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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第二章.王都への散歩道
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12.雪乃は衣装に身を包み【挿絵有】

「ユキノー、はやく出てきなよー」


 王都にある雑貨屋-ホムペディ-の椅子に座ったアイリスは待ちくたびれた、と言った様子だった。


 数時間前、少女らが魔物を追い払った時、既に王都に属する偵察隊が様子を伺っていたという。

 魔物を倒したのが異世界の少女だと知れば、早く王に謁見するべきだ。と隊の一人が言った。


 しかし、ただの遠方の村娘のような格好(ラ・トゥの白い衣装)のまま謁見するわけにもいくまい。と違う一人が言った。

 三言、四言と口論が続いたが、とりあえずそれなりの旅人らしい格好に整えてからにしようという話に纏まったのだった。


 かくして少女ら一行は、アイリスの行きつけである雑貨屋へと足を運んだのである。

 ここはその昔、各地を旅しながら行商を続けた"ホム婆さん"が経営している店で、古めかしくも珍しい商品が鎮座されていることが特徴の店だ。

 かつて幼かったアイリスはそんな道具に憧れては、購入を続けていたと言う。王都にあるアイリスの自室には、今でも購入した商品が飾られているらしい。


 もちろん売っているのはそのような珍しい道具ばかりではない。

 王都で着る標準的な衣服(可もなく不可もなく、といった地味な服)や、簡単な防具なども一通りは揃えてあった。


 ホム婆さんとも顔見知りであるアイリスは雪乃の紹介も兼ねて、ここで身だしなみを整えようと提案したのだった。


 アイリスは店内の一角にある椅子に座って、足をぶらぶらと揺らしながら雪乃が着替え終えるのを待っていた。

 待ちくたびれた様子は見せているが、それはどうもうんざりしたとかそういう風なものではなく、着替えた雪乃の姿を早く見たいという希望から成るものだった。


「ちょ、ちょっと待って。ねえお婆ちゃん、このレザー……? っていうの? どうやって着けるの?」と小部屋にカーテンをあしらっただけの簡素な試着部屋から雪乃は顔を出した。


 カーテンの側に立っていたイリアが異界語にて、雪乃の言葉をホム婆さんに伝えた。


『はいはい、ちょっと待ってね』ホム婆さんはそう言うと試着部屋の中に入り、雪乃にレザープレート(胸に装備する皮製の防具)を付けてやった。


『先に、胸に着けて、紐を背中に回す。そして結ぶ、と。簡単だろう?』と雪乃にも分かるようにゆっくりとした異界語でホム婆さんが言った。


『うん、ありがとうお婆ちゃん』雪乃はホム婆さんに笑顔を向け、礼を言った。


「ユキノー、できたのー?」とアイリスが椅子に座ったまま言った。


「う、うん……着替えた、けど……」


「着替えた、けど?」


「その、なんていうか……恥ずかしい」カーテンを開かないまま、雪乃が言った。


 時代背景は中世なこの世界の衣服は、雪乃からしてみればある種の"コスプレ"であった。

 その世界の住人が着ていることは不思議に思わないが、いざ自分が着てみるとなると元の世界のテレビで見た"コスプレイヤー"だと思わざるを得ないほど、雪乃には着慣れないものだった。


 と、突如イリアがなかなかカーテンを開こうとしない雪乃の手を軽く引っ張った。


「わ、わぁっ!?」


 転びはしなかったもののバランスを崩し、雪乃は意志に反してその姿を晒してしまうことになった。


「あら、可愛いじゃないユキノ」待ってました、とばかりにアイリスは手を叩き言った。


 ホムペディは衣服専門の店ではないのでシャツ部分の地味さが浮き出るも、微かな露出部分が雪乃のほっそりとしながらも健康的な身体を強調していた。


「そ、そう……かな? 似合ってるかな?」雪乃は恥ずかしさでいっぱいになるも、褒められて悪い気はもちろんしなかった。その相手が中世の装備を見事に着こなすアイリスとあれば、なおさらだった。


「うんうんっ。ほら、ここに立ってみてよ」とアイリスは自らの身体よりも大きい、草原を描いた風景画の前に雪乃を誘導した。この風景画も店の商品であり、一説によるとホム婆さんが行商をしていた時代に手に入れた貴重なものなのだとか。


 草原の前に、まだどこか違和感がありながらも中世の衣装を着こなした少女が立った。







挿絵(By みてみん)








「そう、そんな感じ! なんかこう、ユキノもこの世界の仲間入りって感じねっ!」


 自らの想像していた絵面とマッチしたのか、はしゃいだ様子でアイリスが言った。


「う、うぅ……恥ずかしい……」


 一方、わざわざ絵の前にまで立たされまるで見世物にされたような気がした雪乃は片手で体を隠しつつ俯いた。

 丁度いいことに店の中に雪乃たち一行以外の客はいなかったが、それでも羞恥心により頬を赤くしてしまう。


「ユキノ様、これから王に謁見するのですよ? そんなにコチコチに固まっていては駄目です」と雪乃の隣に立っていたイリアが言った。


「そうは言ってもー……」


「安心してくださいユキノ様。とてもよくお似合いになられていますよ」


 なかなか自分の姿を晒すことに慣れない様子の雪乃に、イリアは笑顔を見せて言った。普段あまり表情を変えない彼女の珍しい笑顔だけに、雪乃は心境を変化せざるを得なかった。


「う、うん……分かったよ。二人ともがそう言ってくれるなら、自信ついてきたよっ!」


 恥ずかしいからといってぐずぐずしてばかりいるわけにはいかない。

 むしろ、この服装はこの世界――王都の住人からしてみればごく普通の(むしろ地味でもある)衣装なのだ。なにも恥ずかしがることは無い――雪乃はそう考えることによって羞恥心を無くそうと考えた。


 逆に、着慣れてるとはいえ手持ちにある学校の制服なんて着てるほうが、この世界では珍しいものなのだと。



「ユキノ様、文化を学ぶにはまず形から、です」とイリアが言った。それは、ラ・トゥの村の衣装に違和感を抱いていた雪乃を一歩踏み出させるために言った言葉だった。


「うん、そうだね。今度も土地の服を着て、色んなことを勉強するよ」と雪乃が言った。



「さて、じゃあそろそろ父上のところに行きましょうか」と、二人が話し込んでいる間にどうやら衣装代の勘定を終えたらしいアイリスが言った。


 父上? と、雪乃は首を傾げかけるがすぐに納得した。


「そっか、元お姫様って言ってたっけ」


 これから会う王がアイリスの親族というのであれば、きっとあまり緊張せずに話すことができるだろう――雪乃はそう考えた。


「あ、あの……アイリス。この服のお金は」


「いいのいいの。まだユキノはお金だって稼ぐのは難しいんだから。私が払っておくわ」と雪乃の言葉を遮ったアイリスが言った。


「ありがとう、いつかお金を稼いで、返すね」


「あら、それじゃあ豪華なプレゼントを期待していいのかしら?」とアイリスは冗談交じりに言った。


 元お姫様でもあるアイリスが豪華に感じるプレゼントなんて買えるわけないよ、と雪乃は笑いながら言った。


 こうしてつかの間の買い物を楽しんだ少女ら一行は、王都アルコスタを取り仕切る王――つまりはアイリスの父へと会いに行くのであった。

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