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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第一章.始まりのラ・トゥ
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2.鏡の少女

「なら、手をこっちに向けて?」


 鏡の雪乃は手のひらを雪乃へと向ける。

 それに合わせるように、雪乃も鏡へと手を伸ばす。


「そのまま私と手を合わせて、目を閉じて」


 言われるがまま、雪乃は手のひらで鏡に触れ、目を閉じる。

 そして鏡の雪乃が聞いたこともない"言葉のような何か"を発したその瞬間、雪乃は急な浮遊感を体験した。


 浮いているような、沈んでいるような、急上昇しているような、急降下しているような。

 もしくはこれらを交互に体感しているのか。

 異常な体感によって目を開くこともできない。

 身体が、頭の中が、上下左右に揺れる。


 そしてぴたっとその感覚が止むと同時に、雪乃は目を開く。

 まず見えたものは自分の部屋の光景。

 しかし、角度に違和感を感じ今度は周りを見渡す。


 周りの景色は光も、奥行きでさえも見えない真っ黒。

 目の前にある鏡以外のものは全てが黒だった。


 鏡の枠の中――つまりは雪乃の部屋の中で、ついさっきまでは鏡の中にいた雪乃がくすっと笑う。



「幸せなんて、あるわけないじゃん。くくくっ」



 騙されやがって、ざまあみろ、と言わんばかりに部屋の中の雪乃がまた笑う。

 一方、鏡の世界――真っ暗な世界に囚われた雪乃は状況を把握できないでいた。


「えっ……なに、が? こっちは幸せな世界のはずで……え、えっ?」


「あんたさあ、悪魔だよねえ」


 うろたえる雪乃へ、部屋の中の雪乃が語りかける。


「自分の世界が不幸でさ、こっちが幸せだよーなんて言ったらすぐ食いついたでしょ? それってあんたが幸せになって代わりに私が不幸になってもかまわないってことだよね?」


「ち、違う……私そんなんじゃ」


「いーや、なにも違わない。あんたは自分だけが幸せになればいいと思ってる自己中なヤツだ。だから躊躇いもなく要求を呑んだ」


「で、でもっ! この真っ暗な世界はなんなの? これじゃまるで……」


「はあ? あんたまだ気がつかないの?」


「どういう、こと?」



「無償の幸せなんてあるわけないじゃん。騙されたんだよ、あんた」



 その言葉に暗闇の中の雪乃は崩れ落ちた。

 ここは幸せの世界ではないこと、もう一人の自分が、自分を騙していたということに雪乃はようやく気づいた。


 暗闇の中、唯一存在する鏡のフレーム内に映るもう一人の雪乃がニヤリと笑った。



「さようなら、不幸な私」



 その言葉と同時に、鏡にホコリ避けの布が被せられ、雪乃から部屋の様子が見えなくなる。

 雪乃は鏡を叩いたが、厚い石壁を叩いているかのように鈍い手ごたえしか感じなかった。


「うっ……うう……!」


 雪乃は自分の浅はかさを呪った。

 あんな言葉に簡単に乗ってしまった自分、その意思の弱さを。


「とにかく出口……どこか出口を」


 雪乃は真っ暗闇の中をアテもなく歩き始めた。

 5分近く歩き続けたが、この暗闇のせいで前も見えない、どれだけ進んだかも分からない。


 雪乃は諦めかけていた。

 出口なんてないんじゃないか?

 永遠にこのままなんじゃないか?


 泣きそうになりながら歩き続けるうちに、前方に薄っすらと光が差し込んでいるのが見えた。


「出口……?」


 光がある。

 そこにはきっと誰かがいて、この寂しさを癒してくれる。


 もしくは、これは夢で光から出れば夢から覚めることができるのかもしれない。

 などと、うっすらと見える光をまた勝手に、自分に良いように解釈し始める。

 本人も理解してはいる、現実逃避、悪い癖。


 雪乃は走ってその光に進むと、視界が急に開ける。



 そこには吹き荒れる風、見渡す限り緑の草原、そして大空。

 周りを見回すと、それはどこかの高い塔のてっぺんだった。

 次から次へわけもわからず混乱しながらも下を見やると、都会暮らしの雪乃にとってはテレビくらいでしかお目にかかれないほどの田舎の村の風景が見えた。


「あっ……人だ!」


 そう、そしてそこには村の住人らしき人々の姿があった。

 どうやら皆、海外の民族衣装のようなものを着ているような風貌だったが、今雪乃にとって気にかけるべきことはそれではなかった。


 暗闇の世界から出れないと思っていた心境から一転、人の姿を見つけた雪乃は更に周りを見渡し、下へ降りている石でできた螺旋階段を走って下る。

 螺旋階段の先に梯子を見つけると、急いで塔から降り始める。


 途中、「梯子なんて触るのも初めてだな」とか「垂直になってて意外と怖いな」……などと少しは思考ができるくらいには心も落ち着き、人に会える喜びに満ち溢れていた。


 コミュニケーションが苦手だとか、そういうことは関係なかった。


 ただ、人にさえ会えばここがどこで、どうしたら家に帰れるのか、きっと誰かが教えてくれるだろうと雪乃は考えていた。

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