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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第一章.始まりのラ・トゥ
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10.時計塔

 雪乃はいつもより賑やかで、華やかな村の中を歩いていた。

 名前までは分からないが、笛の音、太鼓の音、村人たちの楽しそうな声が聞こえてくる。


 それはもう一月近く前にもなる、自身が始めにこの世界に現れた時計塔に向かう足取りは軽かった。

 その時のことを思い出しても、今は泣きそうになることはなかった。

 この村の賑やかな雰囲気が悲しい気持ちにさせないのか、そう考えると自分は根っからのお祭り好きなんだな、と少女は思った。


 程なくして、雪乃は時計塔の前へとたどり着いた。


 白く、大きなその塔は村のシンボルであり、そして一番存在の浮いた建物だった。

 雪乃は特に意味も無く、塔の周りをぐるっと回るように歩いた。

 1、2分程掛かって一周することができたことから、それは時計塔にしては不必要な程大きなもので、外見通りにとても立派なものだと再確認できた。


 側面には梯子を発見した。

 最初ここに来たときに使用したものだった。

 雪乃はその梯子に手を掛け上り始めるが、いかんせんスムーズにはいかなかった。


 まず、垂直の梯子を上り下りすることには意外と恐怖心を感じることにあった。

 一度は下りたこともある梯子。あの時はとても興奮していたが、こうして落ち着いて使用することになると、どうしても身体は強張ってしまう。


 梯子を掴む手を滑らせ、落下していく――そんなイメージをどうしても振り払うことができない。


 手を上に掛けしっかり握った後、足を一つ上に上げる。その繰り返し。

 上る為の動作の一つ一つを丁寧にしながら、おっかなびっくり進むこと十数回、雪乃はようやく上りきることができた。


「はぁ……これまた降りないといけないんだよね……」


 用事が済んだ後、またこの梯子を使用しなければならないと思うと、少女は億劫な気持ちになって地面を見下ろし、ため息を一つ吐いた。

 恐る恐る顔を出して下を見るその姿は、どことなく「大きな木に登ったはいいが降りられなくなってしまった哀れな子猫の図」を彷彿とさせた。


 悶々とした気持ちを振り払い立ち上がると、今度は石でできた螺旋階段(恐らく塔の材質と同じもので、梯子とは違って塔の一部なのだろう)を上っていく。


 これはただ歩いていればいいので、恐怖を感じたりすることは無かった。

 ただ一つ不満があるとすれば階段の一段一段がとても低く、ぐるぐるぐるぐる、何度も何度も回らなければならないことだった。


 上りきると、そこには派手な――いや、どちらかといえば少し不気味さを感じさせる装飾の扉があった。

 その色合いのほとんどが黒色で、ところどころに散りばめられた小さく光る赤がなんとなく、邪悪な眼を思わせる。


「お、お邪魔しま~す……?」


 なんとなく勝手に入っていいものかという考えが脳裏をよぎり、悩んだ挙句小声と疑問符をあわせた入室文句を口にして部屋内へと入っていった。



 部屋の中は少し薄暗く、平坦に敷き詰められたタイルからはどこか冷たさを感じさせた。

 奥には雪乃の部屋にあった姿見の鏡より少し大きめの鏡があった。縁の部分は部屋の扉と同じような装飾がしてあった。



『よう、来たかユキノ』


『ガーネットさん』


 声のするほうを振り向くと、そこにはガーネットが立っていた。


『"鏡の門"――こいつはそう呼ばれている』


『鏡の門』


 ガーネットは大きな鏡を見やり、そう言った。

 雪乃も同じ視線を辿り、生唾を飲み込みながら復唱する。


『違う世界、繋ぐ、入り口と出口』


 あまり長い文法ではこの少女には伝わらないだろうと考えたガーネットは、分かりやすいよう端的に述べた。

 その言葉を聞いた雪乃も、この鏡が違う世界同士を繋いでいる入り口と出口であるということがすぐに分かった。


『なあ、どうだ? この世界は、お前の世界と違うか?』


 ガーネットは鏡から視線を外し、雪乃を見て言った。


『人の成り立ち、世界の成り立ち、生活の成り立ち。全部似ているみたいで、でも違う』


『そうか』


 ガーネットは再び大きな鏡――鏡の門に視線を移した。

 その鏡には大男と少女が映っているだけで、例えば課題に追われてふてくされる女子高生の部屋だとか、不敵に笑うもう一人の自分だとか、そういったものは映っていなかった。

 不思議な力は何も無く、ただの鏡がそこにあるだけだった。


『見てみたいな、お前のいた世界も』


『うん、いつか見せてあげたいな。リンゴも美味しいよ』


『はっはっは! こっちの世界でもあるモン食ってどうすんだ。見たこともねェやつが山ほどあるんだろ?』


『きっといっぱいあると思うよ!』


『いっぱい、か。行ってみてぇなぁ』



 それからしばらく言葉が伝わる範囲で、雪乃は元いた世界のことをガーネットに教えていた。

 世界独特の文化を聞くたび、大男は不思議そうに唸ったり、想像もできない、といった様子だった。


 そして30分程話し込んだところで、ガーネットは急に外の景色を伺い始めた。

 するとまもなく、塔内に差し込む光量が次第に無くなり始め、空の色が徐々に薄暗くなった。


『……そろそろか』


 混乱する雪乃が何か言葉を発する前に、ガーネットは壁をくり貫くように作られた窓から目を細め、空を見上げながら呟いた。


『そろそろって……ガーネットさん?』


 おろおろする雪乃を他所に、大男はそのたくましい身体をのそのそと歩かせ出口へと向かった。


『ユキノよぉ』


 振り向かず、背中を向けたままガーネットが雪乃を呼ぶ。

 当の少女はその場から動けず、大きな背中に視線を向けた。


『王都から通達が来た。もうすぐ"教育期間"を終えてユキノ、お前は王都へ行かなきゃならない』


 王都。

 その言葉に雪乃は急に不安を覚えた。

 もうここで暮らし始めて一月は経とうとしていた。一通り安定した生活を送り始めていた。

 その安息がもう絶たれようとしているのだ。


『こことは環境も、何もかも違う。また生活が変わるんだ、不安もあるだろう。でもな、俺はお前に頑張って欲しい。強く生きて欲しい』


 雪乃は返す言葉を見つけることができなかった。

 ただガーネットの背中を見つめていた。


『王都で娘に会ったらよろしくな』


 そう言ってガーネットが扉を開け部屋を出て行こうとした時、雪乃が一歩前に躍り出る。


『ガーネットさんっ』


『なんだ?』


『この空の景色は何? 何が起こってるの? ガーネットさんはどこへ行くの?』


 雪乃の王都行きへの不安、それを表すかのような異常な空の色。

 黒い霧のようなものが空を包み始めていた。



『悪者退治さ』



 そう言うとガーネットは扉をくぐり、部屋から出て行った。

 大男は最後まで振り向くことはなかった。

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