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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第六章.死せる者の地"カタクーム"
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3.何かをなす代償

「……これが、今までの出来事」


 王宮の廊下、そこで偶然にも出くわした雪乃と雪凪。

 あまりにも突然の再会だった。今まで何があったのか、どのようにしてここ(異世界)に来てしまったのか。

 それをお互いに話そうと、雪乃は思っていた。しかし――。


「つまり……最近の魔物の様子が……変わったのは――」


 顔を俯かせ、唇を噛み締めるアイリスの声は、震えていた。


「やめて、アイリス」


 当然、雪乃は声をかけ、抑止しようとした。

 魔物が知恵を得て、そして強くなってしまったのは、雪凪のせいだ――アイリスはそう言いたいのだろう。


「だって、今まで何人の」


「やめてアイリス!」


「私たちだって!……命を」


「やめてって言ってるでしょっ!?」


 雪乃の大きな声が、廊下にこだまする。


「あ、あの……お姉、ちゃん?」


 始めて見る、穏やかな姉の激昂。雪凪は困惑していた。

 そしてそれと同時に、気づき始めてしまった。

 これまでの魔物をより強く、効率的に狩りを行えるようにしてしまったのは自分自身だ。

 ならば、それを餌である――人間たちは、その発端となった自分に対して怒りをあらわにするのは当たり前のことだったのだ。


「凪の話を聞いてなかったの? 事情が……あった」


 魔物達は生きることに必要なことをしていただけ。雪凪はそれに助力した。ただそれだけ。


 ただ雪凪は、知らなかった。

 餌の対象が、人間であるということ。


 何故、こんなにもイライラするのだろう。雪乃は分からなかった。

 アイリスが怒るのは、当たり前だ。でも、妹である雪凪が責められるのも気に入らない。

 矛盾。どちらかの意見を取り入れれば、どちらかを切り捨てなければならない。

 どうしようもない事態になってしまった――そんな今に、雪乃はイラついていた。


「それは……理解はできる。でも納得はできない」


 アイリスも子供ではない。子供ではないが、"この世界の住人"だ。

 知らなかった――ただそれだけで、人々が脅かされることなど、あってはならないのだ。


「じゃあどうすれば許してもらえるの? 謝ればいいの?」


「……それで、今まで殺された人が生き返るわけじゃない」


「凪を責めても生き返るわけじゃない」


 間髪入れず、雪乃はアイリスに反論する。


「その子が魔物を、強くしてしまった!」


「相手を……知らなかったんだ! それに、魔物だって生きる権利がある!」


「私たちにだってその権利はある!」


「凪は人間を殺そうとしたわけじゃない! 魔物達を"生かそう"としただけだよ!」


「その結果が人間を殺すことに繋がるなら、人間を殺しているのと同義でしょう!?」


「どうしてそうなるのさ! この分からず屋!」


「どっちが!」


 激しい言い合いが、続いた。

 どちらも譲る気は、なかった。


「……雪乃。全部は守れないよ、全部は……幸せになれない」アイリスは静かに言った。


「あなたは出会ったもの全部を、救おうとしている。人と魔物の共存も考えていた。でも、それは無理なのよ……どこかで何かを切り捨てて行かないと、全部の荷物を持って行くことは出来ないのよ」


「それ、は……」


 雪乃は薄々分かってはいた。戦いを、双方とも自らの正義があって行っている行為である以上、それを咎めることは出来ないのだと。


「雪乃、あなたは優しい女の子だから。魔物が悪意で私たちを攻撃しているわけじゃないから――悪者じゃないから、それを切り捨てるのに罪悪感を感じてしまうのね。どの荷物も大切だから、どれかを選んで、置いていくことが出来ないの」


 アイリスは雪乃に近づき、そして通りすがり様に肩に手を置きそう言った。


「熱くなりすぎたわ。ごめんなさい――」そう言ってアイリスがその場を立ち去ろうとした時だった。



「なら――」


 雪乃は静かに息を吐き、背後にいるアイリスに向けて言い放つ。


「――私が、魔物を"殺す"」


 雪乃の腕に捕まるイリアの手に力がこもる。

 "殺す"。例え相手が人々を脅かす魔物であっても、今まで雪乃が使わなかった表現だった。


 驚いたアイリスが振り向いた。雪乃の目には決心がこもっていた。


「雪乃、ごめんなさい。私が言いすぎたわ……その子が悪いわけじゃないのは分かってるし、その責任をあなたにとらせようとか、そういう議論をしたかったわけじゃないから……自棄にならないで」


 友人である雪乃に、こんな決心をさせてしまうなんて――こんなことを言わせてしまうなんて、やはりカッとなりすぎてしまっていた。

 アイリスは雪乃を抱きしめて、その髪を優しく撫でた。


「……違うの、アイリス」


「え……?」


 予想とは少し違う、雪乃の反応にアイリスは驚きながら、抱きしめる腕を解きその目を見つめた。


「目が覚めた……そんな感じがしてさ。全部を守ろうだなんて……無理、なんだね」


「雪乃……」


 どうやら自棄になったわけではないらしい。雪乃はまた、成長したのかもしれない。

 全部が悪くないなら、どれも選んで切り捨てられない……それが今までの雪乃の考えだった。だが、それでは事は前に進まない。


「何かをなすには、何かを切り捨てなきゃ行けないんだね。少なくともそんな世界なんだ、ここは」


 雪乃は言った。

 決心はしたが、どこかその心は冷え始めていた。


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