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死後の窓口で異世界転生を勧められたら罠だった

作者: べこたろ

※王道とはちょっと違う方向に進みます。ご理解のうえ、お楽しみいただければ幸いです。


 この世に生を受けて35年。俺は独身生活を謳歌していた。

 ……いや、謳歌とまで言うのは少し大げさかもしれない。

 平日は自宅と会社の往復、休日は家でゴロゴロが基本の生活で、たまに男友達と遠出して遊ぶくらいなもんだった。女性との出会いなんてどこにもないし、きっと俺には一生縁のないものなんだろう。そっちはもう諦めて、俺は自分の好きなように人生を楽しもうと思っていた。


 いつものように仕事をしていた、ある日のこと。

 製造部の責任者に用事があったので、俺は現場に向かっていた。

 工場の外壁沿いに設置された階段を一段ずつ上っていく。

 高所恐怖症の俺は、毎度毎度この階段に悩まされていた。段差の隙間も柵の間隔もスカスカだから、ちょっとでも下を向けば地面が丸見えだ。風でも吹こうものなら、階段がガタガタと音を立てて簡単に揺れ動く。……俺が震えて揺らしているわけではないぞ、断じて。

 そうこうしながら、やっとの思いで最上階に辿り着いた。さっさと用事を済ませてここから立ち去ろう。と言うか、そもそもなんで俺が出向かなきゃならないんだ。責任者がこっちに来いよ。

 心の中でブツブツと文句を言いながら、ドアノブに手をかけた瞬間。

 ビュオォッ、と一陣の風が吹きこんだ。

 思わず目をつむり、片手で顔を覆う。そしたら俺はバランスを崩して――



◇ ◇ ◇



 気づいたら、市役所のような場所にいた。

 たくさんの窓口が横に並んでいて、それぞれにずらりと列ができている。

 窓口の上部には『老衰』『病死』『事故死』『他殺』『自殺』……などなど、物騒な看板が見える。行列の人々はみな一様に、白い着物を着ていた。


 「ご自分の死亡理由の窓口にお並びください。死亡理由が不明の方は、相談窓口までお越しください」


 どこからともなくアナウンスが聞こえてきた。


 ――そうか、俺は死んだのか。あの時、階段から落ちて。


 俺は冷静に現状を受け入れた。自分が死んだなんて信じたくはないが、ここにある現実的なようでいて非現実的な光景を目にしてしまっては、信じざるを得ない。

 俺は階段からの転落死だから、事故死の所に並べばいいか。そう思って、ひとまず行列に加わった。

 ほどなくして、再びアナウンスが流れる。


「お呼び出しをいたします。円井 克俊(まるい かつとし)様、恐れ入りますが、応接室までお越しください」


 アナウンスから、自分の名前が聞こえてきた。

 えっ、なにやらかしたんだよ、俺。

 繰り返し、同じ内容のアナウンスが流れる。確かに呼び出されているのは俺のようだった。

 列を抜け、応接室を探しに行く。相談窓口の隣に『応接室』の札が掛けられた扉を見つけた。

 ひとつ深呼吸してから扉をノックし、恐る恐るノブを回す。


「あの、すみません。……先ほどの放送で呼ばれた、円井 克俊です」


 ドアの向こうには、豊かな白ひげをたくわえた品の良い老人が待っていた。老人はソファから立ち上がり、克俊を出迎えた。


「ああ、お待ちしておりました。ご足労いただき、ありがとうございます。どうぞそちらにお掛けください」


 促されるまま、ソファに座る。老人は向かいのソファに腰を下ろした。


「さて、まずはあなたに謝らなければなりません。実を言うと……あなたはまだ死ぬべき運命ではありませんでした」

「……はあ……?」


 突拍子もないことを告げられ、理解が追いつかない。


「申し遅れました、私はこの世界の神……言わば総責任者です。この度は部下の手違いによって、円井様の運命が変わってしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます」

「運命……手違い? それって、どういう……」

「本来なら、あなたにはまだ寿命があった。それが、こちらのミスで死を迎えることとなってしまったのです。本当に、申し訳ありません」


 俺は開いた口が塞がらなかった。

 オイオイ、それって超重大案件じゃないのか!? 人ひとりの命を左右するミスなんて、絶対にあってはならないことだろう!


「ええ、お気持ちはわかります。ですが、一度死んだ者をそのまま下界に戻すことは、システム上は不可能となっております。どうかご理解いただきたく……」

「できるわけないだろ!? こんな、わけもわからずいきなり死んで、いきなり呼び出されて……はいそうですかって、納得できねぇよ!! 俺は、まだ……」


 そこまで口に出して、ハッと気づく。


 ――俺の人生、あのまま生きたところで、どうだったんだ?


 自宅と会社の往復の日々。休みは家でゴロゴロして、たまに友達と遊んで。恋人や結婚なんて、夢のまた夢。

 楽しいと言えば楽しいが、なにか特別、やりたいことがあるわけでもない。なんの為に生きているのか、わからない。


 よくよく考えれば、大した人生送ってなかったな、俺。

 頭が急激に冷えてきた。


「……はあ。まあ、起きてしまったものをどうこう言っても、仕方ないか……」


 脱力して肩を落とす。

 諦めるのは、慣れていた。


「いえ、お怒りになるのは当然です。お詫びと言ってはなんですが、別世界の方で新たな人生を歩んでいただければ、と思っておりまして……もちろん、円井様が良ければの話ですが」

「別世界?」


 神と名乗る老人に、ちらりと視線を向ける。


「はい。いわゆる『異世界転生』と言うものです。あなた方の世界で流行っているものと、同じような……」

「えっ、マジでそんなのがあるのか?」

「ございますとも。わたくし共も、『異世界転生』の小説が流行っていると知った時には驚きました。もしかすると、前世の記憶を保持した者が経験をもとに書いたのではと――」


 なんだか話が長くなりそうな気配を感じ、俺は神の言葉を遮った。


「あ、いや、それよりも……ええっと。俺の考えてるような、異世界転生ってことでいいのか?」

「ええ、まあ……大体そんなところです」


 ……ちょっとテンション上がってきたかもしれない。異世界転生モノは前から好きだったし、正直に言うと、チート能力でモテモテ異世界ライフを送る自分の姿を妄想したこともある。俄然、興味が湧いてきた。


「やっぱり、その……ただ転生するだけじゃなくて、特殊なスキルとか能力とか、さ……」

「もちろん、お付けいたしますとも! 我々も、誠意をもって対応させていただきます」

「それなら話が早い! その『異世界転生』の件、喜んでお受けします!」


 勢い余ってつい敬語になっていた。俺は、自分が被害者だということをすっかり忘れていた。


「ありがとうございます! こちらこそ、ご理解いただけて助かります。では早速、こちらが異世界へのゲートとなります」


 神が片手をサッとひと振りすると、目の前に光の渦が現れた。


「貴方のお望み通りの能力を付与した上で、お過ごしいただけます。年齢も、10歳ほど若返らせておきますので」

「おお、すげえ……!」


 俺は惹き込まれるように光の渦へ手を伸ばした。体がゆっくりと、光の中へ吸い込まれていく。


「喜んでいただけて、本当に良かったです。実を言うと、本来あなたは数年後に一人の女性と出会い、結婚し、子どもにも恵まれるという運命にあったので、多大な責任を感じておりましたが……いやはや。こちらの提案に納得いただけて、本当に助かりました」

「はっ?」

「あ、そうそう。異世界での行いが真の転生への査定にも響きますので、チート能力を得たからと言って、くれぐれも羽目を外されませんように……」

「いや、おい、ちょっと待て!」

「ふふふ、それでは、素敵な異世界ライフを!」

「そんなん聞いてねぇぞクソジジイ!! これ戻せ――」


 言い終わらないうちに、俺の体は光の中へ完全に吸い込まれてしまった。

 いや、マジでふざけんなよあのジジイ。絶対わかってて最後まで黙ってたろ。これって要するに隠蔽だよな、天界側の人為的ミスの。


 なんだよ、俺、普通に生きてたら結婚できたのかよ。しかも、子どもも産まれるなんて……

 どんな人だったんだろう、俺の結婚相手。


 あんな神とやらの口車に乗らないで、ちゃんと自分の未来について聞いておくんだった。気づいたところで、後の祭りだ。

 この光のトンネルを抜けた先に、異世界があるんだろう。


 俺はそこでどう生きればいい?

 真の転生ってなんだ?

 元々の人生で出会うはずだった、未来のお嫁さんはどうなるんだ?

 ……わからない、なにもかも。


 不安を胸に抱えたまま、希望あふれる異世界生活が幕を開ける――

メインの創作を練ってたらちょっと疲れてしまったので、気分転換として思いつくままに書いてみました。

続きを書くかは未定ですが、大まかな設定と展開の構想はあります。

実は異世界転生ものに詳しくなくて、なんとなくのイメージだけで書きましたがとても楽しかったです!


ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

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