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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第二章.王都への散歩道
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15.アリシア・アルコスタ

 案内された部屋は広く、そして一人一人に用意されていた。

 もちろん、ここアルコスタが実家であるアイリスは客室ではなく自室に帰っていった。


 荷物の整理をするというイリアと一先ず分かれ、雪乃も部屋で一息つくことにした。


「ふう……色々あったけど、やっと落ち着ける場所に来れた気がする」


 纏っていた装備を外し、薄着になった雪乃は部屋に設置されたベッドに寝そべり、天井を見つめた。

 元の世界の自室や、ラ・トゥの村にあった家の天井の景色とはまた違っていた。また新しい土地に来たのだな、と雪乃は改めて思った。


 そうして特に考え事もせず、ボーっとしていたその時だった。

 部屋のドアから乾いたノックの音が鳴った。


『はい、どなたですか?』誰だろう? そう考える前に自然と声が出ていた。反射的に返事をしたにしては、きちんと異界語で応対できていたことに本人自身が驚いていた。


『アリシア・アルコスタと申しますわ。入ってもよろしいでしょうか?』


 声の主は先ほど顔を合わせた金髪の少女――現アルコスタ王女のアリシアだった。


『は、はいっ……どうぞ!』


 王女様が自分に何の用なのだろう?

 ベッドから身を起こし、首を傾げ考えを廻らせている間に、部屋のドアが開いた。


「こんにちは。ユキノ様、えっと……(わたくし)のことは既にご存知でしょうか?」


 まだ面を合わせて挨拶をしているわけではなかったので、アリシアが不安そうに尋ねた。

 雪乃と会話しやすいようにという配慮か、その口から発せられた日本語はとても流暢だった。


「はい、付人のイリアちゃ……イリアからアリシア様の話を伺いました」


 緊張からか、たどたどしい敬語で雪乃が言った。これが異界語なら恐らく会話にならなかっただろう。日本語の通じる人で良かったと、雪乃は心の底から思った。


「あらあら、そのように固くならないで下さいな。私のことはアリシアと呼んで下さい」くすっと笑いながらアリシアが言った。


「アリシア……」


 そのようなくだけた呼び方をしても良いのだろうか? と雪乃は不安になりながらもその名を呟いた。


「はい、それで構いませんわ」雪乃の考えとは裏腹に、アリシアは屈託ない笑顔を向けると雪乃の両手を掴んだ。


「あなたなのでしょう? あの"光の柱"を召還した勇者!」まるで小さな子供のように目を輝かせながら、アリシアが言った。


「光の柱……って、ああ。もしかしてガーネットから出したエーテルのことかな」先ほどの王とアイリスの会話を断片的に拾っていた雪乃はぽん、と手を打った。確か魔物を倒す時のエーテルはこの王都からも見えた、というようなことを王が言っていたはず――と雪乃は考えた。


「私、感激致しました! もの凄い力を持っていますのね!」相変わらずキラキラした尊敬の眼差しで雪乃を見つめながら、アリシアが言った。


「あ、はは……ありがとうございます。ですが、あれは私一人の力ではなく……」


「私、ずっと待っていましたの。光の剣を携えた勇者がここにやって来ることを!」雪乃の言葉を遮りながら、アリシアが言った。「光の剣?」と首を傾げる雪乃に、彼女は元気よく頷いた。


「小さな頃、イリアに読んでもらった絵本に描いてありましたの。王女となった者は光の剣を持った勇者と一生を添い遂げる……と」雪乃の手を掴んだまま自身の胸に手を当て、頬を赤らめながらアリシアが言った。対する雪乃は「えっ……あ、ちょ……」などとどぎまぎするばかりで、言葉を返すことができなかった。


 それでも一つ、雪乃が分かったことがあった。それは、この少女は間違いなく自分の妹よりも年下の少女だということ。

 元の世界でいうならば、まだ中学校に通う年齢かも怪しいくらいの少女であろうことが推測された。


 王座に座り、はきはきと意見を口にする姿を遠くから見ている分には、少し大人びた風に見えていた。しかし、こうして面と面を合わせてみれば、その顔はまだ幼い上に身長も自分よりもずっと低い。(それでもイリアよりは高い方だが)

 そして先ほどのメルヘンチックな言動から、雪乃はそんな考えに至っていた。


「勇者様が女性の方だとは思ってもみませんでしたが……むしろ、とても綺麗な方で私とっても嬉しいですわっ!」そんな彼女の考えを他所に、アイリスは雪乃に抱きつきながら言った。心底嬉しそうに弾んだ声色で。


 急に抱きつかれバランスを崩した雪乃はそのままベッドに倒れこみ、二人は顔を突きあわせる体制になる。


「大胆ですのね、ユキノ様」顔同士が触れるほどの距離で、頬を赤らめながらアリシアが言った。


「ち、違っ……これはっ」雪乃はそう言って身体を起こそうとするが、アリシアにぐっと押さえつけられそれは適わなかった。


 見た目よりもずっと腕力があるようだった。自分が不利な体制とはいえ、まったく動かせないとなるとアリシアのほうが力は上かもしれない――雪乃はそう考えた。

 アイリスもそうだが、どうしてこの世界の女性はこんなにも力持ちなんだろう、と雪乃は非力な自分が情けなく感じられた。


「あら、抜け出さないということは……くすっ。ユキノ様は責められるのがお好きなのかしら?」雪乃の抵抗の弱さを言葉のように受け取ったアリシアは、口元を歪ませながら唇を雪乃の首筋に近づける。


「(抜け出さないんじゃなくって、"抜け出せない"んだよぉっ!)」と年下の少女にそんな情けない言葉を吐くわけにもいかず、雪乃は心の中で叫んだ。


 雪乃はなんとかもがこうとするが、拘束を振りほどくことができなかった。そしてアリシアからすれば程よい抵抗の力は、"誘っている"ようにしか受け取られなかった。

 雪乃の首筋に、アリシアの吐息が当たる。そのくすぐったさに少女は身をよじらせた。


「触れてしまいますわ……。ほら……んっ……」


「ひゃっ……!?」


 アリシアの唇が雪乃の首筋に触れた途端、少女の身体がぴくんと跳ねた。

 思ってもみない変な声を出してしまった――と雪乃はかぁっと頬を赤らめた。


「ユキノ様はここが感じますの? なら、もっと――」とアリシアがいたずらな笑みを浮かべたまま二度目の口付けをしようとしたその時――。



『こぉらアリシアっ!! あんたなにしてんのっ!?』と大きな声で部屋内に入ってきたのはアイリスだった。その後ろには申し訳無さそうにたたずむイリアの姿もあった。


『あら、姉様。なにと言われましても……見ての通り、"秘密のまぐわい"ですわ』良いところで邪魔が入った、と不機嫌そうに眉を潜めながらアリシアが言った。


『そんなの見りゃ分かるわよっ! あんたそれ意味分かって言ってるの?』二人に歩み寄り、アリシアを雪乃から引き剥がしながらアイリスが言った。


『もちろんですわ姉様、問題はありません。だって、私とユキノ様は"相思相愛"なんですもの、ね? ユキノ様?』


「や、あの……ちょっと聞き取れなかったけど……。多分アリシアはもの凄い勘違いをしている、と思う」と雪乃が言った。二人の異界語の会話は少し早口で聞き取ることはできなかったが、概ね先ほどの行為は合意のもとでやった。とでも言ったのだろうと雪乃は考えていた。


「そんなことはありませんわ。ユキノ様、姉様やイリアの前だからといって恥ずかしがることはないですのよ?」


「いや、恥ずかしいとかではなくてっ……」


「ユキノ様……もしかして、私のことがお嫌いですか……?」自分を受け入れてくれたものだと思っていたアリシアは、歯切れの悪い雪乃に近づき不安そうな表情で尋ねた。


「いやいや、嫌いなんかじゃないよ」不安そうなアリシアを見た雪乃は、咄嗟に相手の頭を撫でながらそう言った。その言葉を聞いたアリシアの表情はぱぁっと明るくなった。


「ほら、姉様。ユキノ様は私のことを認めてくださっていますわ」とアリシアは安心すると共に、自慢げな表情でアイリスに言った。


 そうしてしばらく続いた姉妹のやり取りに雪乃は頭を抱えながら「これから騒がしくなりそう……」とため息をつき、助けを求めるように部屋の隅にいるイリアに視線を向けた。

 イリアは苦笑いをしながら、身振り手振りでなにかジェスチャーをしていた。


 私にはどうすることも出来ません――。


 恐らくそんなことを言っているのだろう、と雪乃は思った。


 姉妹の言い合いを眺めながら、雪乃は小さく笑った。

 いくつもの危険を乗り越えて、ようやく穏やかな日常を手に入れられるのだ――。


 



 ――第二章 完――

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