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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第二章.王都への散歩道
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5.夜の少女達


 火の元の準備も整い辺りに闇が漂いだした頃、少女ら三人は火の付いた焚き木を囲みながら二つの簡単な食事をとっていた。


 一つは袋の中に入った粘土の塊のような食料だった。それを千切り木の棒に突き刺し火であぶる。若干の油質が含まれているらしく、パチパチと火が弾ける音と共にそれは徐々に色を変えていった。

 少々噛み切りづらくはあったが、無味ではなく旨味があったのでこういった粗食になれない雪乃にも無理なく食することができたようだった。

 この携帯食は満腹感の充実はもちろん、腹持ちがいいので旅人の間では好まれているらしい。


 もう一つのメニューは乾燥しきったナッツだった。イリア曰く、このナッツは世界のあらゆる環境において育つことができるので少し森を散策すれば、大量に手に入れることができるらしい。

 ナッツは粘土の携帯食と合わせて、旅の食料として広く扱われているという。



「こう、携帯食ばかりだと飽きてくるわね。王都についたら美味しいものが食べたいわ」とアイリスが言った。


「そうだね。栄養も偏るだろうし……」


 ナッツをカリカリと音をたてながら雪乃が言った。


「あと二、三日程度でしょうか? 食料の備蓄も残りそれぐらいですね」


 携帯食の入った袋を覗き込みながら、イリアが言った。


「少し急いだほうがいいかもしれないわね。明日はテントを張らずに、馬車で構わないかしら?」


 残りの食料のことも懸念してか、アイリスは食事に使っていた木の棒を地面に突き刺し、早々に食事を終えたようだった。


「うん、私は大丈夫。平気だよ」と雪乃が言った。


「馬車寝って意外と疲れとれないのよねぇ。イリアもそれでいいのかしら?」


「はい、私も依存ありません。しかし、常に馬上にいる姫様が一番疲労なされているはずですが……大丈夫ですか?」


「イリアは身長が足りてないし、雪乃は経験ないから仕方ないわ。慣れていると言えば慣れているけれど、さすがに腰が痛いかも」


 苦笑しながらアイリスが言った。


「それじゃあ、私がマッサージしてあげよっか?」


 ふと思いついたように雪乃が言った。


「あら、いいの?」


「うんっ。馬にずっと揺られてたら疲れちゃうもんね。してあげるよ?」


「嬉しいわ。お願いしようかしら」


 雪乃の申し出にアイリスが笑顔で言った。

 一方、イリアは少し羨ましそうに二人を見ながら、木の棒をざっくざっくと地面に突き刺していた――。





***




「んっ……はぁぅ、気持ちいいわユキノ」


 食事の片づけを終え、あとはテントにて静かに時を過ごすのみとなった頃。

 雪乃はうつ伏せになったアイリスの上に跨り、マッサージを施していた。その手際は意外にもスムーズで、どうすれば相手に快感を与えられるかを心得ているらしかった。


「他の人にも……んっ、よくマッサージをしてあげているの?」


「元の世界にいた時に、ね。妹もよく喜んでたっけ」とマッサージを続けながら雪乃が言った。


「妹様がいらっしゃるのですか?」


 側でぺたりと地面に座っていたイリアが意外そうな声をあげた。


「うん、歳は私の二個下なんだけどね。頭も良いし運動も得意なの」


 まるで自分のことのように、嬉しそうに雪乃が言った。


「外では少し大人しいんだけど、家に私と二人の時は凄く甘えん坊さんなの。可愛いでしょ?」


「信頼、されているということでしょうか?」


「私は特別になにかしてあげたりってことはないはずだけど……よく分かんないね」


「妹ってそんなものよ。小さな頃から一緒に暮らしていると、甘えられるか嫌われるかが極端なのよ」


 マッサージはもういいという意思表示だろうか、アイリスは起き上がりながら言った。上から退いた雪乃に礼を言い、言葉を続ける。


「私も二人妹がいるけれど、一人には懐かれ、一人には邪険にされで大変よ」


「ああ、あのお二方ですか……確かに顕著でしたね」とイリアが言った。


「イリアちゃん、知ってるの?」首を傾げた雪乃が言った。


「はい、十年程前でしょうか。実はイリアは、小さな姫様とその妹様のお世話係だったのですよ」


「えっ、そうなの!?」雪乃が驚いた声をあげた。


「ユキノ。イリアはともかくとして、私がどうしてこの言葉――日本語を話せるか不思議じゃなかった?」


 アイリスの言葉に雪乃は思わず息を呑んだ。確かにイリアが日本語を話せるのは、確か異界人との交流のために"翻訳士"として過ごしてきたからだ。(さらに言えば小人族(グノーム)という種族は他言語の取得が得意でもある)

 ならばアイリスは何故――? 雪乃の頭の中に決定的な答えは出なかった。


「私は小さな頃から"使者"となって、異界人達とたくさん交流するって決めてたの。だからイリアがお世話係だった頃、よく他言語を教わっていたわ」とアイリスが言った。


「それじゃあ、日本語の他にも話せるんだ?」


「自世界語に、日本語、ヒュンケィ語と……あと片言だけどサングラン語も話せるわ」


「ヒュンケィ? サングラン? そういう国があるの?」聞いたことのない言葉だ、と雪乃は首を傾げた。自分の住んでいた世界とはまた別の世界の国の言葉のことだろうか、と雪乃は考えた。


「他の世界の名前よ。ユキノの世界みたいに、世界単位ではなく国家ごとに言語が異なるのは珍しいケースね」


 確かに、と雪乃は頷いた。国ごとに言語が違うことは自分にとっては当たり前だったが、世界一つ飛び越えてしまえばまた別の"常識"があるのだなと雪乃は思った。


「さて、もうそろそろ寝ましょうか? うつらうつらしてるメイドもいることだしね?」とアイリスが言った。


 その言葉に雪乃がイリアの方へ視線を向けると、途切れ途切れに意識を失いつつあるイリアの姿がそこにあった。


「そうだね、明日は長距離移動になるもんね」


 雪乃はそう言うと、イリアをゆっくりと横にすると自らも眠りにつくことにした。


「ふふ、イリアを抱きながら寝るとよく眠れるわよ」とアイリスが冗談交じりに言った。


「試してみようか?」アイリスの言葉に、雪乃もくすくすと笑いながら答えた。


「明日の朝が楽しみね。おやすみなさい」


「うん、おやすみ」


 就寝の挨拶を交わした後、雪乃はイリアの小さく柔らかな身体を抱いてみた。なるほど、これは確かに気持ち良い。と雪乃は素直にそう思った。最初は感触を楽しんだ後、離れてから眠ろうとしていたが、あまりの心地よさに雪乃はいつしかイリアを抱いたまま眠りについてしまっていた――。

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