22.力を持つってそういうこと
「ね、どうして今まで黙ってたの? 私のこと、忘れちゃった?」
アイリスが雪乃の瞳を見つめ、言う。
「……ごめん。覚えてない。私ルルシェって名前でもない」
酷だろうが、嘘はつけない。雪乃は有りのままを話すことにした。
「じゃあ、だったらなんでそれを……?」
小さな頃の自分から受け取った――そう言おうとして、雪乃は止まる。
今、この場はアルコスタ王とその取り巻きの兵士がいる。
時渡りについて言及してしまえば、ガーネットやザクロの意向を無下にしてしまうことになる。
「貰ったの。知らない女の子から」
「女の子……? もしかしてその子がルルシェ……?」
アイリスは首を傾げる。雪乃の顔は確かに昔交流したルルシェという少女の面影がある。
目の前にいる雪乃がルルシェ本人だと言われたほうがまだ納得できた。
「ねえユキノ。何か隠してない?」
それは――。と、雪乃が口を紡いだ時だった。
「今はそのようなことを追及しなくていい。本題は別にある」ヴィクトルは言った。
「ユキノ。お前は魔物を一斉に屠った……あれだけの力を持っておきながら、もう協力せんとは言わせんぞ。その力……世界のために使ってもらおう」
それは違う。雪乃はそう言いかけてやめた。魔物を一斉に屠ったというのは、正しくない。ミンドラも感じ取っていたようだが、あれらは限りなく似せて創られた模倣体だった。
だからこそ、真実を照らす力を持つルビーがその存在を消すことができたのだ。
万物の状況に対応できるわけではないし、ましてや普通の魔物に対してはあの時のように簡単には消せない。
しかしその説明にはミンドラ――魔物と協力関係であることを提示しなければならない。
そのようなことが知れれば反感を買うどころか、反逆の罪を疑われるかもしれない。
この世界に来たばかりならばぺらぺらと喋っていたに違いないだろうが、今の雪乃は違っていた。
長くこの土地に暮らすことで、そこに存在する民度やそれぞれ個人の考え方が自分とは大きく違っていることを知ったのだ。
当然の話ではある。が、この世界の人々は魔物に対しての憎悪、妬み、恨み――マイナス感情を凝縮したような印象を抱いていた。
覚悟を決める時が来た――そういうことなのかもしれない。
イリアが雪乃を心配そうに見上げた。そう、ミンドラの言っていた"もう逃げることはできない"とはこのことを指していたのだ。
力を振るいすぎること、それは使い方を他人に強制されてしまうのだということを。
「はい……分かりました」
だからもう、逃げることはできない。力を持つということは、少なからず責任も生じるからだ。
魔物との戦いはもちろん怖い。でも、それで何もせずに沢山の人が死んでしまうというのなら……逃げるのはずるいことだと、雪乃はそう感じた。
「ありがとう……感謝する。配属や任務については追って連絡させよう。下がってよい」
そういうとヴィクトルは席を立ち、王の間を去っていった。ヴィクトルが居なくなるや否や、その隣に座っていたアリシアが雪乃に駆け寄った。
「ユキノ様っ! 何故戦いなんて! 危険極まりないというのにっ」
ヒステリックになりながら、アリシアが雪乃に抱きついて言った。
「多分、逃げちゃ駄目なんだよ」
「そんな……どうして」
「力を持つって、そういうことだから」
雪乃は思う。確かにやめたければいつでもやめられる。逃げることはできる。
でもそれは自分の求めた状況だとか、結果とは違う気がした。結局自分がどうしたいのか不安なまま頷いてしまっていた。
「ユキノ様」ぎゅぅっと、抱きしめる腕に力を込めてアリシアは言う。
「絶対に、死なないで下さい」
「……わかってる」
約束はできない。死ぬかもしれない。もう今は考えるのはやめたい。
そんな想いから雪乃はもうこの話を続けるのはやめることにした。現実逃避、そうでもしないと自分が保てなくなってしまうかもしれない。
「家に帰ろう。今は凄く休みたいな」
「ユキノ様……」
イリアは今回の戦いに生き残ったことを、手放しで喜べないでいた。
代わりに重大な責務が雪乃に圧し掛かったのだ。自分が支えなくては――イリアは雪乃を見上げながら、そう決心した。
しかし雪乃を元気づけてあげるには何をすればよいのだろう……イリアが思考を廻らせていた時。
「ね、イリアちゃん」
「なんでしょう?」
雪乃は少しの間、言いよどんだ。言葉を捜して視線が中を彷徨う。
「帰ったらイリアちゃんの手料理が食べたいな」雪乃は人差し指で頬を掻き、はにかみながら言った。
あんまりにもイリアの表情が暗かったためか、心配されているということが雪乃には伝わっていた。
だから今は考えるのをやめよう。今回の戦いに生き残っただけで、いいじゃないかと。
「――はいっ!」
イリアは笑顔で答えた。元気づけてあげるといいながら、自分が暗くなっていてはならない。
「ずるいですわっ。私もユキノ様に手料理を振舞います!」
雪乃を労わりたいという気持ちはアリシアも同じなのか、ぐいっとイリアに迫る。
「いいえ、今日はユキノ様はイリアの手料理が食べたいと言ったのです。ですから――」
「ああちょっとちょっと、二人とも落ち着いて。どっちの料理も食べたいってばっ」
「さすがユキノ様っ。それでは私、腕によりを掛けて愛の料理を作り上げてみますわ」
アリシアはぱぁっと表情を明るくさせて言った。
「また前みたいに変な薬を使うつもりじゃ……」イリアがぼそっと呟いた。案外図星であったのか、アリシアは「な、なんのことかさっぱり……おほほ……」と口元をひくひく震わせながら言った。
「なんだかんだ、これからもやっていけそうね」
そんな光景を見ていたアイリスが、やれやれと呟いた。
一時は決定した待遇に雪乃が押しつぶされてしまうのではないかと心配したが、自分達が支えてあげれば、きっと力になれる。アイリスはそう思った。
「それにしても――」と、アイリスはこめかみを指で押さえ、唸る。
――何かを忘れているような――と。
***
「何を言っているのかさっぱりわからん。はやく翻訳士を呼んでくれ!」
「しかし言葉が分からない以上、どの分野の者を呼べば……」
「グノームなら大体の言葉を知ってるだろ! いいからはやくしろ! ええい暴れるんじゃない小娘っ!」
アルコスタの兵士が押さえつけているのは先ほどの戦闘でリノンが保護した少女だった。
少女はもがきながら、叫ぶ。
『なんなんですか、あなたたちはッ!』
二つに括られた雪のように白い髪が、乱れる。その髪を見ながら兵士は思う。
今日の戦いを締めたのも、同じ髪型をした少女だったな――と。
『お姉ちゃんに会わせてよッ!!』
少女の言葉は、誰にも伝わらない。
かつて、この世界に迷い込んだある少女の時と同じように。
少女の物語は、徐々に暴かれていく。
隠された秘密の道を辿りながら――。
-第五章 暴かれた秘密の"プロムナード"完-
記念すべき100話目にして、五章を終えることができました。
今まで設定だけだったことがどんどん明らかになった章だと思います。
ここまで読んだ後、また最初から見直すことで「だからこの場面はこうだったんだ!」みたいなことになるように書いたつもりです。
次章もお楽しみに、お待ちください。
感想お待ちしています。