ななわんこ
瓢箪づくり前半部その2。
最初は石でサクサク穴を空け、すぐ完成する予定だったのに・・・・・・・どうしてこうなった。
センは、手に持った瓢箪を眺めながら、ジョンが使っていた瓢箪を思い出す。
確かジョンが使っていた瓢箪は、口の部分に穴を2つ空けてそこにツタを通し、ツタの両端を結ぶ事で首にかける輪っかを形成しているようだった。つまり、センがまずやるべき事は、瓢箪に穴を開ける事である。
(いや、穴を開けるって言っても・・・)
センは、手に持った瓢箪の穴を開けたい地点を見つめ、苦い顔をする。そう、この村は犬しか居ない。つまり、当然のように人間が使用する錐やハンマーといった穴を開ける道具は、一つたりとも存在しないのだ。道具無しで人間が行える活動は、残念ながら非常に少ないと言わざるを得ない。
それでもセンは物は試しと、付近に落ちていた尖った石で表面をガリガリ削ってみたり、尖った石を錐・大きな石をハンマーに見立てて瓢箪に打ち付けてたりしてみた。しかし、この瓢箪は見た目とは違い物凄く硬いようで、何度やっても傷一つ付ける事が出来なかった。
(嘘だろ、この瓢箪マジ硬ぇ・・・。いや、違うか。このくらい硬くないと、チート犬のパワフルさに耐えきれず、すぐ壊されてしまうんだろうな・・・。)
センは、全力で瓢箪を叩き続けたせいで吹き出した汗をぬぐう。昨日の夜、犬でも出来る工作程度、簡単にこなせるだろうと高をくくった分、センの落胆は大きい。このままでは農業の提案どころか、最低限の要望すら達成できないのだ。村の活性化以前に、ただ飯喰らいの役立たずである。悔しい。
どうしようもなくなったセンは、力ずくで穴を空けるのを諦め、休憩を取りつつ良い方法を探る事にした。床にあぐらをかき、何か良いヒントはないだろうかと、とりあえずゴンゾウさんの垂れた顔皮で隠れんぼをしているシロとモコを眺める。
・・・っておいおいコラコラちょっと待て。シロもモコも、他人の顔の上で何をやってるんだぃ。しかも顔皮で隠れんぼとか無礼にも程があるだろうw ゴンゾウさんもいいのかそれで。皮の先っちょ引っ張られてミヨンッミヨンッてなってるぞ。
そのままセンは、ゴンゾウさんの耳の穴に入っていった(オイオイ)シロを、ボーッと眺める。もはや何でもありだ。
あ、両前足で目を隠してうずくまっていたモコが、シロを探し始めた。どうやら隠れんぼがスタートしたようだ。
モコは、ゴンゾウさんの顔の上をトコトコと徘徊し、その途中にある垂れた皮を一枚一枚めくっては、その影にシロが隠れていないかをチェックしている。 ここかな?ここかな? と無邪気にめくっているのが可愛い。しかし、動物の体が遊び道具とは・・・。さすが異世界である。あ、こらモコ。それ顔の皮やない、ゴンゾウさんの口や。って口の中も入っていって調べるんかいw
モコは口の検査をした後も、ゴンゾウさんの顔中を歩き回った。なかなかシロは見つからないようだ。
(しかし、モコの脚力は凄いな・・・。)
センは、感嘆しつつモコを見上げる。
ゲンゾウさんは別に仰向けに転がっているわけではないので、モコの居る場所は、ほぼ垂直な断崖絶壁といっていいのだ。振り落とされないようしっかりと顔を掴んでいるのだろうが、地面を歩いているのと変わりない動作で動き回るのは並大抵ではないと思う。かわいい姿とは裏腹に、規格外にパワフルなのだ。センなんかよりよっぽどムキムキである。むしろ、かわいいでムキムキを隠しているともいえる。な、なんて恐ろしい存在なんだ嗚呼かわいい騙されてもいい・・・。
モコは、ゴンゾウさんの上を移動しつつも、探している隙にシロが探索済みの場所に移動するのを警戒しているのか、定期的にサッ!サッ!と後ろを振り返る。その愛らしい目は真剣で、動作はきびきびしていた。シロに本気で勝つ気なのだろう、相手の移動を警戒しつつ顔の右側から虱潰しに探索する。悪くない作戦だ。あと真面目な姿も愛らしい。さすが豆柴である。俺も隠れんぼに参加しようかしら。
(シロはゴンゾウさんの耳の中だから、まだ発見までは時間がかかるなぁ・・・。)
センは、そんな事を考えながらぼーっとシロの隠れ家を見つめる。時折シロが そぉー・・・ っと耳から顔を出し、モコが今どうしているのかを素早く確認しては サッ! と顔を引っ込めるのを繰り返すので、案外見ていて飽きない。なによりかわいい。俺の耳の穴にも隠れてくれ。
ふとセンは、視線を感じた。そちらを見やると、モコがなぜかセンを見ている。そして、シロが隠れている耳の穴の方向をみやり、センの方を見やり、 きゅいっ! と一鳴きして、シロが隠れているゴンゾウさんの耳に駆けていった。どうやらセンの視線を辿っていく事でシロの隠れ家を突き止めたらしい。モコ、策士である。
そして程なくして、耳の中からシロが引っ張り出された。モコは、自慢げに きゅいきゅい!きゅいきゅい! と鳴いている。あまりに早い時間で見つかったためだろう、シロはとても悔しそうだ。モコがシロの頭に前足を乗せて きゅいきゅい!えっへん! とぽふぽふしても、為すがままである。
しかし、モコがセンを前足で指しながら きゅいっ! と鳴くと、シロの顔色が変わった。そしてシロは、センの方を バッ! と見やると、ゴンゾウさんの顔から飛び降り、センの方に きゅー!きゅー! と怒りながら駆けてきた。そしてセンに飛びかかって胸に頭突きをかまし、 きゅーっ!きゅーっ!ぼくは怒ってるぞ! と抗議の声をあげる。センがシロの居場所を教えたのがバレたのだろう。やっべ。
「あ痛っ! ごめんっ、ごめんってば! 痛い痛いっ。 シロの隠れた場所を教えたのは謝るって! ごめんごめん! もうしないからっ! 今度毛繕いもしてあげるから甘噛みしないでっ。ごめんってばっ。許してっ」
どう考えてもセンが悪いのだから、もう謝るしかない。センは、指先をカミカミ抗議しているシロに謝罪しながら、にやけてしまう顔を取り繕うのに必死だった。正直なところシロの甘噛みは痛くなく、むしろプリプリ怒るシロがあまりに可愛いので、顔がニヤけて困ってしまうのだ。反省をしているが、反省している感を出すのが難しい。難儀である。
センは、 むー!けづくろい、さんかいだからね!わすれないでね! と渋々矛を収めたシロを撫でながら、ごめんごめんと謝り続ける。指で毛を梳いてあげると、ぷりぷり怒っていたシロの顔が わふぅ・・・ とほどけた。甘く噛んでいた指からも完全に力が抜ける。どうやら怒りを保てなくなったようだ。くっくっく、落ちたか。
そんなふうに完全に脱力しているシロを愛でていたが、ふと、センはゴンゾウさんがくわえている煙管に、視線が行った。
(そういえば、あの煙管。石で出来ているようだが、結構複雑な形をしているようだ。わんこボディーでよく作れたなぁ・・・。 太いとはいえ、パイプみたいな構造なのに。 ・・・ん? そもそも道具も無しに、石をどうやって削ったんだ?)
「あの、すいませんゴンゾウさん!」
センはゴンゾウさんに呼びかけた。 バウ? と低く鳴きながらゴンゾウさんがこちらを向く。地面であるゴンゾウさんが大きく動いたからだろう、顔の上で きゅーっ!きゅーっ! と勝利の遠吠えをしていた(可愛かった。録音したかった)モコが1mくらいコロコロ落ちた。ゴンゾウさん、余裕のキャッチ流石です。
「ゴンゾウさん! その煙管ってどうやって作ったんですか? おそらく石を彫って作ったんだとは思いますが、ちょっと教えてください!」
それを聞くと、ゴンゾウさんはモコを ポーンッ とセンに放り投げると、洞窟の隅に置いてある巨大な岩へとのっしのっし歩いていった。くるくる放物線を描いて飛んでくるモコを、センは慌てて抱き留める。出来るだけやさしくキャッチしたつもりだが、怪我がないか確認するため、とりあえず体をなで回す。もふもふだ。もふもふである。もふもふすぎる。
本来の目的を忘れてモフッているセンを他所に、ゴンゾウさんはバウッっと一声鳴くと、岩に向かって無造作にツメを振るった。そして洞窟内に サクサクサクッ! というキュウリを包丁で切るような音が響き渡る。なんというツメ捌きだ。
そして、センが見ている前で巨大な岩の一部が彫刻のように削り出され、瞬く間に一本の円柱が完成した。表面はツルツルで光沢を放っている。ふつくしい。
そしてゴンゾウは岩の円柱を口にくわえると、センの前に持ってきた。そして、 見てろよ? という感じでバウッと一声鳴くと、円柱の底面に、中くらいの円をツメで引っ掻き、描く。おそらくこの円より内側をくり抜くつもりなのだろう。
そして、円柱の底面をこちらがわに向けて壁際にセットすると、ゴンゾウは円柱の前で体勢を低く構え、しばらく後、前足を超高速で突き出した。剣道で言う「突き」である。
そして、ゴンゾウの前足のツメから、円錐状のカマイタチが発生した。
一瞬後、カマイタチが円柱岩の底面に到達、綺麗に円の内側部分のみをくり抜き貫通する。
そして、中が綺麗にくり抜かれた円柱が完成した。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?)
センは、開いた口がふさがらない。
最初に岩をツメで削ったのはいい。まだいい。しかし、後のカマイタチ、おまえはだめだ。なんだそれは。
無意識に安息を求めているのだろうか、センの手はモコのあごを的確にくすぐる。モコ選手、抵抗できない!
いや、カマイタチが必要なのは判る。ツメの太さに比べて掘る穴の直径こそ十分大きかったが、穴の深さが深すぎたのだ。もしツメだけで掘ったなら、指部分でつっかえてしまい、ツメの先端が穴の奥に届かない事態になっていただろう。
(だからといって、カマイタチっすか・・・。)
センは口を開けたまま、 ふん、まぁまぁの精度だな・・・。 と言う顔で、出来上がりの円筒を見聞しているゴンゾウを見る。加工精度に少し不満があるのか、ゴンゾウさんはツメを器用に使い、細かい形状を整えていた。なんという規格外。なんという貫禄。
(と、とりあえず落ち着こう・・・)
我に返ったセンは、とりあえず意識的に落ち着くために、今できる最も落ち着く作業―――モコを愛でる作業―――を行う事にする。さらに加速したマッサージに、モコ選手涎を垂らしてトッロトロである。幸せで人が死ぬなら、すでにモコは数回死んでいるだろう。
そんな事をやっていると、センもようやく落ち着いた。そして考えを纏めて確信した。これはチャンスだ。
センは、完全に脱力してピクピクしているモコを頭の上に乗せると、一つ気合いを入れ、ゴンゾウさんに向き直った。
「あの、ゴンゾウさん。煙管の作り方を教えて頂きありがとうございました。凄かったです。 で、ですね。今俺は瓢箪に穴を空けようとしているのですが、どうやら俺の力では、この瓢箪に穴を開ける事が出来ないのです。すいませんが、この瓢箪の、ここと、ここの部分に、穴を開けるのを手伝ってくれませんか?」
センの声を聞くと、ゴンゾウさんは円筒から目を離し、こっちを向いた。
そして、 ふん。どれ、ちょっと見せてみろ若造。 という感じで、のっしのっしとセンに近づき、瓢箪を前足で押さえて顔を瓢箪に寄せる。どうやら、穴を開けるポイントを確認しているようだ。目は職人のそれである。
しかし、数秒吟味するとゴンゾウさんは立ち上がり、センの方向を向いて、これは無理だな・・・と首を振った。
「え。無理なのですか? なんで・・・・・・って、あー。なるほど。空ける穴の大きさが小さいからか・・・。」
ゴンゾウさんは、バウッ っと頷くと自分の足を持ち上げセンにツメを見せた。どうやら巨大ツメに比べて穴サイズが小さすぎるため、ゴンゾウさんでは不可能なようだ。むむむ、これは困った。このままでは、人間が来ても瓢箪を作れませんでした、という結果になってしまう。ニートか。俺はニートになってしまうのか。
センは、体をよじ登ってきたシロを腕に抱えなおし、背中の毛を梳きながら打開策を考える。要するに、ゴンゾウさんのツメが太すぎるから駄目なのであって、もっと小さいツメが有ればいいのだ。つまり・・・。
センは、腕の中で気持ちよさそうに毛を梳かれているシロを見やる。
そして、あぐらをかいて座りシロを膝の上に乗せると、シロの前足を持ち上げた。脱力したシロは抵抗するのも億劫なのか、なすがままだ。ヨダレとか垂れちゃってる。こら野生動物、いいのかそれで。
センは、かわいい足を持ち上げ顔を近づけると、先っちょに生えているだろうツメを探す。だが、残念ながらシロの足の先には期待した尖ったツメでなく、 無害です!暴力とか無理です! と主張しているかのような健全なツメしかなかった。センは少し落胆する。
よく考えてみれば当たり前で、センは今まで散々シロに体をよじ登られたが、ツメで痛かった記憶は無いのだ。つまり、シロやモコのような幼年期には、成犬の鋭いツメは無い。藁にもすがる気持ちでシロのツメを瓢箪に擦りつけてみるが、当然意味はなかった。絶望である。
(あー・・・これは、詰んだか。瓢箪の加工、無理だわ。)
センは項垂れると、ゴンゾウさんのツメを見やる。ゴンゾウさんも意図がわかったのか、前足をセンの前に差し出して見やすくしてくれた。先は尖っており、太く立派なツメだ。たぶん触れれば切れるのではなかろうか。暴力の固まりのようなそれに軽い恐怖を感じる。ついでに、近い将来、モコとシロの ぷりちーな足も、こんなゴッツい足になってしまうと想像して、ちょっと残念な気持ちになったのは秘密だ。
(むむむ、後残った手段は・・・)
センは考える。方法としては、この鋭く硬いツメを成犬から切りとってもらい、それを棒か何かにくくりつけて人間でも使えるよう加工する、という案がある。しかし、どんなに硬く鋭い物質が手に入っても、それを振るうパワーがないと穴は開けられない。つまり、力を増幅させるテコの原理や回転力を利用した機具を作るところから始める必要があるのか。まぁ、それはそれで・・・
(・・・面白そうではあるな。人間用の工具はいずれ作る事になるんだろうし、今作る事になっただけと考えれば、まぁいいか。・・・ん?)
ふと、シロと目があった。前足を持ち上げられたまま動かなくなったセンを心配したのだろう、幸せそうに溶けていた表情はなりを潜め、 ねえねえ、なんでがっかりしてるの?どうしたの?げんきだして? ときゅーきゅー心配そうな目でこちらを見ている。やさしい子だ。
「ああ、いや、なんだ。そんな心配する事はないよ。 ただ、その・・・ごめんねシロ。 ちょっと瓢箪を作るのが遅れそうなんだわ。 小さな穴を空ける鋭く尖った硬い物が見つからないんだ。 ああ、うん。ゴンゾウさんのツメは太すぎてだめだったよ。 シロのはまだツメが成長しきってないから使えないし・・・。 ああ、大丈夫。 なんとかなるから心配しないでいいよ。」
シロはそれを聞くと、きゅい? と小首を傾げる。
そしてひと鳴きすると、おもむろにセンの膝から降りた。
そして、センがボーッと見ている前で手頃な岩に向かってトコトコと歩いていくと、きゅーっ! と鳴きながら前足を軽く振るう。すると、
スパンッ!
爽快な効果音が洞窟に響き渡り、岩が切断された。切断面は驚くほど綺麗で、とてもその小さな足から生み出された破壊力とは思えない。
そしてシロは きゅい! っと一鳴きすると、もうなんか達観した顔のセンの方を向き直り、キュートな前足を突き出す。
その前足の先端では、鋭いツメがニョキッと生えてはスルスルっと足の中に引っ込んでいくを繰り返していた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・着脱式でしたかー。)
センは、 えっへん! と可愛く胸を張るシロを眺めながら物思う。
(そうだよなー。この可愛い物体、忘れてたけど豆柴じゃなくて MAMESHIBA なんだよなー。忘れてたわ。うん。)
センは、せめてもの抵抗として、このMAMESHIBAは、かわいい外見と裏腹に凶悪な動物なんだ。危険だから気を許しちゃいけないんだ。 と必死に自分に言い聞かせてみる。
しかし残念ながら、顔を擦りつけてきたシロはただの愛くるしい豆柴であり、凶犬とみなして警戒する事はセンには不可能だった。というかノータイムで頭を撫でた。耐えるとか無理ポ。
(・・・・・・まぁ、かわいいから、いっか・・・。)
洞窟の窓からは、あたたかい光が差し込んでいる。
季節は春。ぽかぽか良い天気だ。
物語は、ゆーーーーーーーーーっくりと進むので、まったりグダグダ読む事を推奨します。
半分くらいわんこを愛でてるから、進行が遅いのは仕方ないね!