第三章〜転がりし偶然、消え入る夕陽〜
「なんで、君が兄さんの名前を知ってるの?」
青年が見開いた水色の目で聞いた。
「私、さっきまで一緒だったのよ。」
「それで…か。」
乗ってきた馬車は、来た道を折り返していった。
次に来た街はビズ。
マカティカから西にある、少し小さめの街だ。
「あ、自己紹介がまだだね。僕は湊麻。兄さんから聞いてると思うけど、僕も混血児だよ。」
「私は架羅。堂々と言うのも何だけど、私も混血児です。」
湊麻の第一印象は、柔らかい感じ。蛍麻はどことなく角があった。
それでも優しく包んでくれるような雰囲気は、二人に共通している。
―……双子だなぁ。
そう考えながらしばらく歩くと、この街のシンボルの大きな坂が現れた。
その緩やかな坂に、二人で歩みを進めた時だった。
「誰かぁ!それを拾ってぇ!!」
坂の上から声が降りてきた。
「「は?」」
坂を仰ぎ見ると、上の方から勢い良く……真っ赤な林檎が真っ逆さま。それを慌てて追い掛けてくる、一人の女性。
「湊麻っ!」
一つの林檎を止めながら、後はお願いという意味を込めて名前を呼ぶ。
「了解!」
返答とほぼ同時に湊麻は素早く動き、見事に林檎を止めてみせた。
「お見事!湊麻って、意外に運動神経良いんだねぇ。」
感嘆を込めて言うと、苦笑いを浮かべ、湊麻がそれに答えた。
「兄さんには劣るけどね。…それより、これ返さなきゃ。」
「そうだった!あのー、大丈夫ですかぁ!?」
だんだん近づいてくる女性に問い掛ける。
「有難うございます!良かった、全部無事だわ。」
女性は軽く息を切らせ、私達の所まで来て頭を下げた。
「困ったときはお互い様ですよ。」
湊麻は軽く微笑んだ。
「林檎、本当に無事で良かったですね。」
掌で包み込む様にして手にしていた林檎を、女性に渡した。女性は、深々と頭を下げた。
「有難う。…貴方達、見かけない顔ですね。旅行者ですか?」
「はい。ついさっき、此処に着いたばかりなんです。」
女性が投げた問いに、普通に答える湊麻。
私は討伐軍から逃げている。でも湊麻は…湊麻も、逃げているのだろか。
何にせよこの女性は、事情を知らない人間。あくまでも、私達は人間を装わなければならない。
「じゃぁ、私に接待をさせて下さい。家柄は小さな宿なんです。宜しかったら、うちでお休み下さい。」
お礼に…と女性が申し出た。
「ありがとうございます。良かったね、湊麻。」
この女性は信用できそうだ。
「そうだね。じゃ、お言葉に甘えます。」
そうして私達は、女性の後を着いていった。
「ここが家です。」
そう言って女性が振り返った。
目の前にたたずむ建物は、他の家とは違い少し大きく広い。かといって、他の宿と比べると小さい。要は、普通の家と普通の宿を足して、二で割った感じ。
「可愛い宿ですね。私、アットホームっぽい家、好きなんですよ。」
「良かった、気に入ってもらえて。」
女性は満面の笑みを浮かべた。
「でゎ、改めまして。私は无稀です。」
无稀は右手を差し出す。その手はふわっと暖かかった。
「架羅です。」
「湊麻です。」
无稀と軽い握手を交わし、玄関の引き戸の向こうへと歩みを進めた。
「こちらがお部屋になります。…すみません…私の手違いで、あいにく今日はどのお部屋も満室なんです。…相部屋でも、宜しいですか?」
左隣の无稀が苦笑いを浮かべ、念の為…といって確認する。
「私は別に……湊麻がいいなら問題ないよ。」
右隣の湊麻に微笑みかける。相部屋なんて、特に気にする事でもない。
「ぅえ!?……いいよって…。」
肝心の権利を握った湊麻は、さっき拾った林檎の様に頬を染めている。
「ね、どうする?」
湊麻の顔を覗き込んで、やや上目遣いで返事をせがむ。
「……構わないです。」
そっぽを向き、降参した湊麻。无稀はそれを見て吹き出した。そして一つ咳払いして、窓の外を見ながら言った。
「この部屋は夕陽が綺麗なの。もちろん、夜空もよ。」
「それに、もうすぐ“ワルツ”だし。」
背後で聞こえた男性の声。もちろん、湊麻の声ではない。振り返るとそこに、一人の男性が立っていた。
「…鏈…」
「无稀さん?この人は……?」
「俺は鏈。无稀の婚約者だ。」
そう言って、鏈は不気味に笑った。
窓の向こう、太陽はゆっくりと下降していき、鮮やかな橙に色を変えた。
ここからは見ることが出来ない地平線へと、ゆっくり消え入っていくのだろう……。
やっと、私の好きな章です♪初期設定と少し名前を変えてみました。で、この章は湊麻がサブキャラ。蛍麻と真逆の性格ですが…どうでしょう?私は書いてて楽しいです☆★いじりまくります!でゎ、また次話で!!