表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第三章.古城(ココロ)の中の悪魔
36/107

2.ルルリノ

『紹介するね、ルリ。この人は今のお姉ちゃんの主で、ユキノ様っていうの』


 イリアはすぐ後ろに立つ雪乃を指差して言った。雪乃も『よろしくね』と微笑みかけた。


『……お姉ちゃん、今なんて?』


 しかしルルリノの視線は虚空を彷徨い、右へ左へ目を細めながら辺りを見回した後、ぽかんとした表情を向けた。

 紹介が急すぎて伝わらなかったのだろうか? そう考えたイリアはもう一度雪乃を紹介した。


『こんにちは、ユキノさまっ。ルルリノは、ルルリノっていうの!』


 すると今度ははっきりと伝わったのか、きらきらした瞳は雪乃を捕らえていた。


『よろしくね、ルルリノちゃん。あと、私のことは"さま"なんて付けなくてもいいんだよ?』


 雪乃はこの少女に何とも言いがたい"違和感"を感じながらも、笑顔を向けてそう言った。


『うんっ。それじゃあユキノお姉ちゃんって呼ぶ! だからルルリノのこともルリって呼んでいーよっ!』


 そんな雪乃の内心とは裏腹に心の底から元気に、そして嬉しそうに少女が言った。雪乃が『わかったよ、ルリちゃん』というと少女はより一層嬉しそうに笑った。


『ルリ。言語No.65535、「この言葉は分かる?」』とイリアは途中から日本語で言った。言語No.(ナンバー)というのは小人族(グノーム)の間で使われている通称で、あまりにも膨大な異言語を取得できる彼(彼女)らはそれぞれを数字化して扱っているという。(どうやら65535番は日本語に該当するらしい。その数字の大きさから存在する言語の豊富さが伺える)


 病み上がりとはいえルルリノも小人族である。数多もの異言語を扱えるはずだ。雪乃との会話をより円滑に進めるため、そう尋ねたのだった。


「うん、分かるよ。これでしょ?」ルルリノはしばらく頭を指で突き、うんうん唸った後日本語でそう言った。「ユキノ様はその言葉が一番話しやすいから、それを使おうね」とイリアが言うとルルリノは元気よく頷いた。


「それでね、ユキノお姉ちゃん。その胸についてるキラキラしたの、なあに?」


 ルルリノはそう言って雪乃が首から提げ、胸の辺りで鈍く光る柘榴色の石を指差した。


「これはガーネットって言ってね。とっても特別で、凄い石なんだよ」と雪乃はガーネットがルルリノによく見えるように身を屈め言った。


「特別で、凄い?」ルルリノは首を傾げた。


「それは、"この眼帯"よりも凄いのかな?」


 そう言うと、少女は自身の左目を覆う黒く、ごつごつとした眼帯を強調するように雪乃に顔を近づけた。

 その眼帯がどのようなものなのかを知らない雪乃は何と答えればよいものかと、イリアに視線を向ける。


「その眼帯――"アイギア"はエーテル毒の作用によって漏れ出るエーテルを押さえ込むための道具です。もっとも、数年かけて毒を薄め続けて、それでようやく押さえきれるだけの効力しかありませんが――ルリにとっては大事な延命器具です」


 雪乃の意図を察したイリアは、自身の持ちうる知識で完結に説明した。


「この眼帯が無いと、ルルリノは死んじゃうんだって。それよりも凄いの?」ただ単純に、凄いと言われている石がどういうものなのかを知りたいルルリノは尋ねた。


 どっちが凄いんだろう。雪乃は考えた。

 一人の命を延命させ続ける道具と、使い方によっては多数の人間の命を救うことができる道具。

 少し考えたところで、まったく用途の違う二つを同じ"ものさし"で測ることはできないという結論に達した雪乃は、自分の思うように答えることにした。


「その……アイギア、だっけ? ルリちゃんの命と同じくらい大切なものだから、そっちのほうがきっと凄いね」と雪乃は笑顔で言った。


「ほんとっ? これは凄いもの?」


「うん、それは凄いものだねっ」


 雪乃の言葉にルルリノはアイギアにぺたぺたと触れながら、声をあげて喜んだ。

 どうやら思考は無邪気な子供そのもの。

 少しばかり"違和感"を感じたとしても、その笑顔だけで雪乃も自然と微笑みがこぼれた。まるで小さな頃の妹、"雪凪"のようだな――そう感じていた。


 そういえば雪凪はどうしているのだろうか。元気にしているのかな? この世界と元の世界の時間の進み方が同じだとしたら、もう半年以上も行方不明になっているということになる。

 寂しがっていないだろうか? 入れ替わった"私"がちゃんと妹の相手をしてやれているのだろうか――?


 などと、色々な思考が雪乃の頭の中を駆け巡った。その時だった。


「ユキノ様っ!」


「へっ……あ、ひゃいっ!?」


 突如放たれた(実際にはずっと前から)イリアの大きな声に驚いた雪乃は、なんとも情けない声をあげ背筋をきゅっと伸ばした。


「またご自分の世界に入っていたんですね」イリアはやれやれ、とばかりに息を吐き言った。


「あ、あははー……。そ、それでなんの話だっけ?」この間怒られて反省したというのに、同じことを繰り返してしまった雪乃はいたたまれない気持ちのまま乾いた笑いで誤魔化すことにした。


「家で、母がイリアとユキノ様を呼んでいるのです。ルリのことについて話があるらしくて」とイリアが言った。「私も?」と雪乃は自分を指差し首を傾げた。


 イリアの母なる人物とはまだ顔すら知らない仲だが、"ルルリノのことについての話"というのなら、呼ばれた意味がまったく分からないこともなかった。

 恐らくは、あの少女から感じられる"違和感"――それについてイリアの母からなにか説明されるはず。雪乃はそう考えた。


「ルリ。お姉ちゃんたちはちょっとおうちでお話するから、ここで遊んでてくれる?」とイリアが言った。「うんっ! お空見上げて待ってるね!」と意外にも素直にルルリノが頷いた。精神年齢的にもっとイリアや雪乃と絡んでいたいはずだが、少女はぼーっと空を見上げることもそれはそれで楽しんでいるらしい。(事実、二人が来るまでずっと空を眺めていた)


「それでは行きましょう、ユキノ様」


「う、うん……」


 雪乃はイリアに連れられるまま、小さな一軒家へと案内された。

 家に入る瞬間に雪乃が振り返り見たルルリノの様子は、スカイウォッチングを楽しんでいるというよりは、思考を完全に止めているような――きちんと空を見ているようで、"何も見ていない"ように感じ取られた。



「っ……痛っ……ぅぅ……!!」


 家のドアが閉じられた瞬間、ルルリノは椅子から転げ落ち呻いた。

 右手で頭、左手でアイギアを抑えながら身体を小刻みに震わせた。そのまま芝の上で意識を失うと、苦しそうな表情は一転して、すやすやと安らかな寝息を立て眠りについたのだった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ