第二章〜必然歌は空高く〜
初めての都会はビルの森。一人で歩くと、コンクリートの迷宮で迷子になってしまいそう……そんな感覚に陥ってしまう。
「え!?ココを出ていくの!?」
「そんな……急に!?」
予想していた通りの二人の反応。
「言わなくてもわかってるよ。ココ、危ないんでしょ?だから…」
少し前の記憶を、頭の中で再生する。
―……これで、よかったんだ。
そう考えながら歩いていると、突然誰かにぶつかった。
「…ぁっ!」
不意打ちだったので、その場に尻餅をついてしまった。
「うわっ、わりぃ。大丈夫か?」
テノールの声が上から降ってきた。顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。二つくらい年上だろうか。
「あは……大丈夫です。………多分。」
「多分!?」
苦笑いを浮かべながら腰を押さえると、青年は焦ったらしい。悲鳴に近い声を発した。
「あ…いえ、大丈夫です!」
誰にも迷惑をかけないと誓ったばかりなのに、さっそくかけてるじゃないっ!…と、反省しながら言い直した。
「……っは。お前、面白いヤツだなぁ。俺、蛍麻。お前は?」
蛍麻と名乗った青年は、笑いながら手を差し伸ばした。そっと手を取り、立ち上がる。
「私は架羅。よろしくね、蛍麻。」
「おぉ。折角だし、どっか行かねぇか?もうちょっと自己紹介したいし。」
「うん。」
「(こいつか?例の混血児、架羅。)」
『混血児の特徴は灰色の髪、アメジストの瞳で年下の女だ。』
「(ターゲット確認。さて、行動に出るとしますか……。)」
鼻歌を歌いながら先を進む少女を見据え、蛍麻は一人思想を巡らせていた。
「じゃぁ、街に来たのは初めてなのか!?」
街道を正面にして建てられた、小さな白いカフェのオープンテラスに腰を下ろし、白いカップを片手に蛍麻は驚きの声を上げた。
「うん。今までずっと、町外れの森にいたの。」
余談だが、父母と暮らしたのが東の森で、篝・雅樹と暮らしたのが西の森。そして、その西の森から北に進んだ先がこの街。少し小さめの都市・マカティアだ。
「そっか。で、何でいきなりこんなとこに?引っ越しか?」
蛍麻が首を傾げて問う。
砂糖を入れたカップを混ぜるのを止めて、蛍麻を見つめる。
「逃れてきたの。」
蛍麻は一瞬目を見開いたが、すぐに笑った。
「また、そんな事言って。詩人じゃあるまいし……。」
「本当よ?」
ふと目をカップに向けて言う。透き通った茶色から、レモンの香りが白く上っていく。
「……マジ…?」
「……まじ。」
蛍麻の問いに同じ答えを返す。
「…よかったぁ。架羅も仲間かぁ。」
重い緊張を、明るい笑顔で破った蛍麻。その言葉にふと疑問。
「仲間?」
「“逃れてきた”って単語は、ここら辺の人間は口にしない。使うなら、“逃げてきた”だ。つまり、お前の言った事は天使と悪魔にしか解らない。」
カップに白い角砂糖を投げ入れ、蛍麻が言った。
「実は俺も、“逃れてきた”んだ。」
「何で、蛍麻が?あなたは一体……。」
しばらくの間、沈黙が漂う。
サービスでケーキを運んできたウェイトレスが、不思議な瞳で私達を見比べ、テーブルにケーキを二つ置いて店の中に帰っていった。
「黒髪に、朱色の瞳……。俺は、悪魔の子のはずだった。でも………、」
蛍麻は目の前に置かれていたショートケーキの苺の赤を見ながら、重たく口を開いた。
突然その場に立ち上がる蛍麻。見下してくる朱の瞳は、孤独の闇に濁っている。
「け……いま…?」
一体、どうしてしまったのだろうか。
もしかすると、自分を捕らえにきた追っ手なのかもしれない……。
嫌な予感が脳裏を走り去っていく。
瞬間、目に写る全てのものが琥珀に色を変えて、それぞれの時間を止めた。
「何!?何なの、これ……!!」
世界は、二人を残して琥珀の静寂に飲み込まれたのだ。
「架羅、俺は…お前と同じ…禁忌の子なんだ…。」
哀しげに呟いた蛍麻は、右翼しかない悪魔の翼を広げていた。
音の無い琥珀の世界で栄える漆黒の翼は、孤独の闇そのものだった。
第二章突入!どぅも、夕凪です。今回、新キャラの蛍麻が登場したわけですが……。はい、仕込みキャラです。まぁ、その話は後程出します。追求無しでお願いします。でゎ、次話でお会いしましょう。ストーリーは核心へと踏み出したばかりです。