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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第三章.古城(ココロ)の中の悪魔
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17.つるぎのゆうしゃ

 銀髪の少女は、自宅のベッドに眠る妹の姿を眺めていた。

 すやすやと規則正しい寝息を立てるルルリノは、もう悪夢を見ない。そう、悪夢は去ったのだ。


 イリアは愛らしいその寝顔をに指先で触れた。指が頬をくすぐると、ルルリノは小さく声を上げ身じろぐ。

 ルルリノはやがて薄目を開け、焦点の合わないボーっとした目でイリアを見つめた後、笑顔を見せた。


「今日も、夢を見た」


「どんな夢?」イリアはルルリノの髪を撫でてやりながら、尋ねた。


「古いお城じゃなくて、綺麗な……素敵なお庭の夢を見たの。そこには怖い魔物がいなかった」とルルリノが言った。


「そっか、良かったね」とイリアが言った。そして続けて「ごめんね、ルリ」と言った。髪を撫でる手が止まる。「どうして?」とルルリノが尋ねた。


「"あの時"、ルリは私達にルリの世界へ行っちゃ駄目だって教えてくれていたのに、私は本当のルリの声を見つけることができなかった」


「そんなの、気にしてないよ」とルルリノが言った。「お姉ちゃんが死んじゃったらどうしようって、考えてた。でもこうして目が覚めたらお姉ちゃんの顔が見えた。だからいいの」とルルリノは笑顔を向けた。結果が良ければそれで良し。どうやらそういう考えらしい。


「目が覚めたとき、お姉ちゃん達がまだ私の中に居たら、消えちゃうんでしょ?」


「どうしてそれを――そうか、私がユキノ様と一緒にミナセ先生の病院を訪ねたとき、ルリも実はついて来てたんだっけ」ミンドラに操られて。とは口にしなかった。悪夢は去ったのだから、再びその存在を思い出すことはないとイリアは思った。



「そう、だから昨日は沢山夜更かししたの。今日たくさん寝られるように」



 イリアはルルリノの言葉に、戦闘中のことを思い出す節があった。何故ルルリノが、たとえ夢の中であれ"死"という大きなショックを受けたにも関わらず目覚めなかったのか。それはルルリノなりに考えた対策によるものなのかも――とイリアは思った。


「夜更かしした。ルリ、悪い子?」たとえ作戦のためとはいえ、眠ったフリをして夜更かししていた罪悪感があるのか、顔半分をシーツに隠し目を少し出したままバツの悪そうにイリアを見つめた。


 イリアはルルリノに対して怒る、怒らないというよりもその仕草自体が愛らしくて仕方なかったので、自然な動作で頭を撫でてやることで答えた。


「ルリのおかげで、勝てたのかもね」とイリアは笑顔で返した。


「じゃあ、絵本を読んでくれる? 昔みたいに」ルルリノはおずおずと尋ねた。


「もちろん」とイリアは立ち上がりながら答えると、本を収納した本棚の前に立った。そこにはイリアやルルリノがまだ幼い時お気に入りだった本が陳列されていた。


 そこにイリアは読み古された本の中に、比較的真新しい本を発見した。手にとって見るとそれはどうやら"あるシリーズモノ"の最新巻だった。そのシリーズというのは、表題を"つるぎのゆうしゃ"といい、異世界からやってきた勇者が混沌とした魔物溢れる世界を救うために冒険をするという御伽噺というには王道の物語ではあるが、当時の少女らはこの本をとても気に入っていた。

 そのシリーズの最新巻がここにあるということは、イリアやルルリノが家に居ない期間、母親であるアステリアが補充していてくれたのかもしれない――そう考えたイリアは"つるぎのゆうしゃ8巻"を手にしたままルルリノの側に寄った。


「あ、それ懐かしい――でも見たこと無い表紙。新しいお話?」姉がどんな本を読んでくれるのか興味津々だったルルリノは、イリアの手にする本に視線を向けてそう言った。


「うん、そうだよ」


「そっか、それだけ長い間私が入院してたってことになるんだね」ルルリノは眼帯を触りながら言った。この眼帯――アイギアはミンドラの消失有無に関わらず、エーテル毒を押さえ込むために必要なものなので、それが完全に治癒するまで装着している必要があった。


「でもこれからはお姉ちゃんと一緒に居られるから。たくさん絵本読んであげるからね」そう言うとイリアはベッドに腰掛け本を開くと、朗読を始めた。




 ゆうしゃはたびをつづけていました。きょうたどりついたのはおおきなおしろのあるまちです。

 このまちにはたくさんのひとびとがすんでいて、みんなそとのうわざばなしがだいすきです。


 ゆうしゃがたびのとちゅうにまものをやっつけていたことも、かぜのうわさでみんなしっていました。

 あるまちびとがいいました。


「ゆうしゃさま、ゆうしゃさま。わたしたちはあなたのうわさをしっています」


「そうですそうです、しっておりますとも」


「せんこく(このあいだ)は"ひかりのつるぎ"をもってまものをうちたおしたことを」


「ほうほう」


 まちびとたちはゆうしゃをかこみ、うわさばなしをくちぐちにいいます。


「みなもみましたでしょう。すうじつまえのてんにものぼるようなひかりのはしらを」


「ええ、みましたとも」


「そうだとも」


「あれこそゆうしゃさまのちからのひとつなのですぞ」


「なんと、これはおどろいた」


「あのはしらが"つるぎ"だったともうすか」


「ほうほう」


 

 そこまで読んだところで、ルルリノは身体を起き上がらせた。


「そうだ、なんとなく思い出したよ。確か前のお話しでは勇者様がおっきな剣で魔物を倒したんだっけ」


「そうそう。街の人たちが知ってるくらいだから、剣は凄く大きかったんだろうね」とイリアが言った。思えばこのつるぎのゆうしゃ8巻には読み覚えがあった。まだイリアが王宮に仕えていた頃、幼いアイリスと、その妹であるアリシアに読んでやった記憶がおぼろげに頭の中に思い浮かぶ。そして物語にある"大きな光の剣"と聞くとなんとなく雪乃のガーネットを使った攻撃方法を思い出しながら続きを朗読し始めた。



 続きとしては、平和そうに見えた物語にやがて魔物の影が差し込み始めていた。

 勇者はお城へと招かれそこで出会った姫と親しくなるのだが、そんな二人の前に魔物が現れる――と言った内容だった。


 話は姫を守りながらの戦いに苦戦する勇者だったが、その最中に新たな力に目覚め形勢逆転するという展開になっていた。

 ルルリノは口を閉ざしたまま物語に耳を傾けていた。続きが気になるのだろう。


 やがて勇者の戦いは最後のシーンへと移っていく。



「ゆうしゃよ、そのちからはいったいなんだ」


 まものはゆうしゃがもつ、エメラルドのつるぎをみていいました。


「これがわたしのあらたなるつるぎだ。かくご」


「そのようなつるぎがこのわたしにつうようするとおもうか」


「やってみなければ、わからぬ」


「がはははは、おもしろい」


 まものはおおわらいすると、ゆうしゃのいちげきにみがまえます。

 ゆうしゃはエメラルドのつるぎをかまえると、まものにむかってふりおろしました。


「みろ、きずひとつあるまい。ゆうしゃやぶれたり」


 まものにはきずをつけることすらかないません。ゆうしゃのこうげきはつうようしないのでしょうか? しかし――。


「おお、なんということだ。まえがみえない」


 まものはめがみえなくなっていました。エメラルドのちからはまもののめをみえなくするものだったのです。


「こんどこそほんきのいちげきをあたえてくれようぞ、まものよ」


 ゆうしゃはエメラルドのつるぎをふりかざし、まものをいっとうりょうだんにしてしまいました。


 こうしておうこくにへいわがもたらされたのです。

 くにをすくったゆうしゃはおひめさまとけっこんするけんりをあたえられ、こんどはおうさまとしてみんなをまもるゆうしゃとなったのです――おしまい。



 なるほど――確かにアリシアが言っていたように雪乃とこの絵本の内容は奇妙なほど合致していることにイリアは気づいた。そしてぱたんと本を閉じ「どうだった?」とルルリノに感想を求めた。


「楽しかったっ! もっと読んで聞かせて欲しいな」とルルリノが笑顔で言った。


 そんな妹の表情を見せられては、続きを読まないわけにはいかない。イリアは"つるぎのゆうしゃ9巻"を本棚から取り出すと、朗読を始める前に軽く内容に目を通した。


「……えっ……?」


 しかし、イリアは思わず目を疑った。傍目にはただの児童用の絵本にしか見えない。どこにもおかしな点はないはずだった。

 一ページ、また一ページと内容を流し読みした。


 そしてイリアは半信半疑ながらも、気づいてしまった。このシリーズの物語と、雪乃の不気味な関連性に。


「き、今日はやっぱりここまで。続きはまた今度にしよう、ね?」


 イリアは慌ててそう言うと、つるぎのゆうしゃを本棚に戻した。


「えぇ……続きがはやく知りたいよっ」


 当然ごねるルルリノだったが、二言三言イリアに「楽しいことを一気にしてしまってはもったいない」等といった言葉で諭されてしまうと、とても素直に頷き了承した。



「(ただの絵本……ですよね……?)」


 イリアは心の内で絵本を不審に思う。もしもイリアの感じる予感が当たっているのならば、この絵本の正体を突き止めなければならないからだ――。





***




 題名:

 つるぎのゆうしゃ9巻-ゆうしゃ、ときをこえて-


 あらすじ:

 ゆうしゃはじかんをさかのぼるまほうをつかって、しんでしまったともだちをたすけるために、かこのじかんへわたります。

 でもたいへん。ちょっとかこをかえてしまったせいで、おうこくがまもののくになってしまいました――。


 著者:

 アイリ・M・ラヴェル(代表作:展覧会の絵、鏡のプロムナードなど)




***

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