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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第六章.死せる者の地"カタクーム"
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5.嫉妬するメイド

「で、でも私は長い間魔物たちの住家にいました……けれど、人間……ましてやお姉ちゃんと同じ顔をした人なんて見たことがありません」


 今まで黙っていた雪凪が口を開いた。


「あ……でも、私がここに来る途中、妙なことを言っていました。あの時いたたくさんの魔物は"私と同じ形をした強力者から用意された"と。間違いなく人間のことを指しているとはおもうのですが……」


 雪凪は思い出しながら言った。

 いい加減なことは言えないので、あくまでも予想ですが……と付け足した。


「いや、それでも十分貴重な情報だよ。ありがとう凪」


 そういうと雪乃は隣に座る雪凪の頭を撫でてやった。

 それを見たイリアがむっとした表情を見せ、立ち上がる。


「こ、こほん……ユキノ様。重要なお話をしなければならないお気持ちも分かりますが、今はお食事中です。そろそろ手をつけていただかないと料理が冷めてしまいます」


 と唇をむっと尖らせながらイリアは言った。


「あ、そ、そうだね。ごめんねイリアちゃん」


 料理を作ったのはイリアであったので、申し訳ないと感じた雪乃は慌てて料理を口に運んだ。


「やきもち焼いちゃって」アイリスはぽそりと言った。


「なっ……ち、違います。そんなんじゃ」


 イリアは反論しようとするも、アイリスに「はいはい」と宥められてしまう。


「あ、そうだ凪。久しぶりにお姉ちゃんが食べさせてあげる。あーんして?」


 そんな雪乃の言葉にイリアは頬をぴくっとさせながら振り向く。


「い、いいよ……恥ずかしいし」


「遠慮しないで。ね? 久しぶりに会えたんだから」


 雪凪は言葉通り恥ずかしそうに顔を背けるも、姉の提案を振り切ることは難しかった。

 少々強引に口元に料理を乗せたスプーンが運ばれるととうとう観念し、口を開ける。


「はい、あーんっ」


「あー……んっ、んぐ、んっ……」


 いくら自分の好きな姉が相手とは言えこのような行為を、雪凪からすれば初対面同然の相手に見せるのはなんとも言いがたい恥辱にも感じられた。


「どう? 私たちの舌でも全然合うでしょ? 美味しいんだよね、イリアちゃんの作った料理って」


 そういうと自らも料理を口にする雪乃。

 対して、褒められたというのに嬉しそうでないイリアはぎゅっとスカートを握ったままその様子を伺っていた。


「はい、もう一口。あーん?」


「ふぇっ、い、いや……でも」


 雪乃がもう一度、スプーンを雪凪の口元へ運ぶ。

 今度こそ拒もうと、雪凪は拒否の意を表そうとするも、姉の行為を無碍にもできなかった。


「ほらぁ、あーんしなさい凪?」


「むっ……うぅ」


 当人達にその気は無いのだが、傍目から見るといちゃいちゃしているようにしか見えなかった。

 無論、イリアがそれを心地よく思うわけも無く、何度も手を伸ばしたり降ろしたりを繰り返していた。


「ちゃんと口開けなきゃ、こぼしちゃうよ? ほら、あーん」


「う、ぅ……。あー……ん」


 ようやく観念したのか、目を閉じながら口を開ける雪凪。それを見た雪乃がスプーンを近づけようとした時――。


「はむっ」


「……えっ?」


 料理を口にしたのは、雪凪ではなく、イリアだった。

 あっけに取られる雪乃。なにが起こったのかよく分からない雪凪。そして料理を頬張るイリア。やってしまったか……とばかりに額に手を当てるアイリス。

 数秒、沈黙が続いた。


 始めに動いたのは料理を飲み込んだイリアだった。


「あっ、こ、これは……違っ……」


 何が違うというのか、自分でもよく分からない弁明を始めようとするイリア。


「ご、ご……ごめんなさいっ」


 しどろもどろになり、それ以上なにか言うことも無く耳まで真っ赤にしながらその場を飛び出してしまった。


「お腹……空いてたのかな?」イリアの突飛な行動の意味が分からず、首を傾げる雪乃。


「難しいお年頃なんじゃないの」


 もはや突っ込むのも面倒だ、と言わんばかりのアイリスが適当に相槌を打った。

 

 それぞれの人物関係を上手くつかめていない雪凪は、ただただ首を傾げていた。 




***



「今日は一緒に寝ようか。雪凪」


「え、えっ……でも」


 夕食を終え、床につく時間になった頃雪乃は雪凪を自室へ招いた。

 元々雪乃、イリア、アイリスで暮らすための家であったので、雪凪のための個室が用意できなかったのだ。


 とはいえ、それだけが理由ではない。

 雪乃からすれば約一年ぶりに、自分の可愛がっていた妹との再会である。それなりに積もる話もある。


「おいで、凪」


 雪乃はベッドに腰掛けると、手招きをし自らの膝をぽんぽんと叩いた。

 始めはもじもじとしていた雪凪だったが、やがてとことこと雪乃に近づき背を向けるとそのまま姉に身をゆだねるように膝の上に座った。小柄な雪凪の身体は雪乃の身体にすっぽりと収まる形となった。


「……ねえ、お姉ちゃんはどうして異世界(ここ)に……むぐっ」


 そう言いかけた雪凪の口を、雪乃は両手で覆う。自然と、後ろから抱きしめるような体制になる。


「今は、この世界のこととか、不思議な体験のこと……そういうの、無しにしよう? それは昼間でおしまい」


 妹との再会。だというのに先ほどまでは魔物側にいた雪凪への聴取や雪乃がルビーを手にした事情などを話し合っていたため、ろくに個人的な会話ができなかったのだ。


「……お姉ちゃん、なんか変わったね」ぽつりと、雪凪が言った。


「どうして? お姉ちゃん、お姉ちゃんっぽくない?」


 雪乃は少し不安になった。この一年でそれほど自分は自分らしくなくなってしまったのか。あるいは雪凪は元の世界にいる自分(ルルシェ)がより姉として相応しく思っているのだろうか。

 そんな考えが頭の中をよぎった。


「あ、その、そういう意味じゃ、なくって。お姉ちゃんというか"お姉さん"みたいだな……なんて……」


 そんな雪乃の様子を察したのか、雪凪は慌てて訂正する。

 そして同時に、自分は何を訳のわからないことを言ってるんだろう、と雪凪は唇をきゅっと締め、沈黙する。


「……ちょっとは大人っぽくなったって、ことかな」


 しかしそこは姉妹同士。雪凪の言いたいことを察したのか、雪乃は笑顔で答えた。

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