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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第三章.古城(ココロ)の中の悪魔
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16.エメラルドソード

「はあああぁぁぁぁっ!!」


 雪乃が叫ぶと共に、その手に握られた剣の刀身に翡翠の力が宿る。

 淡く輝く翠色の霧が剣に纏っていた。


「ちィッ!!」


 その剣から発せられる翠色の光に一瞬目がくらみ、そして剣から感じられる圧倒的なエーテル量に警戒したミンドラは一時距離を離す。


「(なんだあの女……なにが起こってやがる!?)」切り札と思われる宝石は破壊したはず……同じようなものをまだ所持しているというのか? ミンドラは考える。しかしそれはどうにも不自然に思えた。持っているのならば最初から使っておけばいいことだ。このぎりぎりの瞬間まで温存しておく必要はどこにもない。


 考えること、ものの一瞬だった。しかしミンドラはすぐそばの光景に目を疑った。

 なんと先ほどまで遠くに居たはずの雪乃とイリアがすぐそばまで迫っていたのだった。走ってきたというわけではない。ただ歩いてきているだけだ。


 ミンドラは本能的に恐怖を感じ、また距離を離す。この奇妙な現象は一体なんだというのか?

 考えようとして、ふと思考を止めた。"またもや"少女二人がすぐ近くまで迫ってきていた。


 わけがわからなかった。一つ瞬きをしたその瞬間に、あるいは気づいたときに既にというべきだろうか。

 意識を視界に向けた瞬間、既に彼女らはそこにいた。何度も。


「(どこか感覚がおかしくなってやがるッ……!)」


 先ほどの光――エメラルドの輝きは視界はおろか、気配や匂いといったあらゆる"察知"に関わる器官を一時的に機能させなくする力があった。

 もちろん、そのことを知らないミンドラからしてみれば器官が時折機能を取り戻した際にしか雪乃たちの姿が見えないので、まるでコマ送りの絵の中にいきなり人が現れたように見えていたことだろう。


 一方、効果の程をしらない雪乃は慎重にミンドラへ接近していた。

 ミンドラはある程度近づいたところで、はっとこちらに気づいたような表情をすると距離を取る……この繰り返しが何度か続いた。


「雪乃様……ミンドラはどうやらこちらのことをまともに認識できていない様子です」とイリアが雪乃に耳打ちした。


「うん、そうみたい……ここは一気に」走って近づこう――雪乃がそう言いかけたときだった。


「てめェら……妙なマネしやがって! これで勝ったつもりか、あァ!?」ミンドラが吼えた。雪乃たちの位置を把握できていないのか、辺りを見渡しながら。


「だがなァ……俺にもまだ手はあるぜェ……」ミンドラがにやりと笑った。そして手を広げたかと思うと、思いっきり地面を叩いた。瞬間、景色が全体的に上に伸びたかと思えば、その場にいた全員がどこか知らない部屋の中にいた。雪乃は辺りを見渡した。高級感あふれながらも、ほとんど廃墟と化した部屋だった。自分達がここに移動したのか、あるいはこの部屋がこちらにやってきたのか。それは分からなかったが、どうやら古城の中にある部屋の一室として間違いないようだ。


 部屋の中には大きなベッドがあった。それは布のカーテンで仕切られており、いわゆる"お姫様ベッド"というやつだった。


「あ、あれはっ……!」


 そしてイリアはベッドの中の人影を凝視した。そこに横たわっていたのはこの精神世界の主であるルルリノだった。


「いいかァ、ここは宿主の夢の中だ。いわばお前らはその中の登場人物だ」とミンドラが言った。まだエメラルドの力により感覚が安定していないのか、何度も目を擦ったり、瞬きを繰り返していた。


「こんな経験はないか? なくても想像しろ。大きな穴に落ちる夢だ。もの凄い高さなモンだ。そしてしばらく落下して接地するその瞬間――ビクンッ。ってな感じに、目が覚めたりしたことねェか?」とミンドラが言った。


 雪乃は首を傾げた。話の内容が分からなかった訳ではない。今まで生きている中で同じような体験をしたことがあるからだ。

 分からないのは、なぜ今この瞬間にそんな話をするのか――? ただそれだけだった。


「俺は宿主の"身体自体"に取り入ってるモンでよォ……だから宿主が寝てようが寝てまいが存在できるわけ。俺が今この世界にいるのは、単にお前らを倒してそのエーテルをいただきたかったからだ」とミンドラは続けた。


 アイリスは一言も漏らさないように言葉を聞いていた。どうも感覚機能が回復するまでの時間稼ぎではないようだった。何が狙いなのか、探る必要がある。

 そして、あのベッドに横たわるルルリノが人質に取られてしまった場合どうすればいいのか――アイリスはただひたすらに思考を廻らせた。


「だがお前らはどうだ? あくまでこの夢、この"精神世界"に入り込んでいるだけだ。一度宿主が目覚めてしまえば――どうなるかなァ?」


 ここで雪乃はようやく気づいた。ミナセの言っていた忠告の内に、"ルルリノが目を覚ましてはならない"という事情があったことに。


「させないっ!!」


 ミンドラの狙いは分かった。そしてこれ以上警戒する必要もない。

 そう考えた雪乃はルルリノを目覚めさせないため、イリアの手を引きミンドラへと向かっていった。恐らく、この世界のルルリノを殺害することで現実世界のルルリノが目覚めるのだろう。先ほどミンドラが言っていた"穴に落ちる夢"はそういうことだったのだ。

 今ならば、ミンドラが感覚を失っている今なら取り押さえられる――雪乃はそう考えていた。しかし。


「遅ェんだよォッ!!」


 雪乃が近づくよりも速く、ミンドラはルルリノに飛びついていた。


「バカめッ、"感覚"は既に戻ってるんだよォーッ!!」


 手の内を晒したのはミンドラの最後の余裕だったのか。先ほどまでは感覚が無くなっているフリをしていたのだ。

 エメラルドの使用が始めての雪乃は、その短い効果時間を意識していなかった。


「目覚めなッ、夢の時間は終わりだァーッ!!」そう言ってミンドラは爪をルルリノの胸に突き立てた。深々と刺さった爪の先、傷口から血が流れ出す。夢の中のルルリノは声一つあげなかった。


「はっはっはァッ!! これでお前らも終わりだ……消えちまうからエーテルを回収することはできねェが……俺の命には変えられねェ」ミンドラが笑う。"死"というショックの大きい事象を夢で見てしまっては、確実に目覚めてしまう……それがミンドラの狙いだった。


 しかし世界に終わりは訪れず、未だに風景を鮮明に写し続けていた。


「な、何故だッ!? 目覚めないわけがないんだッ! お前を殺したんだぞ、俺はーッ!!」


 ミンドラが天に向かって叫んだ。恐らく宿主であるルルリノに話しかけているのだろう。

 理由は分からないが、どうやらミンドラの策は失敗に終わったようだ――そのことを知った雪乃は翡翠の剣を構えた。


「ミンドラ……もう、終わりだよっ!!」


「ま、待てッ……俺は、俺はただ生きたかっただけなんだ……それには宿主やお前らの命が必要で――」


 命乞いをするミンドラの身体を雪乃は迷わず一閃した。超密度のエーテルに切断されたミンドラの身体は、核の切り取りや震感魔法(エーテルクエイク)無しに霧となっていく。これが魔物にとっての死だ。

 やがて霧はどんどん薄くなり、最後には見えなくなってしまった。



「……生きたいのはルリちゃんも一緒だよ。魔物に生きる資格がないとは言わないけど、どちらかしか生きられないって言うなら……私は――」



 雪乃には分かっていた。ミンドラはただの遊びでルルリノを殺そうとしていたわけではない。

 資料によると、ミンドラは宿主のエーテルを吸い尽くすことで、ようやく外に出ることが出来るのだという。あくまでもミンドラは生きるためにこの所業を行っていたのだ。


「いいのよ、ユキノ。魔物に同情してしまったら、もう誰も救えなくなる」とアイリスが言った。


 自分はどちらかしか生きられないという状況になった時、迷わずに人間であるルルリノを選んだ。でも、もしかしたら話し合いの余地もあったのではないか? 雪乃はそう考えずにはいられなかった。

 でも、すぐにそれは無理だと思った。思えば、ミンドラと初めて接触(ルルリノを通して間接的ではあるが)した時から既にお互いが戦いの為の作戦、準備を行っていたのだ。それは人間と魔物は戦うしかないという固定概念の為で、いわば本能のようなものだった。


 こんな状況を変えるには、恐らく人間と魔物の関係を根本から変える必要があるだろう。

 でも、世界は既に二分されてしまっていた。人間の敵は魔物、魔物の敵は人間。そういった意識は滅多なことでは変わらないだろう。



 こうして一人の少女の生死を分かつ戦いは終わった。

 雪乃は今回の戦いを得てまた一つ強さを手にしたが、この異世界のことを"悲しい"と感じるようになってしまった。姿形が違うだけで、こうも分かり合えないものなのかと。

 でもそんな考えは偽善のような気がしたので、やめた。


 精神世界と呼ばれた場所は、やがて光と緑を取り戻し、ルルリノそのものを映し出す楽園へと姿を変えた。

 古城は立派な、空想の世界にも見ないような神秘的な城へ。辺りのよどんだ風景はまるでテュイルリーの庭のように。


 もうここで喧嘩が起こることはない。ルルリノは平穏な心の世界を取り戻したのだ――。

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