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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第一章.始まりのラ・トゥ
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17.隠したコト

 雪乃、イリア、アイリスはテーブルを囲むようにして椅子に座っている。

 先ほどまで腑に落ちないという様子を見せていたイリアだったが、雪乃の必死の弁解によりなんとか納得したようだった。


 雪乃が二人に聞くところによると、どうやら魔物襲来から既に一日が経っているらしく、目覚めるまでの間アイリスが面倒を見てくれていたと言う。

 イリアはというと、魔物に殺害(エーテル毒死も含む)された村人の供養や村の応急的な復旧作業にほとんど追われ、つい先ほど担当の作業を終えて急いでここに来たらしい。


 そして件の魔物が話に登場すると、雪乃の表情が暗がりの色へと変わった。


 テーブルに置かれた三つのカップから湯気がふわふわと揺れた。三人は沈黙しており、聞こえるのは近くの森に住む小鳥の声だけだった。

 沈黙がしばらく続いた。その時。


「ねぇ」


 カップに注がれたコーヒーが徐々に熱を失い飲みやすくなった頃、雪乃が口を開いた。


「魔物ってなに?」


 雪乃が尋ねた。しかし二人からの返事はなかった。


「少しはこの世界の社会についてイリアちゃんから教えてもらったよ。でも、話の中には魔物なんて一回も出てこなかった」


 雪乃がちらっとイリアの様子を伺う。イリアはバツの悪そうに表情を強張らせ、うつむいた。


「もしかして――隠してた?」


 森の小鳥が返事をするように鳴いた。しかし雪乃が欲しいのは小鳥の声ではなく、イリアから告げられる真実の声だった。

 また少しの沈黙が流れた。雪乃は居心地悪そうに、両手の親指を擦り合わせるように動かしながら、目を泳がせていた。


「……隠していました。意図的に。」


 イリアが口を開いた。


「私をその……怖がらせないために?」


 雪乃の言葉に、イリアはふるふると首を横に振った。答えはノーということだ。


「雪乃様個人を、というわけではありません。異界人が現れた場合、教育期間中は魔物に関することを教えてはならない――これがルールなのです」


「ルール?」


「既にご存知の通り、この世界は魔物の脅威に晒されています。普通に対処すれば犠牲無しにそれを打ち倒すことは困難です。では、我々が安全に暮らしていくにはどうすればいいのか」


 イリアが少し冷めたコーヒーに口をつける。


「それは、異界人の力を借りることです。彼らはこの世界には無い特別な技術、武器、能力を持ちそして知っています。幸い、この世界には数多もの異界人が迷い込んできます。世界の民はそうして繁栄してきました」


「異界人が持つ、特別なもの」


 雪乃が呟いた。


「はい、そして教育マニュアルにはこうあります。"異界人には恩を売れ"――と」


「ちょ、ちょっとイリア」


 イリアの言葉を、アイリスが静止しようとした。


「言ってもいいの?」


「はい、イリアはもう雪乃様に嘘や隠し事をしたくありませんから」


「そう……まあ、あなたに任せるわ」


 アイリスは特に不満を言うことはなく、すっかり冷めたコーヒーを一口啜った。


「あの」


 二人の会話が途切れた後、雪乃は首を傾げ言った。


「恩を売れって、それはつまり……えっと」


 雪乃が思いついた、この世界の異界人への対応はとても醜いものだった。そしてそれを言葉にすることが、とてもできない。


「異界人に戦わせるのよ。それか、技術とかの提供」


 ため息をつきながらアイリスが言った。


「馬鹿げた話よ、皆そのために一芝居打ってる。異界人全員が特別なものを持っているわけではないのに」


 現在の世界のあり方に不満を感じているのか、吐き捨てるようにアイリスは言った。


「私、そんな……戦ったりなんてできない」


 雪乃は震えた声で言った。まだコーヒーには口をつけていなかった。


「安心して、ユキノ」


 コーヒーを飲み終えたアイリスが言った。


「私は力の弱い異界人を助けるためにお姫様って役柄をやめて、小さな頃から戦いの訓練をしてきた。異界人を騙すような形で危険なことに協力させるなんて、許せなかったから」


「アイリス……」


 騙されていたことは悲しいと感じた。しかしそれ以上にアイリスの言葉の頼もしさがとてもありがたいと雪乃は思った。


「村の皆もね、きっとそういうルールに縛られているだけ。生まれたときからそう教わってきたから、それが正しいと思ってる。だからあまり思いつめてそういう人たちに当たらないで欲しいの。私からのお願い」


「うん……わかったよ。隠し事されてたのはちょっと嫌だなって思ったけど、みんな私なんかに優しくしてくれたから」


 そう言って雪乃ははにかむように笑った。


「だからね、イリアちゃん。悩まなくていいよ。むしろ今までのお礼を言いたいくらいなんだから」


「雪乃様……」


 イリアが伏せていた顔をあげた。その表情にはまだどこか恐れているような、そんな様子が伺えた。


「おいで、イリアちゃん」


 イリアは言われるがまま席を立ち、雪乃の側へ寄った。


「ごめんね、イリアちゃん。ずっと隠してきて辛かったでしょ。もう大丈夫だよ」


 雪乃はイリアの小さな頭を抱いた。ただそれだけでイリアの表情はやわらいでいった。


「ありがとうございます、雪乃様」


 イリアはぎゅっとその身体を抱き返した。とても幸せな気分の中で。

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