにそのことを伝えに来るはずの雪乃なのだろう。


「(だとしたら、この状況はあんまりよくない……かも)」


 雪乃は悩んだ。目の前の自分を無力にする方法自体は簡単だった。それは、眠りながらも大事そうに握り締めているエメラルドを取り上げてしまうことだ。

 しかし、雪乃は安易に行動に移せないでいた。

 何故なら、この雪乃がガーネットを救わなければ、世界の矛盾現象についての情報が過去のガーネットに伝わらなくなってしまうからだ。


「(かといって野放しにしておけばこの世界の未来が大きく変わってしまう……)」


 どうしたものか、雪乃は考えたが妙案が浮かぶことが無かった。

 しかし、代わりにあることに気がついた。それはもっとも単純なことだった。


「(……"私"が同じ時間に三人いるのはおかしい)」


 雪乃は複雑な点ばかりに目がいってしまい、気がつかなかった。

 そう、時間が未来と過去の二つしかないのなら、一つの時間に存在している雪乃の数も二つしかありえないはずなのだ。


 未来から過去へ跳んだ雪乃を未来雪乃、その跳び先である過去に存在している雪乃を過去雪乃としたとする。

 現在の状況で言うなら、村外れの森で思考している雪乃が未来雪乃。時計塔でガーネットと話しているのが過去雪乃である。


「(私の元いた時間のもっと後に、もう一度この時間に跳んできたというなら、三人目が居てもおかしくはないけど……)」と雪乃は思った。


 しかし、すぐさまその考えを否定した。何故なら、未来雪乃より後の時間から跳んできたということは、目の前に居る雪乃は時間矛盾現象について知っている――むしろ、今こうして思考している自分自身のはずだからだ。


「(なら、やっぱりこの私は始めて時の水を使って、ガーネットさんを助けに来た私……だよね)」


 どう考えても埒が明かなかった。一つの時間から二人の自分が発生してしまったとしか思えないくらい、不可解な現象だった。


「(なにがどうなっているんだか……)」


 雪乃は一つため息をついた。分からないことを考えていても仕方が無い。

 それにそろそろ空腹を覚え始めた雪乃は、持ってきたサンドイッチを食すことにした。


「(とりあえずこの私には何もしないでおこう……。もし魔物との戦いに現れたらエメラルドで動きを止める――うん、そうしよう)」


 下手に手を加えるとどのような事態に発展するかまったく分からなかったため、雪乃は特に行動を起こさないことに決めた。


「(まったく……荷物も持たずにこの世界に何しに来たんだか)」


 目の前の自分を観察すると、どうやら荷物の一つも所持していないらしい。

 武器も、食料も持っていない様子だった。


「(仕方ない、私の分を分けてあげよう。私自身だしね)」


 そう思った雪乃はサンドイッチの入ったバスケットを、目の前で眠る自分の横に置いた。その時だった。


「(なっ……これって――!?)」


 突如、雪乃は大きな眩暈に襲われた。不意にバランス感覚を失い、その場に倒れてしまう。


「(この感覚――いつもの"アレ"……っ!?)」


 鏡を通じて世界を超えた時の感覚。

 精神送信器を使って精神世界に移動する時の感覚。

 時の水を使用して時間を跳んだ時の感覚。


 それら全てに通じる感覚だった。


「(今までの経験からして、また"何かしらの移動"が行われてるってこと……!?)」


 ぐらぐらと、揺れる思考の中で雪乃は考えた。

 世界、心、時間……今までどんな移動をする時も、同じ感覚に襲われていた。

 つまり、今回もそれらに似た"高次元的な"移動が行われようとしている……そう考えていた。


 上下左右に揺られる不可思議な感覚に襲われた雪乃の身体は、じわじわと粒子となって消えた。




「痛ッ……やっぱりこんなところで寝るのは無理があったかなぁ……」


 そして雪乃の身体が完全に消えた後、木に背を預け眠っていた三人目の雪乃が目を覚ました。


「……これは?」


 目覚めた雪乃は不自然に置かれたサンドイッチを見つけると、ただただ首を傾げるのであった――。

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