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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第三章.古城(ココロ)の中の悪魔
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11.伏せられていた切り札

 ミナセ曰く、"元の世界"という場所からルルリノの精神世界へとやって来た雪乃。意識がはっきりした時には既に"事前の打ち合わせ通り"その身体にはエーテル毒攻撃が仕掛けられていた。

 もちろん、自身の体には何の影響もない。明らかな異物が身体を突き抜けているというのに、何の痛みも感じなかった。これも一重に演技であった作戦会議にミンドラが引っかかってくれたおかげだろう。隙だらけだと危惧されていた送信時間を無事終えることが出来た。


 精神世界とはどのようなものなのか――雪乃は物珍しく辺りを見渡した。

 始めに目に見えたのは大きな城だった。それはメルヘン的なものではなく、全体的にどこか暗い印象を覚えた。この場合は古城という表現が一番正しいかもしれない。


 暗いのは城だけではなかった。空も、空気も、どことなくだが全体的に気味の悪さを感じるほどだった。

 精神世界なぞには初めて入った雪乃だが、この薄気味悪さがルルリノの精神そのものだとは思わなかった。むしろごく自然的にこれはミンドラが影響している所為だという考えに至った。


 目を凝らしてみれば、視界の上――空中に魔物らしき生物がいた。羽を有しており、こちらに向かってなにかを叫んでいた。妥当に考えるなら、何故エーテル毒が効かないのか――その辺りのことをわめき散らしているのだろう。

 そしてそのすぐ後ろにはアイリスがいた。どうやら強化魔法(アペンド)、もしくは二重強化魔法(ダブルアペンド)を用いた跳躍で魔物の背後を取ったらしい。剣を振り下ろす動作に入るまで、魔物はアイリスの存在に気づかない。


 彼の者が後ろを振り返ったときにはもう遅かった。斬撃を避けようと身を捻るが、剣は乱れなき縦一閃を描き、羽の片方を綺麗に切り取っていた。

 切っ先の軌跡――もしくは斬像(ざんぞう)というべきか――瞬きするとそれを脳内で綺麗に再現することができた。それほどまでに彼女の一振りには迷いがなく、自身に満ち、鍛え上げられた末の見事な一撃だった。


 魔物が落下していく。視界を隔てる者がいなくなり、遠目にだがアイリスと雪乃の目が合った。ミンドラは聡明でずる賢い魔物だと情報にはあったが、アイリスの提案した緻密な作戦はこれほどまでに上手くいくものなのか――雪乃は尊敬を通り越した驚きの目をアイリスに向けていた。

 いかにしてエーテル毒の効かない雪乃にその攻撃を誘うか、そしてそれを知った相手の反応(今回の場合は驚愕であった)はどのようなものか。

 そしてそんな状態で意図しない方向からの攻撃――空中、それも背後からの一撃だった。それが見事に魔物の身体の主たる羽を刈り取る結果となった。

 ここまでがアイリスの策略だったのだ。彼女はこと戦闘に関しては比類なき運動能力、そして知略を上手く組み立てていく才があった。



 ふと、雪乃は空間に"ブレ"あるいは"歪み"を感じ取った。すぐ隣に黒い靄が生成されていく。


「(イリアちゃんだ――)」


 ほとんど直感でその考えに至った。靄は形を変えていき、やがてそれは鮮明に人の形を創っていった。

 物珍しいその状景に雪乃は意識をそちらに向けていた。


 "だから"だろうか。


 魔物もまた勝利への理論を組み立てない"はずがない"ということを見落としていた。

 また、あまりにも完璧に遂行された作戦は雪乃を十分に油断させてしまっていた。


「ユキノーーッ!!」


 アイリスの声が聞こえた。身体が咄嗟に振り向いた――が、未だアイリスは空中にいる。それほどまでに雪乃の意識が外を向いていたのは一瞬だった。

 次に視線を下にやった。もちろん見えるのは落下した魔物。しかしいつ拾ったのか、その手には黒い槍が握られている。

 ちらりと見えた魔物の表情は、どこか"してやったり"という風な口の歪みが見えた気がした。


 ……そう、雪乃は知らなかったがあの槍こそ魔物が"一番初めにアイリスに向けて投げた槍"だった。

 言い換えるなら、あの槍はミンドラがこの瞬間、この戦場にいる者の位置関係が現在の形になる時のために用意されたいわば"切り札"だったのだ。


 その槍が、送信中のイリアに向けて放たれる。この瞬間、雪乃には全てがスローモーションのように見えた。


 黒き靄の残滓(ざんし)が空に舞う。粉よりももっともっと細かな気体が人の形を創ろうとしている。

 目線は空中へ。雪乃の名を叫んだアイリスが見えた。いくらエーテルを足に纏って速く動けるようになったとしても、空にいては身動きは取れない。足で蹴り出す地面が無ければ再度動くことはできないのだ。アイリスはゆっくりと落下していく。


 数十メートル先には魔物が放った槍があった。真正面から見たそれは不自然なほどただの黒い点に見えた。しかしそれはアイリスが落下するよりもずっと速いスピードでこちらに近づいてくる。


 靄はやがて黒から生気のある色――赤みを帯びた肌色になり、銀の毛先を再生し始める。槍はこのままではイリアへと刺さってしまうだろう。


 雪乃は行動した。何か考えがあってのことではなかった。視界はスローモーションだが、じっくり考えをまとめてこうしようと思ったのではなかった。

 ほとんど反射的にといってもいい、だからこそ彼女は痛みを感じるまでに少しの時間を有したのかもしれなかった。


 その痛みとは、背中に細長い何かが刺さっている痛みだった。始めは脳が痛覚を処理しきれず、じわりと。そしてある一線を越えたところでそれは激痛となって雪乃を襲った。


「ぎっ……あ、あ……ぁ……ーーッ!!」


 歯を食いしばり、全ての酸素を外に吐き出した。身体はすぐに酸素を求め呼吸を始めるが、びゅう、びゅうと喉を鳴らしながら辛く、荒々しい呼吸になってしまう。


「――ユキノ様っ!?」


 意識の覚醒したイリアの一言目は、驚きによる叫びだった。

 雪乃に覆い被せられている――そしてその雪乃の背中に刺さっているのは黒い槍だった。雪乃は咄嗟にイリアを庇ったのだ。自分の身を挺して。


 イリアに詳しい状況は分からなかった。ただ自分が魔物からの攻撃に襲われ、雪乃はそれを庇う形で傷を負ったということだけは理解できた。


「そん……な……。どうして……」


 空より降り、着地したアイリスはその場に崩れこみそうになった。あれほど丁度良く、ミンドラが最初に投げた槍の地点へ落下するなどあり得ない。まさか自分の作戦が全て読まれていたとでもいうのか、それを疑わずにはいられない。

 そしてなによりも、自分の浅はかな作戦によって雪乃を傷つけさせてしまった。アイリスの位置からでは正確なことは分からなかったが、放たれた槍が背中に刺さったのだ。決して浅い傷ではなかった。


「不思議そうな顔をしているな、人間よォ」


 これほどまでに愉快なことはない。そう言いたげににやりと笑ったミンドラが言った。


「あのエーテル毒の効かない女がここに来たときに俺は疑問に思ったことがある。何故あの女はいつも首に提げていた"宝石"が今日に限って持ってきていなかったのかをなァ」


 そう、この闘いに偶然など存在しない。


「俺は思い出したんだ。宿主がてめェらに最初に会ったとき、あの宝石は"特別に凄い"という話だ」


 全ては闘いの前に練られた作戦と。


「特別に凄いというのは戦闘に関してのことか? それは分からなかった。だがいつも身に着けている物を何故今日に限って持っていない?」


 闘いの中で危険を察知すること。


「決定的な何かを感じたわけじゃねェ。そんな小さな疑問が俺に一つの予感を感じさせた」


 そして、相手の狙いとは何か。それを感じ取ること。


「あの宝石を切り札としているならば、あと一人がそれを持ってここにやってくるはずだ。それにこれまで用意周到にやってきたてめェらが俺の攻撃になんの策も用意していないとは考えづらい。だから俺は女に攻撃する前に位置を調整した。"学習"していたスピードよりも遙かに速くお前に切りかかられた時ヒヤリとはしたが、落下地点を誤ることはなかった」


 ミンドラは常に相手を見ていた。僅かな違い、僅かな疑念から油断を消し去り勝利するための行動に移し変えることができた。


「そしててめェらが最大に誤ったことがある。それは……」


 くっくっく、と笑いをこらきれない様子のミンドラはイリアを指差した。



「そこのバカが勘違いしていることだ――俺が操作できる宿主の部位は"口"じゃねえ、"手"なんだよォッ!!」

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