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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第六章.死せる者の地"カタクーム"
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1.ただ、言われるがままに

 初瀬雪凪が異世界で初めて見たものは、その世界で"魔物"と呼ばれる霧状の生命体だった。

 霧が集まり、あらゆる獣の姿をしたそれが彼らの形であるらしい。

 最初は彼らに命を奪われかけたが、わずかな会話の中で彼らが優秀な頭脳を必要としていることを察知した雪凪は"役に立たなければ即処分"という約束で知恵を貸すことにしたのだった。


 聞けば、彼らは生きるために生命体の捕食活動を行うらしい。しかし彼らの"餌"は知能と戦闘能力があり、同胞が逆に狩られてしまうことも非常に多かったのだ。

 魔物の要求は捕食対象である餌がたくさん住む王国を植民地と化して、管理できるようになるにはどうすれば良いか教えて欲しいということだった。


 雪凪は、そのために必要なことはまずその生命体に勝つことだと伝えた。

 返り討ちにされているようでは、植民地化など不可能だ。そのため、まず勝利するために必要なことが何かを考えることにした。


 それから雪凪は"こちら側の勢力"が持つ唯一無二の――アドバンテージが何かを聞き出した。

 聞けば、魔物たちは黒い霧を自在に操ることが出来るのだという。その霧というのが便利なもので、凝縮して固形化したり弾丸のように吐き出すことで遠くの獲物を狩ったりできるそうだ。

 しかし魔物たちは知能の低さゆえか、それをただ鈍重な塊として叩きつけることくらいにしか利用していないらしい。



 なので、雪凪はアドバイスをした。


「相手が群である以上、それらには強弱の違いがあるはずです。まず弱い物から狙い、数を減らしていけば良いと思います。そのためには相手に気づかれず移動したり――そうだ、獣の姿じゃなくて、霧の姿で移動することは出来ますか?」


 魔物たちはざわざわと囁きあう。その中でもワニを巨大化したような姿の魔物がいの一番に「やってみよう」と頷いてどこかへ消えていった。それを筆頭に他の魔物たちも「こいつは凄いかもしれないぞ」と早速"食事"へ向かっていった。


 ――しばらく時が経った。

 どうやら結果は重畳だったらしい。霧の姿に化けて息を殺して弱い者から狙う。この方法により捕食確立、効率が以前にも増したという報告が雪凪に入った。

 単純な魔物たちはその件で雪凪を大そう崇め、"リーダー"と呼ぶようになったのだった。


 たくさんの魔物は久しぶりの食事に満足げであったが、ワニの魔物はそれ以降姿を見せなかった。

 他の魔物たちは「捕食に失敗して命を落とすのは珍しいことではない」と言っていた。それを聞いた雪凪は少しショックを受けた。自分考えた作戦に失敗して、死んだ魔物がいるということに。



「また何か作戦を考えてくれよ」


 ある日、一匹の魔物が雪凪に声をかけた。その姿はまるで亀のようなもので、身体を堅牢な殻で覆いずんぐりとした手足はとても分厚い。

 その提案自体は雪凪にとって、承諾しがたいものではなかった。むしろ、また何か考えてやりたいと思っていた。今度こそ完璧な作戦で、死んでしまう魔物を生み出さないためのアイデアを練った。


「そういえば、敵側の生命体との意思疎通は可能なのでしょうか?」


 雪凪はふと魔物に尋ねた。元の世界では国が違うだけで言語も違う。それなのにこの魔物達とは問題なく、"日本語"で会話できている。

 魔物の言葉によれば、どうやら彼らは論理的に思考する知性こそ欠けているものの、存在する多数の言語を理解しているのだという。その中に日本語が含まれていることに驚いたが、それよりも"世界"というものはたくさん存在していることが決定してしまったことに殊更衝撃を受けた。

 元の世界では科学が発達し、自然現象を始めとする"世界の成り立ち"はあらかた研究されている。(例えば火はどのように起こせるのかとか、昼と夜はどのように入れ替わっていくのか等)

 そんな世界で過ごしてきたからこそ、世界が複数存在するなどという創作の出来事のようなことが素直に受け止められずにいた。


 細かいことはともかく、現にこうして会話が成立している以上、魔物達はあらゆる言語を取得していることは事実だ。

 それを上手く利用することは出来ないか――そう考えたのだ。


「出来るけど……それは"掟"で禁止されてるんだ」


 亀の魔物は残念そうに言った。「掟?」と雪凪が首を傾げると亀は「あれさ」と、他の魔物よりも一際濃い霧に視線をやった。


「あいつはリーダーがここに来るまで、ここを仕切ってたのさ。俺達より頭はいいものだから、作戦とか考える役をね。他にも餌が絶滅しないように地区毎の捕食制限とか、そういう俺達が"生きながらえる"のに必要な掟を作ったのもあいつさ」


「その掟の中に、相手との意思疎通を禁止するものがあるんですか?」雪凪の言葉に、亀の魔物は頷いた。


「それはどうして?」


「知らない。俺達は掟の内容は全部覚えてるけど、意味までは知らないよ。従っていれば生きていられるんだからさ」


 雪凪は眉を潜めた。定められた掟とやらを、意味も分からずに守り続けている? しかも魔物はそれを気にも留めないようだった。

 こういったあたりが、自分とは――人間とは違っているな、と雪凪は感じた。


「知らないって……なんというか、疑ったりはしないんですか」


「そういえばなんでなんだろうなぁ……うーん、うーん」


 雪凪から指摘されると、亀の魔物は唸り始めた。言語は完璧だが、やはり論理的な思考が欠如しているらしい。

 亀が悩んでいる中、雪凪は以前まで魔物達を仕切っていたといわれる魔物に声をかけた。


「あの」


「なんでしょう、姫?」


 霧の魔物は他の固体とは違い、動物的な姿形をしていなかった。本来の姿である霧そのままの姿だった。

 そして何故か、他の魔物とは違い雪凪のことを姫と呼んでいた。


「掟って、あなたが考えたんですよね。意思疎通をしてはいけないのは、どうしてですか」


「私が考えた――というのは正確ではありません。受け継いできたのです」


「受け継いだ――?」


 雪凪はそのぼんやりとした表現に首を傾げた。


「今まで同胞を仕切っていたのは、私だけではないということです。生きながらえるためのノウハウ、プロセスは過去の経験から偉物がこしらえたものです。私は今なお、それを掲げ続けているだけに過ぎません」


「ということは、掟の理由も……」


「ええ、私には分かりません。ただ掟として存在している以上、過去の同胞がそれを最善と判断したのでしょう」


 なり振る舞いから、この魔物は他と違って多少は知的に見えたが、どうやらそれは予想していたものほどではないようだった。

 定義されたものを疑わず、理由も分からず正しいと決め付けてそれを実行しつづけ、思考を止める。それでは新しい一歩は踏み出せない。雪凪は魔物達は意識の改革が必要だと、そう思った。


「その掟……変えることはできませんか」


 理由も分からないままルールを守り続けて、思考をとめることを雪凪はよしとしなかった。固定化されたルールを変えることは単純ではないだろう。

 また、魔物達が崇拝する掟がどのように決定付けられていくのか、まだそれも知らない。雪凪が元いた世界で例えるならば、一人の人間の主張により法律を変える様なものだ。

 だから自信なく……おずおずと雪凪は尋ねた。しかし返って来た言葉は以外にもあっさりとしたものだった。


「ええ、よろしいですよ」


 雪凪は驚いた。理由もなく信じ込んでいる掟の変更を、しかもよそ者の自分の提案を呑むなどと。雪凪は「簡単に変えてよいものなのですか?」と尋ねた。


「構いません。今、私達を仕切っているのはあなたです。そのあなたが最善と思うのなら、また新たに掟を掲げることも、それを消すことも。私達は従います」


 思考停止にもほどがある――と雪凪は思った。やはりどこか人間とは大きく違う思考感覚だった。

 輪に入って間もない者の発言など聞くものか――とか、変更の理由は――とか、そういうことをまるで気にしないのだ。

 今、リーダーの席に居る雪凪の発言だから許可する。そういった、まるでスイッチを押せばイエスと反応する機械のようだ。

 良く言えば素直、従順、純粋。悪く言えば――それはとても"愚か"だと雪凪は思った。種族全体がこんな思考感覚では、文明の発達などしないだろう。

 おそらくこの魔物達は何の進化を遂げることもなく、ただ毎日食事して生きながらえることだけを考え続けるのだろう。


 指揮する立場の者にとって、聞き分けの良い者はなんと扱いやすいことだろうか。

 雪凪は複雑な気持ちになった。


 だから、雪凪は彼らに"思考すること"がどれだけ重要なことかを説いた。

 "より食事をしたいなら、考察をせよ"――と。


 その一言が決定的な引き金だったのかもしれないし、そうでないかもしれない。

 元々、あらゆる言語を記憶するなど、学習能力は高い種族だった彼らは少しずつ思考をし始めた。

 その結果、右肩上がりに彼らの思考能力が爆発的に上昇する――などとは、このときの雪凪は思っても見なかっただろう。


 現時点ではまだ拙い彼らの助けになるよう、雪凪は次なる作戦を通達した。



「もしも命を奪われそうになったなら、相手に伝わる言葉で命を乞いましょう。生きるために仕方なく捕食を行っているのだ、と。捕食対象に訴えかけるのです」


 それが自らの大切な人を危険に晒す行いとも知らずに――。

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