表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第二章.王都への散歩道
32/107

13.アルコスタの王

「そういえば、ユキノはこの世界でどんな仕事がしたいの?」


 とりあえずの着替えを終え、王宮へ向かう途中アイリスが言った。雪乃は「仕事?」と首を傾げる。


「そう、仕事。異界人が謁見する時は、希望する仕事の方向性を問われるの。大概は異界人特有の"特別な力"を生かした仕事を与えられるわ。多くは魔物との闘いに関わるようなことに」とアイリスは言った。


「で、でも……私、何も特別な力なんてないよ? それに闘いとかそういうのはちょっと……」


 "あの時"は魔物と相対することはできた。でもそれは、自分が戦うしか方法がなかったからだ。

 魔物を打ち倒すということは、世界の住民を間接的に救うことになるが、雪乃は率先してそれを行いたいとは思わなかった。

 あのような怖い目にはもうあいたくなかった。きっと自分にとっての"善く生きる"とは、戦うことではないはずだ。と雪乃は考えていた。


 希望を主張してもいいというのなら、闘い以外にして欲しい――それが雪乃の願いだった。


「そっか、でも安心してユキノ。特別な力が無いのなら、無理やり闘いに参加させられないし、希望すれば魔物や闘いに関係することなく静かに過ごすこともできるから」俯いた雪乃の手を握り、アイリスが言った。


「うん、ありがとうアイリス」と雪乃が笑顔を向けると、アイリスは「私がなにかしたわけじゃないわ」と小さく笑った。






***





「ここが、王座の間……」


 巨人でも出入りするのかと言いたくなるほど大きな扉の前で、雪乃は立ち尽くしていた。

 西洋の景色を模した遊園地で同じような"作り物"を見たことがあるが、まさか実際に使用しているとは思っても見なかったのだ。

 ただただ圧倒され、扉を見上げた。


「そうよ、この先に父上……現アルコスタ王がいる」とアイリスが言った。


「私、きちんと話せるかな?」と雪乃は不安げな表情でアイリスとイリアに振り返った。


「異界人の謁見では、どれだけ異界語を話せるか――つまりは"どれだけ一人でも生活できるのか"を判断する事情もあります。しかし、ユキノ様はイリアの知る限りでは、今までの異界人の方よりも幾分こちらの世界の言葉の飲み込みが早かったように思います」とイリアが言った。


「でも、ちょっと周りに恵まれすぎたっていうのはデメリットかもね」というアイリスの言葉に雪乃は「周りに恵まれた?」と首を傾げる。


「ユキノの世界の言葉――この言葉を扱える人物が"二人も"あなたの側にいたということよ。そうすると自然にこちら側の世界の言葉を使用する機会が少なくなる。もうちょっと練習として日本語禁止、とかやっておいたほうがよかったかもしれないわね」とアイリスはうーん、と唸りこめかみを手で押さえながら言った。


「確かにそれは一理あります……が、今そのようなことを悩んでも仕方ありません。試験を行うわけではないですし、あまり固くなられないことが一番ですよ」とイリアは相変わらず自信のなさそうな表情をする雪乃に言った。


「そ、そう……だね。頑張るよ」と雪乃は小さく微笑んだ。それと同時に、王座の間を隔てる大きな扉がゆっくりと開いた。


『アイリス様、準備が整いました。中へ』扉の向こうから現れた鎧を纏った男が異界語で淡々と言った。王の近衛兵なのだろうか、身の丈を超えるほどの大きな剣を背中に背負いながらも、その動作一つ一つに重さを感じているような素振りは見られなかった。鍛え上げられたであろう大柄な身体はまったくぶれない。


『ええ、わかったわ。行くわよ、ユキノ』軽く手を上げ頷いたアイリスが言った。雪乃はその言葉に答えるように頷くと、王座の間へと入っていく兵士の男の後ろに付いていった。



 部屋の中――王座の間はとても広々としていた。天井に吊り下げられたシャンデリアは遠く、王座に座る何者か(恐らくは王であろう者)もまた遠かった。

 少しばかり歩いて王座に近づくと、雪乃はようやくそこに座る人物の容姿を確認することができた。


 一人は老人――と言っても良いのだろうか。顔に刻まれた皺は深く、白く長い髭に同じく白い髪を見れば確かに老人と言えた。

 しかし、それに反して体格がどうにも合致しなかった。腕や足は細いどころか先ほどの兵士の男よりもごつごつとしており、老化に伴う身体の衰弱などまるで無意味と化していた。


 恐らくこの老人、いや……この男がこの国の王だ。と雪乃は判断した。体格もそうだが、男が放つ雰囲気の凄みが距離を離していても感じられていたからだ。



 その隣に座るのは可愛らしいドレスを着た金髪の少女だった。どことなくアイリスに似ているようにも見えた。

 位置関係的に王女の立場なのだろうか、そうすると自然にこの人物はアイリスの言っていた"お姫様を任せた妹"だと判断がつく。


 容姿が似ていることもある。歳も近いだろうし、アイリスと同じような雰囲気なら話しやすいだろうなと雪乃は思った。





『そなたがハツセ・ユキノか』と王座の男が口を開いた。


『俺は第58代アルコスタ王。ヴィクトル・アルコスタ』とヴィクトルと名乗った王が言った。雪乃のことを気遣ってか、どうやら普段よりもゆっくりと言葉を発したようだった。


『は、はいっ。私は初瀬雪乃と言います。この世界の方々にはとてもお世話になっています』と緊張のせいか、若干声が上ずりながらも雪乃は言った。


『イリアと申します。異界人、ユキノの付人(つきびと)をしております』と一歩前に出たイリアが言った。


『アイリス・アンダーソンと申します。異界人、ユキノの使者をしております』とイリア同様、一歩前に出たアイリスが言った。この二人が親子ならば面識がないわけがない。このような自己紹介は形式的なものなのだな、と雪乃は思った。



『ほう、思ったよりも流暢なようだ。よく勉強してきている』と王が言った。見た目の雰囲気や素行を見る限り、知識が足りないか、あるいは緊張で上手く声が出せないだろうと王は思っていた。事実、雪乃は"そういうタイプ"なのだが魔物との遭遇(ここに来るまでに既に三匹もの魔物と出会い多少、精神面が鍛えられた)により、こと戦闘以外に関しては緊張の度合いも少なくなっていた。ましてや、真面目に取り組んできた異界語である。雪乃の中に少しの自信もあった。


『言葉が通じやすいならば話は早い。早速だが、今後そなたに与えるべき"仕事"の話をしたいと思う』


『そのことですが、王様。このユキノは戦闘以外の配属を――』とアイリスが言いかけた時だった。



『そなたには魔物討伐先行隊に配属してもらおうと思っている』王は淡々と言った。まずこちらの希望を聞いてくれるのではなかったのだろうか、それに魔物に関する仕事を言い渡されたような気がする――と雪乃は状況がよく飲み込めず眉をひそめた。


『先行隊ですって!?』一方アイリスは声をあげた。それは雪乃にとって好ましくない仕事内容なのだろうか、会話についていけない雪乃は小声でアイリスに尋ねた。



「先行隊は、トキの目が利かないような"特殊な魔物の生態・強さの度合い"を図る為に出動して魔物に攻撃を仕掛ける部隊よ」ぎりっと歯を軋ませながらアイリスが言った。


「それは危険な仕事なの?」


「いい? 魔物の状態も分からないまま攻撃を仕掛けるなんて、普通にやれば自殺行為のようなものなの。魔物側からどんな反撃があるかも分からない。そんなのをただの異界人のユキノに頼むなんて――死ねって言っているようなものよ!」とアイリスは声を荒げた。


『それこそ、魔物の特殊能力や突発に来る遠距離型のエーテル毒にやられて死んでいった先行隊員がどれだけいたか――』と、そこまで言ってアイリスははっとした。まさか、王は……この男は。



『そうだ、アイリスよ。この娘の"特異体質"については既に報告を受けている。エーテル毒が効かないらしい、とな』依然、表情を変えないまま王が言った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ