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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第二章.王都への散歩道
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14.期間

『待ってください父上! この子は、ユキノにはエーテルがないんです! 戦うことなんてできない!』アイリスが声を荒げて言った。その言葉に王は『なるほど、それで毒を無効化できるのか』と頷いた。


『父上は、ユキノを先行隊の"盾"にでもするおつもりですか!?』


『報告では、その娘が巨大なエーテルの剣で魔物を打ち倒したと聞いているが』


『あ、あれは……魔宝石の力に過ぎません! この子の力じゃない!』


 アイリスはなんとか雪乃を闘いとは無縁の環境で過ごせるように説得を続けた。

 戦闘に不向きだと判断されれば、先行隊なんて無茶な配属から外されるはず――そう考えていた。


『本当にそうか? 俺はあのように巨大な"光の柱"を見たことがない』


『柱……? 一体なんの話です?』雪乃が魔物に振り下ろしたエーテル剣のことを言っているのだろうか? あの時は近くにいたためあまり見ることはできなかったのだが……とアイリスは眉をひそめた。


『"ここから"でも見ることができた。天を貫くほどの光の柱をな。いくら魔宝石といえども、あれほどの質量を放出することはできない』と王が言った。


 確かに、エーテルを振り下ろすだけで魔物を打ち倒すなどと、そんな話をアイリスは聞いたことがなかった。

 魔宝石は珍しい代物だが、それだけで魔物を簡単に退けることができるのなら、とっくに平和な世界になっているはずだ――とアイリスは考えた。


『その娘には間違いなく"更なる秘密"があるはずだ。それにエーテル毒の効かない身体に、魔物を一撃で葬る力。これを世界の民のために利用しないでどうするというのだ?』と王はアイリスと雪乃を交互に見比べて言った。


 雪乃からすれば、二人の会話は早口で捲くし立てるように話しているように聞こえているため詳細は分からないが、エーテル毒を通さない自身の身体について話していることが分かった。


『それでも、ユキノは闘いのない暮らしを望んでいます』恐らく雪乃は会話の内容を把握していないだろうと踏んだアイリスが、代わりに答えた。


『俺とて、異界人――客人の命を雑に扱いたくないと思っている。しかし……』


『違います。生きる、死ぬの話ではありません。この子は"闘いそのもの"が苦手なのです。王都に近づく魔物を退けた。それだけで立派な功績ではありませんか?』


『その特異体質ならばもっと多くの人々を救うことができると言っているのだ。その娘のような存在、救いを求めているのは世界の民だ』


 両者は一歩も引かなかった。

 アイリスは雪乃の人権の尊重のため、王は世界平和のため。まだしばらく話し合いが続くかと思われたその時――。



『しばらく考える時間を与えてみてはどうでしょうか?』



 王の隣の座に座る、金髪の少女が口を開いた。


『お父様はいきなり"世界"などとスケールの大きな話題を持ち出すから、話し合いが進まないのです。せめて考える時間を与えるべきだと思います』


『……確かにそうだな。少し視野を広げすぎていたようだ』


 少女の言葉に冷静になった王は、以外にもあっさりと自分の非を認めた。ただ頑なに、力任せに権力を振りかざす輩でもないようだった。

 見た目の凄みとは別に、心の内は理念の通った持ち主なのかもしれない――と、今まで口を閉ざし、会話を聞いていたイリアはそう思った。


『熱くなりすぎてしまったな、すまなかった。時間を与える、答えを少し考えてくれないか。期間は――』


『期間は、一年間です』


『なに?』


 王の言葉を遮り、少女が告げた。

 あまりにも長い期間に、王は少女を見やる。


『お父様は"闘いを知らぬ者"の心の内をご存じないのです。皆、お父様のように闘い、平和を勝ち取ることを誇りとしているわけではないのですよ』と少女は言った。


『では、お前の……闘いを知らぬ者の立場でこの決断するには、それほどの時が必要ということか?』


『はい、命に関わることですもの。それに、これからの一生を決める大事な決断です。妥当なものだと思います』


『……ふう。どうやら俺はまだ"世界"を知らないようだな。このようなことを娘に諭されるとは』独りよがりの考えをしていた、と王は呟きながら立ち上がった。


『一年の期間を設けよう。その間に町を見、人を見、世界を見、そして判断して欲しい』と王が言った。


「ユキノ、一年間この世界を見て考えてだって。あなたはどうしたい?」と王の言葉を翻訳してアイリスが言った。


「私はこの世界のことをよく知らない。だから今は自分の身を守ることだけ考えてる。たくさん世界を見てから、もう一度考えてみたい」と雪乃が言った。


『父上、ユキノは一年の間考えてから決断したいと言っております』


『そうか、良い結果になるよう期待している。……そうだ。アイリスよ、こちらに』そう言って王は何かを思いついたようにアイリスに手招きした。


 一体何なのだろう? とアイリスが王に近づくと、王はなにやら球体のようなものをアイリスに差し出した。


『こ、これは……魔宝石、エメラルド!? 父上、どうして?』


 それは、ガーネットと同じく、特殊な力を持つ魔水晶の上位存在である魔宝石だった。

 翠色をしたその球体は、名をエメラルドという。


『あの娘に隠された力……あれほどのエーテルを放出する秘密を解き明かす材料にしてくれ』王はそう言うと、アイリスの手を握った。


『そしてなにより、お前の安全を願っている。すまないな、こんなチンケな物しか渡せないで』


『いいえ、十分です父上。これは情や思いやりよりも、もっと物理的に私達を守ってくれる。ありがたく使わせていただきます』とアイリスは王の手を握り返しながら言った。


 不器用なものだ――"お互い様"に。アイリスは思った。

 自分はもっと素直に受け取れないものか。


『もう失くすんじゃないぞ』


『あ、あはは……だからあれは失くしたんじゃなくて"あげた"んだって、何度も言っているじゃないですか』


 どうやらアイリスは過去に王から貰った物を失くしたことがあるらしい。

 アイリス的には失くしたわけではないらしいが。


『それではユキノ様一行には、お部屋を用意してあります。従者に案内させるので、今夜はここに泊まっていってくださいな』と金髪の少女が立ち上がり言った。そして隣にいた付人と思われる人物と共に、雪乃のほうへ歩み寄った。



「ではまた後ほど……ね?」少女は通りすがりに、日本語で言った。雪乃が「え?」と声を出す間に少女は通り過ぎ、王座の間を出て行ってしまっていた。


「アリシア・アルコスタ様。現アルコスタの王女で、アイリス様の妹様です」とイリアが雪乃に耳打ちした。


「ということは、日本語を話せるのも……」


「ええ、文学に関してはアイリス様以上にご執心なされていますので。たくさんの言語を扱うこともできるのでしょう」とイリアが言った。


「凄いんだなぁ……お姫様って」雪乃はただ純粋に感心しながら、付人に続き王座の間を後にした。


 これから一年間、世界を見て、そして決断しなければならない。

 今の気持ちは正直、怖いことなんてしたくないと思う。でも、たくさんの人を救える力が私にあるのなら――。雪乃はそう考えて、そしてやめた。


 ゆっくり考えていこう。まだ私はなにも知らないのだから。

 決して優柔不断による保留ではない、雪乃は自分にそう言い聞かせた。

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