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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第三章.古城(ココロ)の中の悪魔
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15.その手は違う運命を拾い上げた

「えっ……!?」


 エメラルドを放り投げた瞬間、アイリスは戦慄した。自分を追い越すミンドラの姿がそこにあったからだった。

 いくら足をまともに動かせないとはいえ、尋常ではないスピードを誇る三重強化魔法(トリプルアペンド)の速さについてこれるなどあり得ない――アイリスはそう思っていた。


強化魔法(アペンド)……ねェ。こいつァ便利なモンだ」


 ミンドラは追い抜きざまにそう言った。


「(まさかこいつ……強化魔法(アペンド)を――?)」


 これだけエーテル制御に長けた能力を持っているのだ。アイリスの技を真似ることはそれほど難しくは無いだろう。

 ミンドラは見よう見まねで自らに強化魔法(アペンド)を掛けることで、こうしてアイリスに追いつくことを実現していたのだった。


 いくら三重強化魔法(トリプルアペンド)とはいえ、アイリスは足の状態は完璧ではない。その力を十分に引き出せないのだ。


「あれが最後の切り札ってかァ? そうはさせねェよッ!!」


 ミンドラはそう言うと、手のひらにエーテルを収束させた。そして空を舞ったエメラルドがまさに雪乃の手に渡ろうとしたその瞬間――。



 乾いた音を立て、翡翠の宝石は雪乃の目の前で、エーテルに飲まれ粉々に砕け散ってしまったのだった。



「ユキノッ……危なっ――」


 一瞬の出来事に、雪乃は思考を停止してしまう。エメラルドを破壊されてしまった? ならばどう闘えばいい?

 空っぽになった頭がアイリスの言葉の意味を理解しようとしたその時、こちらに向かっていたミンドラがそのまま爪を伸ばし――。



「いっ……あっ……けほッ……!?」



 切り裂くのではなく、そのまま雪乃の胸を貫いていた。

 感じられる痛覚の全てが、脳に向かう。痛みにわけがわからなくなり、目の前は霞がかかったようにぼんやりとした。


「終わりだな、人間」


 爪を引き抜き、べっとりと張り付いた生々しい血を舌で舐め取りながらミンドラが言った。

 雪乃は叫び声をあげる間もなく、地面に倒れてしまう。


「ユキノ様ッ!!」


 雪乃に駆け寄ろうとするイリアの前にアイリスが転がり込むようにして現れ、その進路を塞いだ。


「退いて下さい姫様っ! ユキノ様がっ――」


 そう言いかけたイリアの言葉を、アイリスが無言で首を横に振ることで静止させた。足はもう限界を超えているのか、立ち上がることなく膝立ちのままだった。


「あれじゃ……無理よ……。とても生きてなんていられない……」


 抑揚を殺した声色で、アイリスが言った。剣を持つ腕が震えていたのは、決して疲労のせいではないことは明らかだった。


「絶対にまだ助けられますっ! だからそこを――」


「黙りなさいっ! イリアッ!!」


 大きなアイリスの声に、イリアは圧倒され言葉を閉ざしてしまった。しかしその声は震えていた。イリアからアイリスの表情こそ見えなかったが、きっと涙が出ていたのだろう。


「ミナセッ! 聞こえてるんでしょ!? イリアを元の世界に戻してっ!」


「姫様っ!?」


 イリアには何故アイリスがそんなことを言うのか分からなかった。そして雪乃を放っておいたまま自分だけが助かろうなどと虫の良い話に応じるつもりもなかった。


「イリア、私達は負けたんだ。でもあんたまで死ぬことなんてない。ここから出るまでの時間は私が稼ぐ――だから」


「そんなの嫌ですっ! 私だけ逃げるなんて……そんな」


「だったらルリはどうなるのっ!? せっかく拾った命……少ない人生を、大好きなあんた無しで生きろって言うわけ!?」


 アイリスの言葉にイリアは反論することができなかった。イリアの命は決して軽いものではない。ルルリノという少女が心のよりどころにする、必要な存在なのだ。


「生き残る可能性があるなら、生き残るべきなのっ! 負けたとしても、命を捨てるようなことはしちゃいけないの!」


「わ、私……は……」


 自分はどうするべきなのだろうか? イリアが言葉を発しようとしたその瞬間、彼女の身体がエーテルに包まれていった。

 恐らくこの会話を外から、何かしらの方法で聞いていたであろうミナセがアイリスの言うとおりにしたのだろう。イリアの身体が元の世界に戻ろうとしていた。


「嫌っ! 待って、ユキノ様も……姫様も……みんなも一緒にっ……!」


「逃がすかよォ!!」


 徐々に消えていくイリアの身体に、ミンドラが飛びついた。しかしアイリスが死に物狂いでミンドラに組み付いた。


「邪魔なんだよォッ、死に底無いがァッ!!」


 ミンドラはアイリスをあっさりと振り落とし、再びイリアに爪を立てようとした。しかしアイリスは剣を投げつけ、なおもミンドラの足を止めようとした。

 その間にイリアの身体は完全に輪郭を無くし、エーテルに変換された。こうなってしまってはもう何者にも邪魔することはできない。


「――ちィ、時間切れかよ……」


 あの状態にまでなってしまっては恐らくダメージを与えることはできないだろう――そう考えたミンドラは狙いをアイリスに絞る。


「ならてめェだけでもぶっ殺してやる!!」


「姫様っ!!」身体はエーテルになったとはいえ、意識や視界はまだ残っていた。――いや、"残ってしまっていた"と言うべきだろうか。


 その後の光景は悲惨だった。身動きの取れないアイリスは、自らが投げた剣をミンドラに拾い、それを使い斬殺。

 無抵抗なその身体を、弄り続けた。


「クソ野郎がァ……死ねっ、死ねェ!!」


 傷の深かったユキノも放っておかれると思いきや、イリアを逃がしたことで気が立っていたのか、わざわざ爪で何度も何度も身体を引き裂いた。


「あ、あぁ……やめて……お願いだから……」


 イリアはその光景を目の当たりにしてしまった。見たくも無い仲間の死。しかも一人は自分が逃げたことによって相手を怒らせてしまったせいで、その死体を虐げられてしまっているのだ。

 それでもミンドラはやめない。逆上した魔物を止める術はもうなかった。


「このままじゃ終わらせない……こんなの……絶対認めないっ……!!」


 無力な自分を呪いながら、イリアが言った。

 自分の腕に爪を立てた。血が出るほど何度も掻き毟った。悔し涙がにじみ出るようにして溢れた。


「ユキノ様、姫様……イリアが絶対に……絶対に――」


 そんなイリアの言葉を雪乃はほとんどゼロに近い意識の中で、聞いた。いや、それはもう意識とは言わない"何か"だった。身体の機能は完全に停止していたが、死亡寸前の脳がその言葉を聞いた。

 そして間もなく、雪乃の意識は暗闇のものとなり――。






***






「……えっ?」


 次に雪乃が目を覚ました時、まず耳に入ってきたのはアイリスの声だった。


「ユキノーッ!!」


 次に感じたことは、手のひらの温かい感触。そちらに視線を移すと、心配そうにこちらを見つめるイリアの姿があった。

 そして声のするほうへ視線をやると、アイリスがまさに何かをこちらに向かって投げようと振りかぶっているところだった。


 そしてその何かとは、エメラルドだった。翡翠のそれは空を舞い、こちらに向かって放物線を描き飛んでくる。

 しかし、それと同時にミンドラもこちらに迫ってきていた。その手にはエーテルが収束され始めており、やがて突き出された手のひらより、エーテルの塊が発射された。


 雪乃はエメラルドへと手を伸ばす。それを掴もうとしたその瞬間に、発射されたエーテルが雪乃の目の前でエメラルドを粉々に砕いてしまった。


 思わず真っ白になる思考。先ほどの光景は、なに? しかし、その思考の中で、雪乃はある言葉を思い出していた。



『あなたはこれと同じものを必要とする時が来る。でもその時のあなたは"そっち"を使うことができないの。スペアと思って持っておいて』



 脳の中の何かが"かちり"と音を立てた。まるで必要だった歯車がかみ合ったような。あるいは、厳重な鍵穴にキーが差し込まれたような。

 雪乃の中でなにかが繋がった。


 走馬灯のように感じた先ほどの記憶は、恐らく"エメラルドを受け取らなかった場合"の私の未来――雪乃はそう判断した。


「(だったら、私が受け取った場合の未来を――)」


 雪乃には先ほどの光景が夢を見た後のように、もう思い出すことが出来なかった。最後に死んでしまったような気がするということだけが記憶に残っていた。

 もしかするとその全てが気のせいで、妄想だったのかもしれない。


 しかし雪乃ははっきりと感じ取っていた。

 "元の世界"という場所で、ミナセに会うこと。それにはとても重要な意味合いがあるということを。


「ユキノ様、これは――?」


 繋いだ手に違和感を感じたイリアが雪乃に声をかけた。その手の中に小さな石のような感触を感じたからだった。


「なんで今まで忘れてたんだろう……」


 雪乃は呟いた。何故か今まで"元の世界"でミナセから受け取ったこの宝石の存在、そして言葉を忘れていた。

 そしてその言葉の意味……必要とする時というのは、今まさにこの時――!


「イリアちゃん、エメラルドを受け取ったっ! 制御お願い!」


「はいっ!」


 イリアからの視点ではエメラルドが破壊されてしまった瞬間が見えなかったため、雪乃の声を聞くと共にエメラルドの力を引き出しはじめた。

 そして目の前にはミンドラの爪が迫ってきていた――。

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