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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第二章.王都への散歩道
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6.メイドの少女は頬を染めた

 小人族(グノーム)の一度の睡眠時間は、基本的に短い。イリアも例に漏れず早起きだった。

 ただしその身体の小ささ故か、蓄えられる体力が少なく、普段より活動的になってしまうと一日に二、三度の断続的な睡眠が必要だった。

 

 この数日、慣れない旅のせいで何度も惰眠を取ってしまう自己嫌悪から、朝食はどうせ早く起きる自分が作るとイリアは決めていた。(メイドという役職柄、もともとそうするつもりではあったが雪乃の弁により交代制になりかけたところを断固反対した)

 いつものように朝早く目覚めたイリアがまず感じたこと、それは妙な息苦しさだった。


 なにかが自分に巻きついている――目が覚めて間もないイリアが感じたのはそんな感触だった。

 もぞもぞと身体を動かし、"自分に組み敷く何か"の拘束を緩めると、ついにその感触の正体を知ることになった。


「えっ、えっ……ユキノ、様?」


 以前寝ぼけて抱きつかれたよりもぎゅっと、今度は足まで絡めてある始末だった。

 どう考えても偶然の産物とは思えない。眠っている自分を抱きながら眠ったのだろうか?――とイリアは考えを廻らせる。


 小さく細々としたイリアの身体と違い、年相応の健康的な肉付きの良い身体に包まれたイリアは朝の寝ぼけ眼と合わせて心地よい幸福感をしばしの間堪能した後、雪乃を起こさないようにその場を離れた。

 名残惜しいことこの上なかったが、イリアは朝食を作らなければならなかったし、あのままだときっと二度目の眠りについていたかもしれない。


 今日は特に移動距離を稼ぐ、と言っていたことを思い出した。ならば早く朝食を用意して出発しなければとイリアは考えていた。

 あと一日半、二日程度で王都には着くだろう。目的地までの大まかな勘定をしたイリアは王都に想いを廻らせた。


「王都を離れてもう十年……"あの子"は元気にしているかな」


 かつてイリアが住んでいたこともある王都アルコスタ。到着まであともう少し――。






***






「そういえば、イリアちゃんって何才なの?」


 王都へ向かう馬車の中、イリアと共に異界語の勉強に励んでいた雪乃は唐突に尋ねた。

 あまりにも唐突だったので、メイドの少女はその問いに首を傾げることでしか返事をすることができなかった。


「ほら、イリアちゃん言ってたじゃない。十年くらい前にアイリスのお世話係だったって」


「ああ、そのことですか」合点が入った。とばかりにイリアはぽん、と手を打った。


「私より年下みたいなのに、十年も前からしっかりしてたんだなぁって思って。それで気になったの」


 これまでの勉強により、暦の組み分けは違えど周期は同じ(この世界は一年、二年の数え方があるが月の数えがないことを雪乃は最近知った)だということが分かったので、重ねた年と年齢は元の世界基準で判断しても問題ないと雪乃は考えた。

 しかし、そうするとイリアの精神年齢と外見の整合性がいまいち不一致した。考えても仕方ないので直接聞くことにしたのだった。


「イリアは25才ですよ」


「なるほど、十年前は15才か。それなら納得……って、え? 25才?」


 アイリスのお世話係をしていた年齢はまず問題なかった。納得しかけたところで現在の年齢の違和感に雪乃は思わず眉をしかめた。


「イリアたち小人族は一生における成長がとても遅いそうです。そもそも小人たる由縁は元人間のホルモンバランスの欠落によるものと聞きますし」とイリアが言った。


「成長が遅い……か。それなら、"人間で言うと"何才くらいになるの?」


「人間と比べた小人族の成長減衰は、ちょうど半分程度に値すると言います。なので今のイリアは12才と半分、といったところでしょうか。ちなみにイリアの母は200才に近かったと思いますよ」


「ええっ!? 200才!?」


 12才と半年。そう聞けばなんとなく納得はできた。しかし人間では到底考えられない年齢勘定に、雪乃はさすがに衝撃を受けざるを得なかった。

 見た目はこんなにも人間と同じ造形をしているが、種族間の違いは顕著なのだな、と雪乃は改めて思った。



 このようにして一つ一つ、世界の知らないことを馬車内で学んだ雪乃の知識量はどんどん積み重なっていった。

 まだ知りえない常識、しきたり、情勢はあれど着実に知識を自分の物にしていった。


 イリアとアイリスといる間は異界語を使うことはないが、王都で嫌というほど使うことになるだろう。

 少しでも話せるようになっておかないと――と、目的地を近くした雪乃はより一層、言語の取得に励むことにした。



 昼が過ぎ、夜が更け、小規模な休憩を取りながら少女たちは王都を目指した。

 野営という一つの作業を削ったことにより、一日の移動距離はすこぶる良い結果となった。


 さすがのアイリスも長らく馬上にいたせいか、酷く疲労しているようだった。

 荷物の中にある地図から、あと一日もあれば到着するだろうと判断したイリアは今回の旅、最後の野営を提案した。


 テントを張るなり、食事も取らずにアイリスは早々に眠ってしまった。その疲労は雪乃が想像するよりもずっと辛いものだったのだろう。


 雪乃とイリアは、粘土の携帯食を先日よりも小さな焚き火(辺りで拾える小枝だけで火をつけた)であぶり、今後のことについて話し合った。

 今回の旅でアイリスにかけた負担は相当なものだったので、これから日常的なことはアイリスを優先して自分達で行おうということだった。


 その他にもなにかお礼をしよう等、色々な話で盛り上がる二人は時間を忘れて語り合った。

 しばらくしてイリアの瞼が重くなり始めたことを察した雪乃は、早々に話を切上げることにした。


 二人はテント内で横になりつつ、もう眠ろうかという時にイリアは雪乃の背中にくっつくように身を寄せた。


「昨日、なんですが。とても濃厚に抱かれていたようにイリアは思いました」


「あ、あはは……寝る前にちょっとやってみたら凄く気持ち良くって。ごめんね?」と雪乃が言った。


「いえ、イリアも心地よかったです。その、ユキノ様が良いと言うのであれば……今晩も抱いていて欲しいのですが」


 背中を向けた雪乃が気づくことはなかったが、イリアの頬は相当赤くなっていた。

 普段は大人しく謙虚なイリアは直接的に甘えることが少ないゆえに、このような行動はそんなクールなメイド少女の羞恥心を強く刺激したのだった。


「うん……いいよ?」


 雪乃は平静を装いつつも、普段見せない態度のイリアに興奮を隠し切れなかった。それは例えるなら、元の世界のインターネットで可愛らしい猫の動画を視聴した時と似た衝動だった。

 そのまま寝返りをうつようにイリアの方を向くと、ぎゅっとその身体を抱きしめた。とても小さな身体は、細い少女の腕にもすっぽりと収まった。


「おやすみなさい。ユキノ様」


「う、うん……おやすみ」


 二人はそれ以上言葉を交わすことなく、眠りについた。どちらも言い知れない気恥ずかしさがあるように見えた。


 こうしてまた一日が過ぎ、新しい一日がやってくる。

 目的地である王都はもう目前に迫っていた――。

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