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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第四章.時の水(ビドロ)に乗って会いたい人がいる
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11.生誕祭前夜

「――と、これがお前が俺を助けてはいけない理由だ」


 生誕祭前夜、ガーネットは雪乃に言った。


「私より先に、ここにやって来た"私"がいた……?」


 雪乃は頭を悩ませた。ガーネットを助けるために未来からやって来たのは良いが、ガーネットは頑なにそれを拒んだ。

 理由を聞いてみれば、どうやら自分がここに来るよりも前に"自分"がガーネットの元を尋ねていたという。

 そしてその未来の自分がガーネットに"世界の矛盾"について語って見せたという。何でも、ガーネットを助けてしまえばその世界において自分が過去に行く"動機"が消失し、結果過去へ渡る以降の"雪乃"という存在も同時に消失してしまうらしい。


「それを伝えたユキノはお前が来る前に消えてしまった。時の水の効力の限界が来たか、それとも世界の矛盾によって消えてしまったのかは分からない。だが、このままだとお前も同じ道を辿ってしまうだろう。それは何としてでも阻止しなければならない」とガーネットは言った。


「で、でもそれじゃあ私は何のためにここに来たのか――」


「とにかく、お前は俺を助けてはいけない。駄目なんだ、それじゃあ」


「そんな、そんなのッ……だったらザクロちゃんはどうなるの? ガーネットさんに会いたい、その為に時の水を用意して、私をここまで……。このまま何もしないで帰れないよ。だって、それって自分が消えるのが嫌だからガーネットさんを見捨てるってことになっちゃうんだよ……?」


 と雪乃は言った。誰かの犠牲の上に自分が生きる。それほど居心地の悪い生はないと思っていた。

 現に、ミンドラとの戦いでは別世界のイリアが自分の為に廃人同然になってしまっているのを見てしまっていた。


 自分は生き続ける為にに周りの人々を犠牲にしてしまうのではないのか? 雪乃はそう考えるようになっていた。


「馬鹿を言うな」とガーネットは一蹴するように言った。


「どうしてそう、考えが両極端になっちまうんだ? お前が罪悪感を感じることなんてないんだ。正しい未来は俺が死んで、お前が助かること。そうだろう? お前が生きるのにどうして後ろめたくなる必要があるんだ?」とガーネットは言った。


「俺を踏み台にして生きている、そういう風に感じているなら、それはまったくの間違いだぜユキノ。むしろ俺は感謝しているんだ」


「感謝? どうして……?」雪乃は首を傾げた。


「なんせ、普通そのまま死んで娘に遺言も何も残せねぇところをユキノ、お前が来てくれたことで俺は何かを残すための時間が出来たじゃねぇか」ガーネットは笑ってそう言った。


 雪乃には分からなかった。どうしてガーネットは笑っていられるのだろう?

 どうして生きていたい、と言わないのだろう?


 だから雪乃はガーネットに尋ねた。死ぬのは怖くないのか、どうして私の命を優先的に考えてくれるのか、と。


「そんなの決まってるじゃねえか」やはりガーネットは笑って答えた。



「俺にとってお前は娘と同じくらい大事に思っているからだ」



 その目はとても真っ直ぐで、迷いの欠片も見られなかった。


「別によぉ、犠牲になろうって言ってるわけじゃあねえ。さっきも言ったが、正しい未来はお前が生きることだからな」少し照れくさそうに視線を逸らしながらガーネットが言った。


 雪乃には、どうして自分がそこまで大事に思われているのか分からなかった。

 しかしガーネットの意志はとても固いことを知った雪乃は、本人の意志を尊重することに決めたのだった――。




***




「それで、具体的にはザクロちゃんに何を残してあげるの?」


 時間は過ぎ、現代の雪乃とイリアの訪問が済んだ後、未来の雪乃とガーネットはテーブルを囲んでいた。(少女二人の訪問の間、雪乃はクローゼット内に身を潜めていた)


「うーん、手紙……あるいは伝言か。やはり言葉を正確に伝えられるのは手紙だな」そう言ってガーネットは紙とペンを用具箱から取り出した。


「そうだね、未来(こっち)でもガーネットさんはザクロちゃん宛ての手紙を書いてたし、それがいいと思う」


 雪乃が承諾すると、ガーネットは早速ペンを執り、手紙を書き始めた。

 しばらくの間、ペンが紙の上を走る音だけが二人の間に響いた。コツコツ、コツコツと始めはリズムよく、後半になるにつれその筆は止まったり、ガーネットは頭を悩ませたりしていた。


 雪乃はそんなガーネットをしばらく見ていたが、次第にそれも退屈になって窓から空を見ることにした。

 人工的な遮蔽物が何一つ視界を邪魔しない夜空は、元の世界で見る世界よりも一際輝いて見えた。月の美しさもより一層増して見えた気がした。


 そして雪乃はおもむろに携帯電話を取り出した。景色を眺めていると、何故かいつも取り出してしまう。癖と言うか、条件反射のように。


「(私がこの世界で出来ることって、どの範囲までなんだろう?)」


 雪乃はふと考えてみる。

 別に雪乃がこの時間でどんな行動をしようとも特に制限はない。そして勘違いしがちだが、この時間にやってきた"理由"さえ消失しなければ自身の身体が消えることは無い。

 現にガーネットの死が近いことを本人に知らせることで、本来ありえなかった"ザクロに対してガーネットが手紙を書くこと"を起こすことに成功している。

 直接的にガーネットの命に関係しない範囲でなら、雪乃は比較的自由に行動することが可能なのだ。


「……まって、それってつまり――?」


 そして雪乃は閃いた。何となく取り出していた"携帯電話"がそのヒントとなった。

 その思いつきは、決してガーネットの死を上手く回避するといった画期的なものではなかったが、少女にとっては奇策とも呼べるアイデアだった。


「ねえっ、ガーネットさんっ!」


 雪乃の声に、ガーネットは不思議そうに顔を上げた。


「ガーネットさんの声と姿、未来のザクロちゃんに届けてあげられるかもしれないよ!」


 そういって雪乃は携帯電話をガーネットに向けて掲げたが、事態が読み込めないガーネットはただただ首を傾げることしか出来なかった――。

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