6.時が流れて【挿絵有】
それから、雪乃のラ・トゥの村での生活が始まった。
朝は好きな時間に起きて良いとイリアに言われていたが、夜に行う娯楽は元居た世界と違い、これといって何も無かったので早寝になり、そうすると自然に早起きになっていた。
起きた後はメイドの少女が用意する朝食を取る。
最初の内は任せきりの雪乃だったが、数日もする内には雪乃も手伝うと言い出した。最近ではイリアに料理を教わりながら楽しく朝食の時間を過ごすのも雪乃の日課になっていた。
食べ物は基本的に農作で採れた物を分けてもらっていた。
この世界にリンゴが存在することからも想像がついたかもしれないが、異世界といえど用いられる食材は基本的に雪乃が元いた世界と同じものだったので、大体の物をバランスよく食べることができ、偏食をすることもなかった。
朝食の後は村人達の農作業の見学。
イリアに案内をしてもらいつつも、雪乃が気になったものや興味を惹かれたものを優先して見学を行っていた。
実際に目にすることのなかった農家の暮らしは、雪乃にとってはどれもが新鮮だったという。
食べ物を分けてもらってばかりでは悪いと、雪乃は村人達へ手伝いを申し出たのだが、異界人は基本的にお客扱いということで、手伝いをさせてもらうことはできなかった。
見学時間の中でも、雪乃は麦畑と果樹園を担当しているガーネットの元へ尋ねることが多かった。
仕事で忙しい時でも、言葉を話せない雪乃とイリアの通訳を通して親身になって色々な話をしてくれることが雪乃は嬉しかったらしい。
現在の雪乃にとって、イリア以外に気兼ねなく話ができる相手といえばガーネットだった。
お客である異界人に仕事をさせてはいけないという決まり事があるらしいが、ガーネットは少しでも雪乃の刺激になればと思い、果物の採取や水やり等の簡単な仕事を雪乃にさせてやったりもしていた。
雪乃自身もお喋りをしながら身体を動かすことで楽しくもあったし、採取した果物をガーネットが内緒でくれたりもした。
イリアと、ガーネット。
雪乃がこの二人とコミュニケーションを取りながら、村のことやこの世界のことを学び始めてから20日程が経った。
今日も雪乃はイリアと共に、ガーネットの元へと訪ねていた。
『こんにちは、ガーネットさん』
『おう、今日も来たかユキノ』
雪乃は挨拶の言葉や少しの単語ならば、異国語を扱えるようになっていた。
勉強に関して雪乃は真面目であった。
元の世界ではクラスメイトに英語の課題を押し付けられていたこともあったが、そのような強制された課題に比べれば、直接生活に関わることを学び生かしていくことは雪乃にとっては学校の勉強等よりも俄然、やる気が出てくるようだった。
『そういやユキノは明日が何の日か知ってたか?』
『明日?』
雪乃はガーネットの言葉に首を傾げた。
少し考えてみるも、この世界の祝日といったものに関して、雪乃はまだ何も知らなかった。
「ユキノ様、明日は村の"生誕祭"の日なんです」
イリアは雪乃に分かるよう、日本語で雪乃に説明をする。
「生誕祭って?」
「生誕祭はこの村独自の文化で、あらゆる物の生誕を祝うお祭りのことです。それはこの村自体の生誕、生き物の生誕、農作物の生誕といった様々な生まれの原点に感謝する意も込めているそうですよ」
「原点っていうと……生き物の場合は、お母さんやお父さんに感謝するっていうこと?」
「そうですね、村であれば創始者の"ラ・トゥ様"へ。生き物であれば両親へ。農作物であれば世界の自然へ。ここに私達がいるのは、全ては原点があってこそ……だからそれに感謝しましょうということらしいですね」
なるほど、と雪乃は相槌を打った。
それからガーネットへ、生誕祭のことが分かったことを指で丸印を作ることによってジェスチャーする。
『まあ最近はあれだ、村がどうこうって言うよりも生んでくれた父ちゃん母ちゃんに感謝しようって感じになっちゃいるんだがな』
当初の仕来りとはまた少し変わってきている、とガーネットは言った。
ちなみに今のような雪乃が理解し辛いような、少し長い話はイリアが翻訳して教えている。
「そういえば、ガーネットさんって私くらいの娘さんが王都にいるって言ってたよね? その子は生誕祭の日に帰って来たりしないの?」
生誕祭は今は両親に感謝する祝日になりつつあるという話を聞いた雪乃は、いつかガーネットから聞いた話を思い出していた。
ガーネットには一人娘がおり、魔法の研究をするといって王都へ行ったという話を。
『ガーネット様、あなたのお嬢様は生誕祭に帰ってこられるのでしょうか?』
雪乃の言葉を、イリアが翻訳しガーネットへと伝える。
しかし、その雪乃の発言にガーネットは眉間に皺を寄せ、唸るだけだった。
どうやら触れてはいけない話題だったか、と雪乃がおどおどしているとガーネットが口を開いた。
『まあ……あれだ。俺の娘のことはもういいんだ。どうせ帰ってきちゃくれねえよ』
そう言うと、心の内を発散させるかのように鍬を土の地面に振り下ろした。
「……どうやら帰ってこれない、と言っています」
「なにかあったのかな……?」
二人の不思議がる表情を見て、ガーネットは地面に座り込むと空を仰いだ。
『嫁さんは子供生んですぐ死んじまったんだ、魔物にやられてな。そんでもって、俺は男手一つであいつに親らしいことなんざしてやれなかった』
そう言うと、両手を枕代わりにして地面に横になりため息をついた。
『そしたら勉強がしたいって王都に行っちまった。俺、なんにもしてやれてねぇなって気づいたのは、あいつがいなくなってからだ。……駄目な親だろ』
胸の内を語り終えると、ガーネットは静かに目を閉じた。
もうこれ以上話すことはないということなのだろう。
「……今日は帰りましょう、ユキノ様」
「え? う、うん……?」
ガーネットの言っていたことがほとんど分からない雪乃は、ただイリアに促されるままその場を立ち去ったのだった。
***
「ねえ、イリアちゃん。今日は一緒にお風呂入らない?」
家に帰ってきて早々、雪乃はそんな話をイリアに持ちかけた。
そんななんの脈絡も無い話にイリアは唖然としていた。
「や、あの……え? お風呂、ですか?」
てっきりさっきのガーネットの話を翻訳して聞かせてほしい、と言うのかと思っていたイリアはまさか帰宅一番にお風呂に誘われるとは思っておらず、雪乃の言葉に咄嗟に反応することができなかった。
「そう、お風呂。駄目……かな?」
「いえ、駄目ということはありませんが……。分かりました、すぐに準備に取り掛かります」
その意図はまだ不明なものの、雪乃が入りたいと言うのならば別にそれを拒む理由もないので、イリアは木でできた浴槽へ水を溜めるため風呂場へと向かう。
ちなみに、この村の水道の文化は綺麗な川の水をパイプによって各建屋に送り込み、使用したい場合は備え付けてあるポンプを踏むことによりパイプから水が出るという仕様になっている。
『異界人独特のコミュニケーション……ではないみたいですね。異界人云々というよりも、本人の性格?』
水を吸い上げるためのポンプを踏み、浴槽に水を溜めながらイリアは呟きつつ考える。
そしてポンプを踏むこと四度目の時、本人がマイペースな性格だけだという考えに落ち着いた。
「ユキノ様? そろそろ火をお願いします」
ポンプを踏みながら、火の準備に取り掛かっているであろう雪乃に声をかける。
「分かったよ。それじゃあイリアちゃんは先に入ってて?」
風呂場から隣にある火を焚く場所から、雪乃の声が聞こえた。
水を温めるから、イリアに湯加減を確かめてほしいということなのだろう。
「はい、分かりました」
雪乃の意図を察したイリアはメイド服を脱ぎ始める。
これまで数日、世話をしている主人よりも先に風呂に入るということがなかったな……などと考えながら、多少温まりつつある浴槽へと身を沈める。
「まだ温めたほうがいい?」
「そうですね……まだ少しぬるいかもしれないです」
そんなやりとりから少しして、ちょうどいい湯加減を感じたイリアは「もういいですよ」と声をかけた。
「分かった、私もすぐにそっちいくね」
それから少しして、イリアからして隣の――つまり脱衣所から布が擦れる音が聞こえた。
女同士、特に意識する必要はなにもないはずだったが、イリアはなぜか落ち着かずにいた。
これでは変に意識しているようで駄目だ、とイリアは浴槽のお湯を手で掬い顔を洗う。
「おまたせっ、イリアちゃん」
それと同時に、雪乃が風呂場の扉を開け現れた。
バスタオルというものが村の文化にはないので、身体には一糸纏わぬ姿で。
「……ユキノ様」
「ん? なあに?」
あまり人の身体を直視するものではないとイリアは分かってはいるものの、雪乃の身体に目を奪われた。
そしてどうしても、言いたいことがあった。
「ユキノ様、結構着やせするタイプだったんですね」
イリアは今まであまり気づかなかったが、雪乃のその平均以上の――むしろ豊満な、といっていいほどの二つの果実がそこにあった。