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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第六章.死せる者の地"カタクーム"
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6.私の大嫌いな……

「うん。なんか、今のお姉ちゃんは背がいつもよりちょっとだけ高くて、心が落ち着いていて。こうしていると凄く安心するの」


 そう言って雪凪は雪乃の体へもたれこむ。

 雪乃はそのままぎゅっと抱きしめたまま後ろに倒れこんだ。


「ありがと、凪。お姉ちゃん凄く嬉しい」


 雪乃は笑顔でそう言った。久しぶりに会う雪凪の中に、"自分"の存在が消えてはいない。

 それが分かっただけで、雪乃は安心できた。


 と、その時だった。不意に部屋の扉がノックされたのだ。


「誰だろ。イリアちゃんかな?」


 雪乃は雪凪の身体から手を離すと立ち上がり、部屋のドアを開けた。

 そこにいたのは、予想通りイリアの姿だった。


「どうしたの? こんな時間に」と雪乃は小さなイリアの身体を見下ろしながら言った。数秒待てど、返事は無い。


「イリアちゃん? 何があったの……。――っ!?」


 身を屈ませ、イリアの瞳を見る。その瞳には一切の感情らしきものが感じられない。


 いつか見た、イリアの表情。

 何故、ここにいるのか。

 ここにいるということは――つまりは。


 脳内の記憶をなぞる。思考が超高速に、あらゆる場面を映し出し一瞬ともいえないようなごく僅かな時間である答えにたどり着いた。

 それと同時に、身に迫る危険を予知し雪乃はその場を飛びのくように後ずさる。


 ふっと。

 その一瞬後に、雪乃がいた空間を閃光が裂いた。紙一重のタイミングだった。


 雪凪にはなにが起きたのか分からない。呆然とその様子を傍観していた。


「……やっぱり、あんたね」


 そう呟いた雪乃の視線の先。虚ろな瞳のイリアの奥から現れたのは――。



「ゆーきのちゃん。ひさしぶり」


 雪乃と同じ姿をした人間――ルルシェと名を変えた少女だった。


「"そのイリアちゃん"がいるということは……出会うのはどっちの視点からしても"あの続き"みたいね」と雪乃はルルシェを睨みながら言った。


「そうねえ、よくわかってるじゃない。まあ、あんたからすればいつ振りか知らないけど、ざっと何ヶ月かぶりね」ルルシェは口角を吊り上げながら言った。


「何ヶ月か……?」


 雪乃は眉間をぴくりと動かした。こちらからすればまだルルシェと会ってから24時間も経っていない。

 この世界、この時間に来るまでにルルシェがそれだけの時間を要したということだ。


「それで、こんなところにまでなんの用なの?」


 雪乃は平静を装いながらも、足の震えを隠せないでいた。

 武器は無い。体が実体である以上、一人ではエーテルが使えない。

 戦いになればまず勝つことは不可能だろう。


「んー。我が妹に会いに、なーんてね?」


 そう言うとルルシェは雪凪へと視線を向けた。


「元の世界にいないと思ったら、凪までこっちに来てたなんてね。ま、そのほうが面倒がなくていいんだけど」


「お姉ちゃんが……二人」


「そうだよ、お姉ちゃんだよ凪。私と一緒に行こう?」


 ルルシェが雪凪に手を差し伸べる。


「やめて! 凪に触らないでっ!」


「どうして? 私の妹じゃない」


 雪乃はルルシェに対して何も有効な手は持っていない。

 ただあるとすれば、先ほど議題に挙がっていたサファイアの能力やルルシェのこの世界での立ち位置について、その推理を突きつけ時間を少しでも稼ぐことだった。



「……あなたは、凪をまた"魔物達"のところへ帰そうとしている」



 サファイアが歪な魔物を生み出したこと。そしてそれを提供したのは人間だということ。

 確実な根拠ではないが、これらを事実と考えるならもはや該当する人物は他にはいない。


「……へえ。ここでその答えが出るって事は、"結構良いルート"なのかな。ここは」


「――ルート?」


 ルルシェが発した謎の言葉に雪乃は困惑する。

 まだ彼女は何かを隠しているのだ。ただ雪凪の誘拐が本望だというのはほぼ間違いない。

 そう考えた雪乃が破れかぶれでルルシェの身体を取り押さえようと飛び掛るが――。


「遅い遅い、今のあんたじゃ相手にもならない」


「うぐっ……!! ぅっ……!」


 雪乃はルルシェにたちまち手を取り押さえられ腹部に一撃、膝による強烈な打撃を食らってしまう。


「お姉ちゃん!!」


「げほっ……ふ、ぐぅ……!?」


 雪乃は鈍い痛みにお腹を押さえ、その場に倒れこんでしまう。

 雪凪の悲痛な叫びも、雪乃を立ち上がらせる力にはならなかった。


「凪を返して欲しかったら、この国にある死せる者の地(カタクーム)に来なさい。おもしろいものを見せてあげる……ふふふ」


 そう言ってルルシェは雪凪の手を強引に取り、更に虚ろな瞳のイリアとも手を繋いだ。


「(ジャンプする気だ――)」


 そう直感的に判断した雪乃は痛む身体を強引に起き上がらせ、ルルシェに食らいつこうとする。

 しかし決死の覚悟虚しく、雪乃はルルシェの蹴りに軽くあしらわれてしまう。


「決着はそっちでつけましょう。じゃあね、もう一人のくそったれさんっ」


 ルルシェがそう言うと、三人の身体がエーテルに包まれ、淡い光を帯びていく。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」


 雪凪は手を振りほどこうとするが、非力な力ではそれも叶わない。


「凪ッ、イリアちゃん!!」


 雪乃が叫びながらルルシェの体に触れようとしたその時、三人の身体は発光と共に完全に姿を消してしまった。

 残された雪乃が静かに震える。しばらく静寂が続いた。

 どんっ、と床を思い切り叩きぐっと拳を作る。


「凪とイリアちゃんは絶対に取り返す……絶対」


 普段怒りの感情をあまりださない雪乃であったが、この時だけはそういうわけにはいかなかった。

 歯をぎりぎりと食いしばり、自分の無力さを呪いながら決意した。



 ――絶対に、あいつの思い通りにはさせない。

 なぜなら。



「私は、お前が大ッ嫌いだ……」 


 例え自分自身であろうと――いや、自分自身だからこそ捻じ曲がったあの姿がまったくもって気に入らない。

 あんなやつにだけは、絶対に負けない――その決意がその瞳にあった。

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