カニ剃り
廃墟同然の理髪店。
前世紀から破砕したままの自動ドアをくぐって待合席に陣取り、拾った漫画雑誌を開く。
朝のルーチン行動をこなしていると、ロンが何かを抱えて入ってきた。
「また物騒なものを拾ったのか」
「物騒ではない。カニだ」
ロンの腕の中でカニは誇らしげに両手を振り上げ、朝陽にきらめかせた。それはただの鉗脚ではなく、刀のように鋭利なハサミに置換されている。
「返してこい!」
「大戦が終わって世代を重ね、無害化している。俺たちのように。新しい働き手だ、仲良くしろ」
確かに地雷ガメやバルカン蜂に比べれば殺傷能力は低いだろうが、野生化した兵器生物に違いはない。
だがロンは衿紙を付けて椅子を倒し、カニに髪を切らせ始めた。
髪が終わると髭を剃る。新入りは意外と器用らしい。
「いて」
ロンのあごから下が赤く染まった。
ロンは無言で血を拭い、カニに続きをやらせた。
俺を見て、どこか言い訳がましく言う。
「分かり合うためには、忍耐が必要だ」
俺たちのように、か。
「ふん」
含蓄を感じたことを悟られたくなくて、努めてそっけなく、漫画へ目を落とす。チョキチョキと鳴るハサミが気になり、内容は頭に入らない。
やがてロンのいびきが聞こえ始めた。