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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第三章.古城(ココロ)の中の悪魔
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1.その後の少女たち

『おじさーん! このリンゴ、四つくださいなっ!』


『あいよ、どーも。ユキノちゃんはいつもここの果物買っていくね』


『ここの果物はなんだかね、懐かしい味がするの。えへへっ、また来るね』


『懐かしい、ねえ。粋なこと言ってくれるじゃねえか。おうよ、また沢山仕入れてくっからいつでも来なよーっ』


 いっぱいの食料と先ほど購入した果物を両手の袋に詰め、雪乃は鼻歌交じりに王都の街並みを歩いていた。

 雪乃がこの王都、アルコスタに在住してもう半年ほど経っていた。

 今ではすっかり生活にも慣れ、こうして一人で買い物を済ませることができるようになっていた。


 ここに来た当初は、住人たちが自分を受け入れてくれるだろうか――と雪乃は不安を抱いていた。

 しかし『王都に近づいた魔物をこの娘が倒した』、『先ほど見えた天まで届くかのような光の柱は、この娘によるものらしい』、等と言った噂はたちまちの間に広まり、雪乃はアリシアが勘違いしているような異世界からの勇者扱いを受けてしまった。

 それによって、住人たちは雪乃と一歩引いて接していたのだが、一月もしない間にその風潮はなくなった。


 それは一重に雪乃の謙虚(この場合人見知りしやすい、弱気とも言う)な性格と、実年齢よりも多少幼い言動によるものだった。

 異界人、雪乃という人間に対しての王都の住民達の反応は"お偉い剣士様"から"ただのか弱い少女"へと変わっていった。


 それに加え、元王姫にして現アルコスタの剣士という肩書きを持つ、王都では名の知れたアイリス・アンダーソンが一目置いている存在だと知れば、興味本位で雪乃に近づく住民達が増えていった。

 そうして実際に雪乃と接した人々は『お堅い身分の人じゃなかった』、『愛嬌のある少女だ』と口を揃えて言った。


 このように半年間を過ごし、雪乃は今の地位を得ていた。

 喧嘩をするわけでもない、自己の能力を自慢するわけでもない、異界人という"客人"という立場を使って威張るわけでもない。

 まったく問題を起こさず、ただ天気の良い街並みを機嫌よく、のほほんと歩く少女に悪い気を起こす住人は特に居なかった。


 現在の雪乃は魔物討伐隊見習いとして、給料を貰いながら闘いの訓練する日々を送っていた。

 ただし見習いの名が示す通り、朝から晩までハードな訓練に参加するわけではなく、ほどほどの運動量と参加時間に留まっていた。

 残りの時間は、街の見学や異界語の勉強に割り当てていた。この半年間、大体がそんな毎日であった。

 おかげで、少しばかりの対魔物用の戦闘技能と、更なる異界言語知識を身につけることができた。



『ただいまっ!』


 そう言って雪乃は王都の一角にある一軒家のドアを開けた。この家は雪乃とイリア、アイリスの給料を出し合って借り入れたものだった。

 イリアとアイリスは王都に自宅があるのだが、どうせなら共同生活をしたほうが楽しいというアイリスの弁により、賃金を三人で割っていた。(本来の理由は雪乃の一人暮らしは何かと不安だから。ということを当の本人のみ知らない)


『おかえりなさい、ユキノ様』とどうやら洗濯された衣服を干し終えたらしいイリアが、ちょうど小さな庭の窓から顔を覗かせた。二人が異界語を用いているのは、日本語の伝わる者同士の会話でも、挨拶などの簡単なものは極力異界語で行おうという半年前の雪乃たちの方針によるものだった。


「あ、洗濯物干しててくれたんだ。ありがとっ。適当な食材買ってきたから、出かける前に軽くご飯にしようよ」


 雪乃は両手に持った袋を台所に置いてそう言った。


「はい、それではすぐに準備にとりかかりますね」


 イリアは台所に置かれた袋の中身を取り出すと、簡単に調理できるものを厳選し調理を始めた。

 なんだか共同生活も慣れたものだな――と、雪乃は作業を手伝いながら思った。






***





「それじゃあ、五年以上も会ってないんだ?」


「はい、イリアがラ・トゥを始めとした各地に翻訳士として働いていたこともありますが、妹自身も個室に篭らざるを得ない状況だったと聞いています」


 雪乃たちはイリアの実家を目指し、先ほど買ったリンゴをかじりながら歩いていた。

 イリアには妹がいるらしく、その昔魔物のエーテル毒を受けてしまったという。それを王都の有する医療術で、なんとか延命させることができていたとイリアは語った。(対応が早かったことが一番の理由らしい)

 危険な抗生物質を投与し続けなければならないため、何年も個室――ほとんどカプセル状の棺桶といっても差し支えない――に寝たきりだったという。

 それがなんとタイミングの良いことか、今日こうしてイリアが王都在住中に退院できるというのだ。

 エーテル毒を食らって延命処置を受け、そして日常生活を送れるほど回復する例はほんのごく一部――十人に満たないほどだという。


「なので、今から会うのがとても楽しみです」とイリアがはにかみながら言った。嬉しいという気持ちが表情からひしひしと伝わり、同時になんとなく恥ずかしげな気持ちも垣間見られた。


「そうなんだぁ……ふふ、よかったねイリアちゃん」


「はいっ」


 嬉しそうに笑うイリアに、雪乃は心からそう思った。よかった――と。

 それに、そうしてまた一人エーテル毒から回復できたということは、この世界の医療技術の水準レベルも上がってきているということだ。

 これからのこの世界の住民の希望となることだろう。雪乃は隣に歩くイリアを見て感慨深くそう思った。


「あそこが、イリアのおうちです」


 イリアが指差した先には、小さな一軒家があった。小さいとはいっても、安っぽいというわけではなかった。ただ王都に見られる一般の家を外見はそのままミニチュア化したようだった。

 それもそのはず。イリアの家族――小人族(グノーム)が住むというのであれば、必要以上に大きい家にしなくとも良いのだろう。そう考えればこの家の大きさはむしろ自然と言えた。


 二人が家に近づくと、一人の少女が庭に置かれた椅子に座って空を眺めていた。

 黒いワンピースを身にまとい、左目は眼帯――というには少しごつごつというべきか、"機械的"すぎる何かで覆われていた。

 風になびく髪は色素をあまり感じさせない神秘的な銀の短髪。全体的な雰囲気はどこか不思議な印象が感じられた――そんな少女だった。


『ルリっ!』


 イリアはその少女を見るやいなや、すぐさま駆け寄り声をかけた。

 ルリ――。それは少女のニックネームであり、本名をルルリノという。今日退院したというイリアの妹だった。


 しかしルルリノはイリアの声に反応しなかった。相変わらず空を見上げ、地に着いていない細い足をぶらぶらと揺らしていた。

 聞こえなかったのだろうか? イリアは更に妹に近づくと、肩に触れもう一度名前を呼んだ。


『お姉ちゃんっ?』


 相当びっくりしたのだろうか、ルルリノは大きく肩をびくっとさせ二度三度周りを見渡した後、"ようやく"すぐ側にいる姉の姿を発見し、声を発した。


『お姉ちゃんだっ! イリアお姉ちゃん! 久しぶりだ!』


 ルルリノはぱぁっと表情を明るくさせ、イリアを指差して笑った。


『ただいま、ルリ。……ううん、おかえり――かな?』


 元気に笑う妹の姿に感極まったのか、少し涙が出そうになるもなんとかそれを堪えイリアは言った。


『うんっ! おかえりお姉ちゃん、ただいまお姉ちゃんっ!』


 ルルリノも姉に会えてよほど嬉しいのか、少ない語彙でもそれを何度も繰り返しながら再会を喜んでいた。


 そんな二人を遠巻きに見ていた雪乃は、祝福する気持ちと"何となく嫌な予感"の両方のことを考えていた。

 イリアの妹――ルルリノの雰囲気は元の世界で見たこともある、いわゆる"病人"のそれと似ていた。まさか、完治していない。もしくは後遺症が――? 雪乃はどうしても嫌な予感を拭うことができなかった。

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