7.少女らの勝利条件
「この調子だと、あと半日もあれば王都に着くわね」とアイリスが言った。
王都へ向かう一行は日が頂点に達する頃、一度馬車を止め小休憩を取っていた。
道はどんどんと綺麗に舗装されていき、他の旅の馬車を見かけることもあった。このことから地理を知らない雪乃にも、王都が近くなっていることを感じ取れた。
「ごめんね、アイリス。私が馬に乗れないせいで負担かけちゃって」と芝に腰を落ち着けた雪乃が言った。
「ユキノが気にすることないわ。そっちの世界に乗馬の文化がないなら仕方ないもの」と芝に寝そべりながら空を見上げるアイリスが言った。そんなことよりも――と、言葉を続ける。
「ユキノは、王都の生活とかに不安はないの?」
「不安はある……けど、今は慣れるしかないかなって思ってる。実際に住んでみないと分からないっていうのが正直なところかな?」と雪乃が言った。
「もし生活に困ったことがあったのなら、イリアに何でもお申し付けください」と二人の傍らにぴんとした背筋で立っているイリアが言った。
「うん、その時はお願いね」
王都での暮らし。それがいつまで続くのかは雪乃には分からなかったが、ただとても長い期間だろうということは想像がついた。
自分は元の世界に帰ることができるのだろうか、そしてその方法はどのようにして探せばいいのだろうか――色々なことに思慮を廻らせていた時だった。
「――魔物の気配?」
突如アイリスが呟いた。雪乃はその意味について言葉を発する前に、空の異変に気づく。
「黒い空……黒い霧!?」
空の霧はラ・トゥの村で見た魔物の霧よりもごく薄いものだった。よく見るとじわじわと移動しているように見える。
「まさか、王都に向かっている……?」と空を見上げるイリアが言った。
その霧は明らかに移動をしており、その方向は雪乃たちの目指す方向――つまりは王都へと向かっていた。
「イリア、"トキの目"の準備を」良くない状況に唇を噛み、アイリスが言った。イリアは「了解しました」と告げると荷物を漁り始めた。
「ねえアイリス、"トキの目"ってなに?」聞き知らぬ言葉に首を傾げた雪乃が言った。
「トキの目は感加薬とも言ってね、塗った部分の感覚を鋭敏にして"他の生命体の気配"を探ることができるの。たとえそれがまだ発生していない魔物でもね」
とアイリスが説明している間に、イリアが荷物から小瓶を取り出しアイリスへと差し出した。彼女はそれを受け取ると蓋を開け人差し指の先を中の液体へ漬けた。
その指を空に掲げると、辺りの気配が指を通して脳に伝わる。
そんな光景を雪乃は、指先を舌で舐めて風向きを知るのと似ているなと考えていた。
「魔物の危険性……大。この間のヤツよりもかなり強い。獣型で発生はこれから五時間前後」情報を感じ取ったアイリスが言った。
「"奴"が王都に着くまでの時間は大体十時間……多分私達がさきに着くけど、それよりも前の場所で撃退しなければ王都に被害が及ぶわ」
「ならば、五時間後――魔物発生の瞬間に叩くということですね?」
「ええ、できればそうしたい。二人とも、協力してくれるかしら?」
「う、うん……でも私はなにをしたらいいの?」と不安げな表情の雪乃が言った。
「魔物を討ち取る場合には、いくつかの定石があるの」
「定石?」
「そう、まず一つ目は震感魔法を魔物に与えること。エーテルで出来た魔物はこれを受ければまず絶命する」
指を一本立てたアイリスが言った。この説明から雪乃は震感魔法とは、この間戦った魔物にとどめを指した魔法のことだろうと考えた。ぴたっと動きを止め消えていったことをよく覚えている。
「二つ目は、この"滅びの剣"で魔物に傷を付けること」
そう言ったアイリスは腰から提げた鞘から長剣を抜き取った。その刃の美しさには一切の陰りはなく、まるで飾られた美術品のように造形を保っていた。
「基本的に魔物は武器で傷つけられたとしても、その傷をすぐに治してしまいます。しかし滅びの剣はその治癒力の働きを完全に止めることが出来るのです」とイリアが言った。
「それどころか傷はじわじわと範囲を増して、時間さえ掛かればその身全てを滅ぼすことも出来るわ。これが滅びの剣と呼ばれる由縁よ」
「なんだか、怖い剣」
「そう、怖い剣よ。でもこの滅びの剣で付けて"ある程度広がった傷口"からでないと、震感魔法を使えないの」とアイリスは剣を鞘に収めながら言った。
「そして三つ目は、魔物の"核"を見つけて身体から切断すること。これもやっておかないと震感魔法が使えない」
雪乃は魔物の核という聞きなれない言葉を復唱し、首を傾げた。
「魔物はエーテルを操ってその姿を自由に変えるわ。傷をすぐに治してしまうというのは、これが理由ね」
アイリスの説明に雪乃は頷いた。村に出現した魔物は見た目はワニのような魔物だったが、ガーネットがいくら傷を付けようとも血がでたりせず、身体から離れた瞬間にエーテルに変わってしまっていたことを思い出した。(雪乃はそのおかげで残酷な光景を見ずにすんでいた)
「ただし身体の一部分を切断した時、部位が消えずにそのまま残ることがある。それが魔物の核ね。前の魔物で言うと私が切断した牙の部分がそう。魔物との戦いはまず核を見つけることから始まるわ」とアイリスが言った。
「あれ? でもこの間のアイリスはその"核"が牙だってことを最初から分かっていたみたいだった」
「あのタイプとは何回か戦ったことがあるからね。普通はトキの目を使って探りにいくんだけど」とトキの目を漬けた指を眺めながらアイリスが言った。
「要するに、震感魔法を使うことができればこちらの勝ちってわけ。ここまではいいかしら?」
「うん、大体分かったよ」と雪乃は頷きながら言った。
「基本的に全ての魔法は魔水晶の半分くらいのエーテルを必要とするわ。だから最低でも震感魔法を使うだけのエーテルを残して戦わなければいけないわ」グローブにある三つの水晶を見せながらアイリスが言った。
「魔法一回につき魔水晶の半分が必要で、今の手持ちが3つ……ということは、"とどめ"意外でこちらで使用できる魔法の回数は5回ですか」とイリアが言った。
「そういうこと。今の私たちは"魔法を5回使うまでの間に"この滅びの剣で魔物に傷をつけ、核を切断しなければならない。これが勝利条件よ」
雪乃は思わず生唾を飲み込んだ。5回の魔法――決して多くはない数字だった。更にまともに戦うことができるのは三人のうち一人のみ。
しかし少女たちはこの厳しい条件下で凶悪な魔物と戦わなくてはならないのだ。




