13.キレる女は思考する
「(何故あの女は立ち上がれるんだ……?)」
ミンドラは雪乃を見て考えを廻らせる。
すぐ側にいる金髪の女ほど戦いなれた様子もなく、また現実世界でのやり取りを見るに闘いなど知らないただのひょろひょろした女のはず――。そう評価していた、この瞬間までは。
ところがどうか。まだ精神世界に移動中――つまりまだ"エーテル体"である小さな方の女を貫くために調整した槍は肉体のある女に阻まれた。(ある程度闘いの知識のある者ならば、エーテルの量を微調整することで対実体用、もしくはエーテルを消滅させるための攻撃かを選ぶことができる)
庇ったことは偶然か必然か、エーテル消滅寄りに威力を割り振った攻撃では実体のある雪乃を貫ききることができなかった。
これが少女の立ち上がる要因の一つであった。
そしてミンドラとしてはもう一つの要因が腑に落ちなかった。
最初に放ったエーテル毒といい、先ほどのエーテルで作った槍といい、そのどちらともがその身体に刺さったはずだった。つまりは身体を貫くほど堅く固定されたエーテルが体内に入ったということである。
そんなエーテルが体内に残留するということは、身体の中からその肉を切り裂いてもいいはずである。しかしそんな様子はまったく感じられない。
それどころか、一撃目のエーテル毒はいつの間にか消滅していた上、今現在刺さっている槍も刺さった箇所からまるで熟した果実が枝から落下するかのごとく、"ごく自然に"抜け落ちたのだ。
ただの女ではないことはミンドラにとって明らかであった。
どういう処置を行っているのかは知らないが、どうやら"体内に入ったエーテルを無効化した上、消滅させてしまう"らしかった。
エーテルの無効化――それはあたかも無敵の力のようにも思えた。
しかしミンドラはそれを否定する。
「(無敵ならあんな重傷にはならないよなァッ……?)」
どうやら女の能力は瞬間的なものには対応していないこと。そしてエーテルの消滅時間も非常にゆっくりとしたものだという考えにミンドラは至った。
何も怯えることはない。ミンドラは雪乃をそう判断する。
現に雪乃は剣を杖代わりに立ち上がる程度が精一杯で、その身体を動かすこともままならない様子だった。
そしてその隣に居る小さな女もまた、ミンドラの脅威にはなり得なかった。
どうやらミンドラが"あの時"見た宝石を持ち込んでいるようだが、それからは先ほど濃いエーテルが霧散していくのを確認していた。
恐らくはタイミングが重要な作戦だったのだろう――ミンドラはそう判断した。宝石からはもう脅威となりえるようなエーテル量を確認できなかった。
「なら……」
ミンドラは数メートル先に居るアイリスへと視線を向けた。
脅威となるのはもはやこの女一人――。
「この勝負、もらったァッ!!」
倒すべき者、倒す価値のないものを脳内ですかさず仕分け、ターゲットをアイリス一人に絞ったミンドラは長い手足を使って急接近を行う。
堅く鋭く尖った爪でその身体を狙う。しかしアイリスはそれをすかさず剣で受け止める。
ぎりぎりと、二人は"得物"を押し合う形となる。
「私はお前を許さないわ……必ず、殺す」
鍔迫り合いの中で、アイリスはミンドラを睨んだ。その声色は滅多に見せることの無い殺気が含まれていた。
「やれるもんなら……」
ミンドラはふっと力を抜くと、わざと押される体制になる。しかしそのまま押される勢いを利用してアイリスを後方へと投げ飛ばした。
「やってみやがれェッ!! あァッ!?」
これまで作戦を手玉に取られた人間風情が、なにを生意気にこちらを威嚇しているというのか――。ミンドラは挑発せざるを得なかった。何せ先ほどのやり取りで、ほんの少しでも怯えてしまった自分がいたからだった。そんなことを認めてはならない。
「知ってるぜェ。お前が俺を倒すには"核"を斬らないと駄目だ。俺の核の位置を知ってンのかァ?」
だから、自分が有利であることを誇示し続けなければならない。そうすることで相手の意志を削ぎ、同時に自分が勝利すると鼓舞することができるからだ。
しかし、キレた女は非常に融通の利かないものだった。
「――知るか、あんたをバラバラにすれば関係ないわ」
投げ飛ばされ、受身を取り立ち上がった後、背を向けたまま普段は口にしないような乱暴な口調で、アイリスが言った。いざ闘いとなれば冷静沈着なアイリスも、仲間を傷つけられコケにされて黙っていられるほど落ち着いた性格はしていない。
しかしその実、一見"キレた"ように見える彼女でも感情に任せて安易な特攻をするわけではない。この魔物を討ち取るためにまず何をすべきかを考えた。
雪乃の一撃必殺による打倒作戦は失敗に終わった。つまり、ここからはいつもと同じような手順を踏んでミンドラを倒す必要があるということが容易に想像できる。
そしてアイリスはこれまで足に二回、剣に一回の強化魔法を使用していた。
魔法を使える回数は全部で六回。とどめの為に一回分のエーテルを残しておかなければならない為、残り二回の猶予が残されている。
相手はどうやら一度見た行動、能力などを"学習"しその本質を見極めた上で常に策を練り続けているようだった。
これまで隙をついたことがあるのは、全てミンドラにとって初めて見せる行動だった。
ゆえにこちらがまだ相手に明かしていない手札が攻略の鍵となる――アイリスはそう考えた。
まず魔法無害化……これは相手のエーテル攻撃を緩和させる防御用魔法だが、今回の相手はサイズが人間に近く、物理的な攻撃を得意としているようなのであまり使えそうにない。
そして封印魔法……こちらが相手よりも優れたエーテル操者ならば、エーテルを使った特殊な行動を邪魔することができる魔法だ。(ラ・トゥの村に現れた消えて移動する魔物を封じたことが記憶に新しい)
しかし、ミンドラは対象により効果的にダメージを与えるようにエーテル量を調節できる節があることをアイリスは見逃していなかった。エーテルの扱いに長けているようなので、この魔法もあまり有効な手ではないように思えた。
そしてまだ見せていないこちらの切り札――父、アルコスタ王から受け取った魔宝石、エメラルドがある。
雪乃のガーネットは現実世界でのやり取りからその存在を知られていたらしいが、こちらはまだエメラルドを見せたことはないはず……アイリスは記憶を辿りながらそう考えた。
エメラルドの使い道は二つ――。
このまま自分が使用して、戦闘を有利にするか。
それとも、魔宝石の力を限界を超えて使用することができる雪乃に託して、一撃必殺を狙うか。
アイリスは思考する。
エメラルドにもガーネットと同じように、ただ魔水晶のようにエーテルを蓄えるだけではなく、特別な力を持っている。
それは、"知覚の剥奪"と呼ばれる力で、字のごとく対象の知覚能力を奪う力だ。
同じような力を持つ道具としては、"目くらましの法"が記憶に新しいことだろう。
翠色をしたその道具は、相手の視界を奪うものだ。(この二つが同じような色をしているのは、そもそも目くらましの法とはエメラルドを模して人類が作成したものだからである)
エメラルドは目くらましの法とは違い、身体から察知する力を完全に奪うことができる。
視界が消えるだけでなく、音、気配、匂い、またはそれ以外の"何か"で知覚することを一時的に封じることができる。
しかし、このエメラルドは即発動するものではなく、ある程度の時間を必要とする。
その時間差をミンドラが見逃すはずが無い。
ならば、雪乃ほど力を引き出せるわけではないが、ここは自らエメラルドからエーテルを取り出し戦うべきか、あるいは――。
迷いに迷い、アイリスは一つの結論を下した。