ママにかかってきた間違い電話のお話
アパートの一室。突然、備え付けの固定電話が鳴りだした。普段はスマホでやりとりしているから固定電話にかかってくるのは珍しい。非通知の着信なのが不審に思えたが、カナメは興味本位で受話器を手に取った。
「ママ!」
聞き覚えのない明るい子供の声が聞こえた。
「はい、ママですよ。どちらさまですか?」
「わたし、たまこ! これからママに会いに行くの!」
一方的にそう言うと、電話は切れてしまった。
それからも何度も電話がかかってきた。
「ママ! ママ! たまこ、今、近くの駅に着いたの!」
「ママ! ママ! たまこ、今、横断歩道を渡ったの!」
「ママ! ママ! たまこ、今、商店街にいるの!」
「ママ! ママ! たまこ、今、公園にいるの!」
毎回、居場所を報告してきた。よく知っている場所ばかりだった。駅からカナメの住むアパートへの経路にあるものを順番に告げてきた。電話の主が少しずつカナメのアパートに近づいていることが分かった。
カナメは有名な怪談を思い出した。怪異が電話で居場所を伝えながら、少しずつ家に迫ってくるというものだ。
電話を取るのは危険だとわかった。それでもなぜかどうしても、受話器を取らずにはいられなかった。
「ママ! ママ! たまこ、今、ママのお部屋の前にいるの!」
ついに来た。カナメは恐怖を覚えながら、おそるおそるアパートの扉を開けた。確かめずにはいられなかった。だがそこには、誰もいなかった。
すると、再び電話が鳴った。怪談では、この電話を取ると怪異が背後に現れると聞いたことがある。それがわかっていながら、手は勝手に受話器に伸びた。受話器を取ると、これまで以上に明るく弾んだ声が響いた。
「ママ! ママ! たまこ、今、ママのおなかの中にいるの!」
電話は切れた。しばらく待ったが、また電話が鳴ることはなかった。
その間、カナメは茫然とおなかを撫で続けた。特に異常は見られない。
カナメは周囲からママと呼ばれている。だがそれは、ゲイバーを経営しているからだ。生物学上は男性であり、子供を身ごもることなどありない。
「……なによ、間違い電話だったのね……」
カナメはほっと息を吐いた。
あの電話が本物の怪異だったのか、それともただのイタズラだったのかはわからない。いずれにせよ本来は母親を対象としたものなのだろう。ゲイバーのママに電話してくるなど、とんだ間違い電話もあったものだ。
しかし、極めて悪質なものだった。電話を取ったのが母親だったならもっと恐ろしかったことだろう。例えば隣に住む妊娠三か月の奥さんにかかってきたらどうなるだろう。気分が悪くなるに違いない。胎教に悪いにもほどがある。
そこで、カナメは気づいた。
「あら大変! あの電話、お隣の番号と間違えたのね!」
カナメは急いでお隣さんを尋ねると、固定電話にかかってきた非通知の電話は絶対にとってはいけないとこんこんと説明するのだった。
終わり
12/19放送の「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」を聞きました。
「タイトルはおもしろそう」というコーナーで、次回は「間違い電話」というテーマで募集するとの告知がありました。
試しになにか投稿してみようかと考えて、この話ができました。
ですが、「タイトルはおもしろそう」は長編のタイトル・あらすじを募集しているコーナーです。
この短さでは趣旨に全然沿っていません。
でもせっかく思いついたのでこうして書いてみました。
2025/12/20 22:30頃
あとがきを追加しました。
読み返して気になった細かなところをあちこち修正しました。




