表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/62

中原の覇者からの依頼

 空には、三日月が浮いていた。夜になれば、時折、肌寒さを感じる季節だった。

 城では、煌々と篝火かがりびが焚かれている。

 

 許都きょと曹操そうそうの本拠――。

 その城郭の一室に曹操の姿は在った。

 額は広く、双眸そうぼうは冴え、鼻梁びりょうは高く通り、口許は引き締まっている。その立派な面貌めんぼうだけではなく、容姿から漂う正悪定まらぬ魅力が人心をいた。赤地に金と黒の刺繍が施された戦袍せんぽうをまとった曹操は、卓上に広げられた全土の地図を眺めている。


 その背後には、軽鎧に身を包んだ身の丈八尺余りの大男、曹操の護衛役でもある勇壮な顔立ちの壮士、許褚きょちょが大薙刀を手に佇立していた。


 城外では、頻繁に警護兵が入れ替わり、深夜でも侵入者が立ち入る隙を与えなかった。それは、あたかも戦時下の不夜城だった。


 一度、燭台の炎が、けたたましく揺れた。

 ふと、曹操が顔を上げると、一室の片隅に人影があった。

 青い方衣をまとい、頭に白い藤蔓ふじつるの冠を載せている。左慈さじだった。

 はっと、その存在に気付いた許褚は、素早い身のこなしで曹操の前に立ちはだかった。


「許褚、大丈夫だ」

 曹操は微笑を湛えた。

 許褚が元の位置に戻ると、曹操は再び卓上の地図に視線を落とした。

「江東の小覇王、呉の孫策そんさくが死んだそうだな」

 壁に身を預け、腕組みした左慈が薄ら笑っている。

「うまくやったな、左慈。跡継ぎは弟の孫権そんけんだそうだが、しばらく呉は国政に傾注するしかあるまい。念押しに停戦の意を込め、孫権を討虜とうりょ将軍と会稽かいけい太守に封じておいた」

「簡単なものでしたよ」

 嬉々として左慈が言った。

「後顧の憂いが減った。これで袁紹えんしょうと対峙できる」

 得物の大薙刀に力が入る。許褚は片時も左慈から眼を逸らさず、その挙動に神経を尖らせていた。


「次の仕事は?」

 笑みを携えたまま、壁に身を預けた左慈は、腕組みを解かず曹操に聞いた。

「孫家の九刀剣。手にしたいものだな。なにしろ、呉の鍛冶師たちがこぞってその技術と心血を注いでこしらえた業物わざものと聞いた」

 左慈から笑みが消えていた。

「方士の于吉うきつが全土へ飛散させたとも聞いている。同業なら探すのも難しくないだろう」

 曹操は、左慈に眼を向け微笑んだ。

「そして、もうひとつ」

 一度、天井に顔を上げると、再び地図に視線を戻して曹操は続けた。

「荊州の劉表りゅうひょう、その動きを止めろ。呉の孫策亡き今、袁紹は俺の背後に位置する劉表に同盟を持ち掛けるはずだ」

「報酬は?」

「報酬?」

 曹操は、怪訝けげんな顔を左慈に向けた。

「何を言っている、左慈。報酬は既に与えている」

 不敵な笑みを浮かべた曹操は、視線で左慈を射抜くと、言った。

殺戮さつりくの自由を――」

「あはは!」

 左慈は上機嫌で拝跪はいきすると、消え入るように姿を消した。


「許褚」

 曹操は、深呼吸して呼び掛けた。

「はっ」

「お前がいてくれてよかった。左慈の奴、隙あらば俺を殺す気でいる」

「何ですと――⁉」

 許褚の声が荒げた。

「気付いていたかい? 天井裏に探者しのびがいたのを」

 はっと、許褚は天井を睨むと、一瞬で顔面は蒼白になり、冷たい汗が噴き出していた。

「許褚はかわいいな」

 天井を見上げて、曹操は々と大笑した。

「それが人の反応だ。だが、左慈にはそれができない。人の非業な死を愉悦に変えるような奴に、そんな高尚な反応できる訳がない」

 曹操は振り返ると、許褚に冴えた眼差しを向けた。

「だから、飼っている。どんな類の者でさえ、飲み込んで使いこなしてこそ天下の主」

 曹操は破顔した。

「さあ、やろうか、許褚。決戦の地は官渡かんとだ。すぐに郭嘉かくか荀彧じゅんいく荀攸じゅんゆう程昱ていいく賈詡かく劉曄りゅうようを呼んでくれ」


 曹操は配下の謀士たちに、緊急招集を命じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ