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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第三章.古城(ココロ)の中の悪魔
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19.違う運命は、確かにあった

「別にいいけど」


「そうですかー、やっぱ駄目ですよねぇ……って、へっ?」


 ミナセ病院を訪れた雪乃は元の世界うんぬんのことは伏せたまま、ミナセに精神送信器を使わせてもらえるように頼んでいた。

 何の理由も話さないまま道具だけ使わせてもらうなどと調子のいい話は断られてしまうだろうとばかり思っていた雪乃は、きょとんとした表情で固まってしまっていた。


「や、べつにこの道具使うのにコストは特に掛からないし……。雪乃ちゃんが一人で、それもそんなに真剣に頼んでくるくらいだから、きっと何か事情があるんでしょ?」傍から見るだけではどんな内容のものかはよく分からない。分厚い本から視線を外さないまま、ミナセが言った。


「それは……そうですけど」


 あまりにもあっさりと了承されてしまったので、逆に拍子抜けしてしまった雪乃はどこか腑に落ちないといった様子だった。



***



「それで、行き先は誰の精神にするの?」


 白い棺桶――精神送信器の前でミナセが言った。


「行き先は、ありません。もう一度転送の時の感覚を感じてみたいだけなので」と雪乃が言った。「転送の時の感覚?」とミナセが首を傾げる。


「はい、あの時の感覚はこの世界に来たと時の感覚ととても似ているんです。元の世界に帰るための手がかりにならないかなって」と雪乃が言った。半分は嘘ではなく本当のことで、この道具が何かしら異なる世界間の移動に関わっている可能性があると雪乃は考えていた。


「なるほどねぇ……でも、行き先がないなんて。それだとすぐに自分の肉体が返って来ちゃうよ?」とミナセが言った。


「あくまで感覚が知りたいだけなので、それで十分かなって」雪乃はそう言うと、精神送信器の蓋を開け中に入った。


「いい手がかりになるかは分からないけど……それじゃあスイッチ押すよー?」


 そんなミナセの声が聞こえたと同時に、"あの感覚"が雪乃の身体を襲った。世界から重力がなくなってしまったかのような、あるいは全方向の重力に引っ張られるような、不思議な感覚を身にしみこませながら雪乃は目を閉じた――。



***



 次に雪乃が目を開け棺桶から身を起こしたとき、そこは先ほどまでいた部屋とは違う部屋だった。


『よっ、また会えたね』


 今までパソコンに向かっていたらしいミナセが椅子を回転させて雪乃の方に振り向いた。

 

『また、来れた……』


 立ち上がりながら雪乃が呟いた言葉は、やはり前回と同じく異界語だった。話そうともしていないのに、自然とこの言葉を口走ってしまうのだ。


『それで、ミナセさん。ここ一連のこと、話してもらいますよ』


 疑問は一つ一つ解決していこう。そう考えた雪乃はミナセにそう提案した。『わかった』と頷いたミナセは椅子に乗ったまま足で床を蹴り、雪乃の方へ身を寄せた。


『何が知りたい?』


『まず、この世界のこと。ここは本当に"元の世界"なんですか?』


『そうだね、ここは間違いなく君の居た世界だよ。携帯を見てごらん』


 雪乃は言われるがままに懐に入れていた携帯電話を取り出すと、その画面を見る。先ほどまでは圏外となっていたが、今はちゃんと電波が通っていた。なるほど、電波が通るということは確かにこの世界は"現代"であるということが分かった。単に携帯電話の普及している別の世界という考えもあるが、目の前で説明してくれているミナセを他所にそんなことまで疑い始めたら、進む話も進まない。とりあえず雪乃は今居る世界を元の世界と考えることにした。



『じゃあ、次。どうして私はここにいる時だけ、異界語で話してしまうんですか? 元の言葉がどうしても思い出せない』


『それに関しては長い説明になってしまうから、後でまとめて話すよ。簡潔に言っておくと、君の存在が現時点では不安定だから……と言っておこうかな』とミナセが言った。


『存在が不安定?』


『そう、君は元の世界の初瀬雪乃でもあるし、異世界のハツセ・ユキノでもある。今も存在が波のようにどちらかに揺らぎ続けているの。精神送信器を利用した移動方法だと、どうしてもそうなってしまう』


 雪乃は今の話をあまり理解することができなかったが、原因が精神送信器にあるということが分かったので、とりあえずはそれでよしとすることにした。どうせこの後まとめて話すと言っているのだ。ここで事細かに話をこじらせる必要は無い――雪乃はそう考えた。


『それじゃあ、次。前に来たとき私にエメラルドを渡してくれましたよね? そして実際それは私達が魔物に勝つために必要になった。なってしまった。まるで未来を予知したかのように。どうしてあれが必要だとわかったんですか?』


 そう、今雪乃が感じている一番不気味な疑問がそれだった。あまりにもピンポイントな予知をされたようで、雪乃はミナセに感謝するとともに少し恐怖を感じていた。


『それについては……ちょっと心の準備をしてもらう必要がある。何を見ても驚かないって言う準備が』と若干表情を曇らせたミナセが言った。『心の準備?』と雪乃が言った。『これだけ異常なことが起こっているから。もうよっぽどのことじゃあ驚きません』


『ま、それもそうか……』そう言ってミナセは椅子から立ち上がり、パネルの付いた壁の前に立った。


『何を見ても、聞いても、落ち着いていてね』ミナセはそう言い、パネルに手を触れた。すると今まで雪乃が壁だと思っていた部分が縦に切れ目が入り、ゴゴゴと音を立ててぱっくりと割れ始めた。まるで壁は隠し扉のようだった。


 徐々に開き、内部が見え始める。雪乃は視線を集中させて、扉が開くのを見つめていた。そして扉の向こうに居たのは――。



『イリアちゃんっ!?』



 扉の向こう。そこに居たのは雪乃のよく知る銀髪の少女だった。その少女は雪乃の声にまったく反応することなく、床に座り込みただ虚空を眺めていた。


『イリアちゃん、どうしてイリアちゃんがここに!?』


 雪乃は駆け寄り、イリアに触れた。銀髪の少女は息をしているかどうかも分からないほど身体の鼓動が希薄だった。

 ぴくりとも動かず、生き物に必要な何かが決定的に欠けているような、まるで人形のような印象だった。


『ミナセさん、これは?』雪乃は振り向いて言った。


『それはイリアちゃん……いや、"かつてイリアちゃんだったモノ"ね』できることなら話したくも無い――ミナセの表情からはそんな感情が読み取れた。


『どういうことです』


『君が魔物、ミンドラと戦った時……"今の君"はこうして生きているけれど、"この前の君"は殺されてしまった。アイリスも一緒に……』できるだけ感情を殺し、抑揚のない声色でミナセは言った。


『そしてイリアちゃんだけが生き残った。精神を現実世界の身体に帰還させて、ね。でも、送信するのに多少の時間を必要とするのと同じように、帰るときもまた時間を必要とする。その時間の間に、イリアちゃんは君達が無残に殺される光景を見てしまった』ミナセはそこまで言うと、一呼吸置いた。


『仲間の最後を目に焼き付けなければならない……その時のイリアちゃんはそういう気持ちだったんでしょうね。でも、その光景はイリアちゃんの心にトラウマを受け付けるには十分すぎるものだった』唇を噛み締め、ミナセが言った。悔しさが表情からにじみ出る。


『まさか……』雪乃はある一つの考えに至る。あの時、"エメラルド"を掴めなかった時のおぼろげな記憶が蘇る。



『もう分かったでしょう? そこにいるイリアちゃんは、その時のイリアちゃん。心が完全に壊れてしまうまで、君達が生き残る方法を何度も何度も探し続けた。その成れの果て』ミナセはぎゅっと拳を握り、言った。



『……そして私も、君が死んだ時空にいたミナセなんだよ』

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