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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第四章.時の水(ビドロ)に乗って会いたい人がいる
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4.手段があるなら、やるべき

「ねえ、お願い。これはあなたにしかできないことなの」とザクロは真剣な目で雪乃を見つめながら訴えかけた。


「でも……」


「実験みたいにされるんだから怖いのは分かるよ、それでも」


「や、そうじゃないの。そうじゃないんだよ」と雪乃は言った。もちろんそれは嘘ではなかった。雪乃は時の水による身体のエーテル化にはあまり恐怖を感じてはいなかった。なぜなら同じようなことはミナセの精神送信器の時点で既に経験していたからだった。


 雪乃が心配しているのはあくまでも二つ。一つは個人の勝手な都合で過去を変えても良いのか、ということ。そして二つ目は過去を変えたことにより、どのようなタイムパラドックスが起きるのか、あるいは起きないのかがまるで分からないということだった。


「じゃあ、どうして……」ザクロにはどうして雪乃が快く承諾してくれないのか分からないらしい。唯一思いついた理由も違うと聞かされ、表情を曇らせてしまう。


「とても一言では説明しきれないことなの。せめて……明日まで時間をくれないかな? 落ち着いて考えてみたいの」と雪乃は言った。


「……そうね、私もちょっと気を焦っていたかもしれない。また明日、ここにくるわ」ザクロは椅子から立ち上がり言った。そのまま身を翻し、玄関へと歩いていった。


「お、おいどこ行くんだよザクロちゃん?」去っていこうとするザクロを見たタジは、慌てて声をかけた。


「時間転移の準備をしておこうかと思って。明日了承の返事を貰えたら、すぐにでも決行したいでしょ?」ザクロはそう言うと手をひらひらと振りながら、そのまま家を後にした。


「まだ了承されるって決まったわけでもないのにな……おっと、それじゃ俺もそろそろお暇するかなっと。邪魔したな、ユキノちゃん、イリア」タジも椅子から立ち上がり、言った。


「本当に邪魔です、さっさと帰ってください」イリアは抑揚のない声色で、タジをじっと睨んで言った。


「なんだよ、そんなに邪険にすることないだろう? それじゃ、またな二人とも」タジはイリアからの辛らつな言葉に笑って見せると、そのまま玄関へと向かった。


「ユキノちゃんが悩んでいることが何なのか分かんないけどさ。兄貴が生き返るっていうなら、俺はやって欲しいと思う。村のみんなだってきっとそう思ってるよ」そして最後にそう言い残すと、タジは家を去っていった。


「……村のみんなも、か」雪乃は誰に言うでもなく、呟いた。そう、いまやガーネットの生死の運命は雪乃の行動次第で変わるのだ。自分一人の悩みで、みんなの願いを無下にして良いのだろうか? そう思わずにはいられなかった――。



***



「過去に行ってガーネットを助けるですって?」


 その夜、夕食の場でアイリスは素っ頓狂な声をあげた。

 驚くのも無理もなかった。今日はどこか元気のなさげな友人にその理由を聞いてみれば、なんと時間を越えて人助けをするというのだ。


「過去に行くって……それはどういうこと? 文字通りの意味で捉えていいわけ?」


「うん、その……時の水だっけ。それを使えばエーテルを含まない物質を場所や時間に捉われずに移動させることができるらしいの」と雪乃はザクロとの会話を思い出しながら言った。


「エーテルを含まない……か。それはユキノがぴったりの選定というか、まるでユキノの為に用意された手段ね」アイリスはスープを一口啜り言った。


「それでさ、アイリスはどう思うのかなって」


「どう思う? 私が? 何を?」


「私が過去を変えることについて」


「うーん……そうねぇ」今まで考えてこともなかった問題にアイリスは頭を悩ませた。死んだことが無かったことになるのは、もちろん良いことだと思う。良くないことが回避できるならば、特に問題はないのではないだろうか? とアイリスは考えた。


「良いんじゃないかな? 要は死ぬはずの人を助けるってだけのことでしょ? 助ける手段があるのならやるべきなんじゃないかしら」とアイリスは言った。


「手段があるならやるべき……うん、やっぱそうだよね」


「浮かない顔ね、他に心配事でもあるの?」


「いや、アイリスがそういうならやってみようかなって。さっきまでは細かいことで悩んでいたけど、今やれることで人を助けられるならきっと良いことだよね」アイリスの言葉に少し勇気付けられた雪乃は笑顔を見せて言った。


「よく分かんないけど、ユキノが元気になったみたいで良かったわ。でも今回は状況的に私は着いていけないみたいだし……一人で大丈夫?」


 そう、過去に行くことができるのは現状では雪乃ただ一人なのだ。今までのように仲間と連携を取りつつ戦う、といったことが制限されてしまうのだ。


「私もちょっと怖いけど……やり方によっては絶対戦わなくちゃいけないわけでもないし、それにちょっと良いこと思いついたんだよ」


「良いことって?」アイリスが首を傾げた。


「私、一人でも魔法が使えるかもしれないの」


 雪乃のその言葉にアイリスはスプーンを握る手を止め、台所で食器を洗っていたイリアの手もまたぴたりと止まったのだった。



***


 次の日。



「……昨日とは打って変わってやる気みたいね」ザクロは呆れながら言った。それと言うのも、昨日までは時間移動について良い反応を示さなかった雪乃が今はやる気満々で準備を手伝っているからだった。


「私、細かいことに悩みすぎてたみたい。助けられる手段があるなら、助けるべきってね。それで、私は何を持っていけばいいかな? 剣とか魔水晶は必要だよね?」


「何も要らないわ」


「え? 何も要らないって?」


「訂正、あなたは何も"持っていけない"わ」


「えっと、それってどういう……?」


「私が話した時の水の原理、覚えてる?」


「確かエーテルを含まないものを移動させることができて……って、あっ」雪乃は自分で言いながら、今まで考えていなかった盲点に気が付いた。


「服も武器も、魔水晶もエーテルが含まれているわ。だからユキノ、あなたにはすっぽんぽんの丸裸で向こうに行ってもらうわ」ザクロは魔法発動に必要な陣を床に描きながら、言った。


「は、裸で向こうに行くって!? 無理無理無理、無理だよそんなの!」雪乃は顔を真っ赤にさせながら全力で否定するも、技術的な問題が絡んでくるとあらば、いくら否定しようとも現実は覆らない。


「仕方ないじゃない。時の水はそういう風にできてるんだから。じゃなければ私が自分で行ってるわ」


「そ、そんなぁ……」ザクロの無情な言葉に雪乃は泣き崩れるより他なかった。


「すっぽんぽんの、丸裸……」そして見送りのため隣に居合わせたイリアが何故かそのワードを拾い上げて、顔を高揚させていた。

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