8.見たことのないモノ
次の日、雪乃とアイリスはミナセ病院に訪れていた。アイリス自身もミナセの口から詳しい事情を聞きたいらしい。それにアルコスタに帰省してからまだ会ったことがなかったので、いい機会だと久方の挨拶も兼ねているらしい。
「ミンドラねぇ……情報が少なすぎるのが厄介ね」ミンドラの生態が書かれたページを眺めながら、改めてミナセからルルリノに関する事情を聞いたアイリスはため息をついた。
「だったら、アイリスが情報を伝える第一人者になればいいんじゃない?」とミナセは椅子に腰掛けたまま言った。
「残念だけれど、文章はあまり得意ではないのよ。ま、その辺りのことはイリアにでも任せておけばいいわ」とテーブルに肘を付き、手をひらひらとさせながらアイリスは言った。なんとも元・お姫様らしからぬ仕草である。
「呼びましたか、姫様」と、開けっ放しにされていた部屋の入り口から不意にイリアが顔を覗かせた。
「あら、イリアじゃない。ちょうどよかったわ、今ミンドラのことについて話していたところよ」とアイリスは椅子から立ち上がり言った。
「さて、と。みんな揃ったことだし、今後どうするかを決めましょうか」ミナセはイリアに椅子に座るよう手招きしながら言った。
全員が席についたところで、ミンドラにどのような対処を行うかを議題とした会議が始まった――。
***
「ルリの意識が操られている?」アイリスは口元に手を当てながら、首を傾げ言った。
イリアは昨夜の出来事をかいつまんで話していた。
「はい、ルリの発言に不自然な点を感じましたので自分なりの調査をしたところ、どうやらあの子は"発言"することに関して自由が利かないようです」
「イリアがそう断言するのなら、間違いはないようね。それで、ミンドラ討伐に関してルリの意志はどうだったの?」発言にミンドラの介入があるとすれば、意志をどう聞き取ったのだろうか。ふとアイリスは疑問を口にした。
「紙による伝達手段を用いました。身体の自由は利くようなので、"肯定"か"否定"のどちらかが答えになるような問いをこちらから投げかけ、紙に書かれた選択肢に指差しを行ってもらいました」
「へぇ、すぐにそんな作戦を思いつくなんて。イリアちゃん凄いね」自分にはとても考え付かない、と雪乃はイリアを手放しに褒めた。対するイリアは照れくさいのか、顔を俯かせスカートの裾をぎゅっと握った。
「はいはい、いちゃいちゃするのは問題解決のあと。で、ルリの答えはなんだった?」ただ雪乃に褒められただけだというのに、いつもその度イリアはもじもじとするものだから、アイリスはそのやり取りはもうおなかがいっぱいだ、とでも言いたげだった。アイリスが何に対して呆れているのかよく分からない雪乃は目を点にしながら隣にいたミナセに「どういうことなんですか?」と尋ねるも返って来る答えは「いずれ分かるわ」と、その一言だった。ますます状況を理解できない雪乃はただただ首を傾げるばかりだった。
「あ、はいっ。……ルリは、"助けて欲しい"と。そう思っているようです。悪夢や頭痛が酷いらしく、イリアとしてもどうにかして不安を取り去ってやりたいです」とアイリスの言葉に我に返ったイリアが言った。
「助けて欲しい……か。それなら、私たちのするべきことは一つね」イリアの言葉を聞いたアイリスは立ち上がり、テーブルを叩いた。
「ミンドラを……退治するわっ!」
アイリスの言葉に雪乃、イリア、ミナセたちは頷いた。
「それでミナセ。精神世界に入るアイテムとやら……そろそろ見せてくれないかしら?」
「ええ、分かったわ。着いて来て」ミナセは頷くと、部屋の奥にある入り口とはまた違う扉に歩いていく。
「ほら、みんな入ってきて」そしてミナセは扉を開けると少し暗い部屋に入り、手招きをした。それに従い三人も同じく部屋の中へ入った。
部屋の中は暗がりのせいもあってか、随分と冷たい印象があった。
床や壁は木や石ではない素材で出来ていた。しかし雪乃はその感触、足音の響き方にどこか既視感を覚えていた。それがなにかまでは思い出すことができなかったが。
「変わった部屋ですね……なんの部屋なのですか?」部屋を見渡しながらイリアが言った。知らない材質の造りが珍しいらしい。
「私の個人用の研究室よ。ここでいろんな道具を作ったり調べたりするわけ」そう言いながらミナセは部屋の隅にあった棺桶に似たものに触れた。すると急速に空気が漏れ出したような音と共に"棺桶らしきもの"の蓋が開いた。
「今のエーテル……? いや、違うわね」持ち上げることなく開いた蓋にアイリスが興味を示した。その口ぶりからするとどうやらエーテルの流れは彼女には感じられなかったらしい。
「(今の……機械……っ?)」一方雪乃は、目の前にあるものの正体を元の世界で言うところの"機械"だと判断した。何とも言いがたい鉄の擦れる音というか、まるでモータが作動したような駆動音は確かに機械のそれだった。しかし何故この世界に機械が……? 雪乃は考えるも、答えは出なかった。先ほど感じた材質の既視感ももしかしたら元の世界で体験したことがあるのかもしれない。
「この白い棺桶みたいなのが精神受信器っていうの」ミナセは蓋の開いた精神受信器をぽんと叩いた。
「精神……受信? 精神を受け取るってこと?」とアイリスが言った。どうやら異界語の単語を組み合わせて作られた名称らしい。聞き覚えの無いものでもその効果は簡単に想像がついた。
「そしてこっちの黒い棺桶が精神送信器。こっちから受信器に向かって精神を送信するの」そう言ってミナセはもう一つあった色の違う棺桶に触れた。また空気の音と共に、蓋が開いた。
「……にわかには信じられないわね」頭を抱えたアイリスが呟いた。精神を送る? 受け取る? 聞いたことも見たことも無い道具を目の前にしてアイリスを含む三人は呆気に取られるしかなかった。
「(私の世界にだってそんなものはない……この人、一体……?)」雪乃は思った。元の世界は今の世界に比べて技術水準はもちろん上だと考える。エーテルといった便利なものは存在しているがそのせいか、それを操ることに長けた文化だと雪乃は思った。
かといって、雪乃の世界にこのような装置があるなどということは決してない。このミナセという人物がこの世界で作ったのだろうか? そうするとますますミナセが何者なのか、勘繰る必要がある。
「白い方にはルリちゃんを、そして黒い方にはあなた達に入ってもらうわ。あとの操作は私に任せてもらえれば、あなた達をルリちゃんの精神世界へ送り込むことができるわ。それで、作戦はいつ決行するの?」三人のまだ信じきっていない表情を他所に、ミナセが言った。この際信じる、信じないは効果を確認することで納得させるらしい。
「作戦決行は……今夜よっ!」道具の詳細は気になるがこの際どうにでもなれ、とでも言わんばかりにアイリスが言った。
「え、き……今日ですか?」あまりに突飛な発言にイリアが首を傾げる。
「条件が揃っているなら、できるだけ早く行動したほうがいいわ。考え無しにこんなこと言ってるわけじゃないのよ?」
「……姫様のことですから、そうでしょうけど……」若干腑に落ちない、しかしイリアはアイリスを高く評価していたので何か作戦があってのことだろうと考えた。
「頑張ろうね、イリアちゃん。今回はイリアちゃんの力も絶対に必要なんだよ」雪乃はそう言うとイリアの手をぎゅっと握った。イリアとしては、雪乃にこう言われてしまえば、素直に頷くより他無かった。




