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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第一章.始まりのラ・トゥ
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5.ガーネット

「私は……これからどうなるの?」


 帰れない。

 そんな孤独感を紛らわすため、自分を抱きしめるように、ユキノは自分の肩に手を置きながら尋ねた。


「ここで生活のイロハを学んだ後、王都に保護されることになります」


 イリアは雪乃の心情を思いながら、肩に置かれている雪乃の手の甲に自分の手のひらを重ねる。


「……王都って?」


「王都アルコスタ。この村を含めた辺り一帯の大陸の中心となる王宮都市です。ユキノ様以外にも"ここ"にやってきた異界人の方々は皆、そこで情報を集め元の場所へ帰る方法を探すと聞きます」


「いるんだ、私以外にも」


「ええ、こうしてイリアに翻訳士の仕事として日本語が伝えられているのも、きっと過去にユキノ様と同じ人種の方がこの地へ迷い込んだことがあるからではないでしょうか」


「そっか、私だけじゃないんだね……」


「ユキノ様……」


 肩に重ねられたイリアの手の甲へ、雪乃は首を傾げ頬を乗せる。

 弱々しい仕草を見せる雪乃を見かね、イリアはもう片方の手で雪乃の髪を梳くように撫でた。


「……ユキノ様っ?」


 イリアは雪乃の頬が置かれた手の甲に濡れた感触を覚えると、何かに気づいたか、雪乃に声をかけた。

 雪乃はその体制のまま動かず、返事もしなかった。


 イリアからの角度では雪乃の様子は分からなかったが、この感触はおそらく――。

 何か励ましの声をかけてやるべきだとイリアは考えたが、何を話していいものか、異界人と初めて接触するイリアにはその怖さ、孤独さを完全に理解したうえで励ますことなどできなかった。


 時間にして数秒、しかしイリアとっては分単位のように感じた沈黙の後、雪乃は急に立ち上がりイリアに振り向いた。


「私、なんとか頑張ってみる。その王都って場所に行って、帰る方法を探すよ」


 目と鼻を少し赤くさせ、若干の鼻声で、しかしそれでも笑顔で雪乃は言った。


 挫けてたってどうにもならない、自分から動かなければ事態は何も変わらない。

 そう考えた雪乃は、今できる精一杯の笑顔をイリアに向けていた。


「ユキノ様、ご立派です」


 このままひどく泣き出してしまうのではないかと、イリアは思っていた。

 どうしても無理のある笑顔だったが、きっと芯は強い心の持ち主なのだろう……そう思ったイリアはお世辞でも何でもなく、純粋に賛辞の言葉を雪乃へ送った。


「ううん、そんなことない。全然ないよ。本当はこれからどうなるのかなって、ちょっと怖くて泣いちゃいそうだったんだもの」


「……泣いてたんじゃないですか?」


「うっ……そ、そんなことない! 全然ないよっ!」


 先ほどまでの落ち込んでいた表情から一転、慌てながら必死に否定する雪乃を見て安心したイリアは手の甲に付いた雫を片方の手で覆い隠し、そのまま拭き取った。


「そうですね、イリアの気のせいだったのかもしれません」


 そうだ、泣いていた少女はもういない。

 ようやく現実を、前を向き始めたこの異界人の女の子を応援してあげよう――。


 イリアはそういう仕事柄だからというだけではなく、この雪乃という少女に協力してあげたいと思った。











***










 雪乃が本調子を取り戻してからしばらくして、イリアは村を案内するため雪乃を外に連れ出していた。


「こ、これ……変じゃない……かな?」


「ええ、変じゃないですよ。その服はここ、"ラ・トゥの村"伝統の衣装ですから」


 現在雪乃は村人が着ているものと同じ、まるでガウンのように足元まで伸びた真っ白な布に赤色のポンチョを身に纏っている。

 「異文化を学ぶ際には、まず形から」と言うイリアの弁によりこのような衣装を着せられ、元々雪乃が着ていた学生服は小屋の中へしまわれていた。


「あー……そうじゃなくって、私が着ても変じゃないかなって」


「ユキノ様が、ですか」


 イリアは小さな足でとてとて、と小走りで雪乃を追い越し振り返ると雪乃を見上げ、その姿をじっと見つめる。


「……やはり、周りから見れば少し浮いているような気がします」


「そ、そう?」


「その独特な髪型が原因ではないでしょうか」


「これが……?」


 雪乃は自身の二つ結びにした髪に触れる。

 イリア曰く、この世界に髪を二つ結びにする文化はないらしく、そんな髪型をしていれば一目で異界人だということが分かってしまうとのこと。

 しかし雪乃は逆にそのほうがいい、と特に自分の髪型を変えることはしなかった。


 何せ雪乃はまだこの世界のことを何も知らない。

 自分は異界人ですよ、ということが外見だけで他人に分かってもらえるなら、その方が色々と都合が良さそうだと考えたらしい。


「ですが、それはイリアがその髪型自体見慣れていないからかもしれません。イリアの個人的な感想を述べますと、とてもお似合いだと思います」


 イリアは淡々と自分の意見を言うと、くるりと振り返りまた歩き始めた。


「よかったぁ……浮いてる上に似合ってなかったらどうしようかと思ったよ」


 ほっと胸を撫で下ろしながら、雪乃はイリアの後ろを付いて歩く。


「ユキノ様、あれを見てください」


 少し歩いた後、イリアは立ち止まりある場所を指差した。

 雪乃はイリアの後ろに立ち、その肩を掴みながら指差す方向を見る。


 そこには広い田んぼが広がっており、村人が農作を行う風景があった。


「あっ、あれさっきの男の人?」


 農作業中の村人がこちらに向かって手を振っている。

 よく目を凝らせば、それは先ほど雪乃が世話になった大男だった。


 雪乃は村人に向かって走り出し、イリアもそれに続き走る。


「こ、こんにちは!」


『お、嬢ちゃん。村の観察かい?』


 挨拶をすると、大男は異世界の言葉で何かを言った。


「ユキノ様、村を観察しているのか? と聞かれています」


 すぐさまイリアが大男の言葉を翻訳し、それを雪乃に伝える。


「はい、イリアちゃんに案内してもらってるんです」


 次は雪乃の言葉をイリアは異世界語に翻訳し、それを大男に伝える。

 それを聞いた大男は満足げに頷きながら、イリアに言葉を伝えた。


「彼の名前は"ガーネット"。リンゴの娘のあなたの名前を教えて欲しい、だそうです」


 イリアは大男の言葉を少し拙いながらも日本語へ翻訳し、それを雪乃へ伝える。


「えっと、私は雪乃っていいます。初瀬雪乃」


 リンゴの娘、という単語に少し首を傾げながらも雪乃は自身の名前を告げる。


『彼女の名前はユキノ。ハツセユキノと言います』


『ユキノ……ハツセユキノ? ファミリーネームを名乗れるのか。お偉いさんとこの娘なのか?』


『いいえ、彼女の国の文化では至極普通のことだそうですよ』


『ほお、なるほどな。ああそうだ、これも伝えてくれ。俺の名前の由来は古代宝石の名前から取ってるんだ。ユキノの名前にも由来はあるのか?』


 二言三言、二人は雪乃には分からない異世界語で会話をした後、大男――ガーネットの言葉を雪乃に伝える。


「ユキノ様、ガーネットさんの名前の由来は古代宝石の名前から取っているそうです。ユキノ様の名前にも由来はあるのですか?」


「私はね、雪の日に生まれたから"雪"って字があるらしいんだけど……"乃"の字は女の子だから……で、いいのかな?」


 宝石の名前、ガーネット。

 ああなるほどな、と雪乃は納得しながら、イリアに名前の由来を告げた。


「……あれ、なんだろ……今の、違和感?」


 その瞬、なんでもないはずのやり取りであったが、雪乃は一瞬言いようのない違和感に囚われた。


 ガーネット。

 自分の世界に存在する宝石の名前……そのままの発音。


「イリアちゃんはなんて言ったっけ……?」


 宝石の名前。

 "古代"宝石の名前。


 雪乃はなにか、重要なことに気づきそうな気がしたその時。


「ユキノ様、ユキノ様っ」


「ふぇっ……あ、イリアちゃん?」


 思考に集中していた雪乃は、イリアの呼びかけに情けない声を発しながら我に返った。

 

「聞いてましたか? これから分からないことがあれば仕事中でも遠慮なく聞いて良い、とのことです」


「あ、ああ……うんっ。ありがとうございます。これからよろしくお願いします、ガーネットさん」


『よろしくお願いします、と言ってます』


『おうよ、こんな場所で不安も多いと思うが、頑張れよ!』


 一通りの話を終えた後、ガーネットは農作業に戻っていった。

 ちょっと怖そうな人だったけど、優しい人で良かったなと、雪乃はこれからの生活が少し楽しくなるような気がしていた。




「……ユキノ様」


「なに? イリアちゃん?」


「自分の世界に入っていかないでくださいね」


「……気をつけるよ」


 イリアのじとーっとした視線に雪乃はたじろぎ、苦笑しながら反省した。

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