戟の衛兵
朝陽と共に起床すると、葛玄と姚光はそれぞれ得物を手に、小屋の前で実戦さながらの手合わせをしていた。
互いの刀身は、穂鞘に覆われている。
睨み合った二人は、腰を落とし、相手の呼吸を計った。
打って出たのは、姚光だった。間合いを詰めると、横薙ぎに払った。
葛玄はそれを柄で受け止め、姚光の足を払うように薙いだ。
柄を地面に突き立て、ふわりと宙へ身を翻らせると、地に着いた姚光は、上下左右に幾つもの突きと薙ぎの応酬を披露した。短槍の軌道は、剣や刀のそれと大差なかった。
葛玄は後退りながら、それを平然と捌いた。
「――――⁉」
姚光が短槍を引いたと同時に、葛玄は旋回しながら間合いを詰めると、鋭い蹴りを姚光の腹に入れた。
咄嗟に身をくの字にし、蹴りの衝撃を減らすと、姚光は葛玄の顎を目掛けて斬り上げた。
葛玄は、槍の柄で一閃の軌道を変えると、すぐさま横薙ぎを払った。
その薙ぎは、姚光の首の直前で止まった。
「…………」
「……また今日も駄目かあ」
姚光は口惜しそうにへたり込んだ。
「捌き、速さ、発想、どれも悪くない。鍛錬で更に進化しよう。しかし――」
「本当の強さとは信念。本当の敵は怯弱。本当の味方は気丈。これを悟らず進化はない――でしょ?」
姚光は尻に着いた土を払いながら立ち上がると、再び腰を落として短槍を構えた。
「もう一回」
姚光の瞳に、炎が灯ったようだった。
葛玄もそれに応じたように槍を構えた。
日課だった。
既に姚光は、短槍を手足の如く扱えるようになっていた。四、五人の大人に囲まれても、容易く相手を伸してしまうほどの腕前であることは、葛玄も承知だった。
知識も教養も教えることができなかったが、武術だけは叩き込むことができた。
確実に姚光の腕前は上がっていた。これ以上の上達は難しいと思うときもあったが、どこまで上達するのかと戦慄することもあった。
姚光と共に、ただ生き延びてきた。葛玄の生きる糧は、いつしか姚光になっていた。
「何か、何かあと少しで掴めそうだ……」
それぞれ求めているものは違ったが、葛玄と姚光は、次の段階へ進めそうな兆しを感じていた。
こうやって新しい一日が始まった。
しかし、これまでの一日とは違っていた。
葛玄と姚光は鍛錬を終えると、小川で水を浴び、身なりを整え鄷玖の庵へ足を運んだ。
竹林の中に、風雅な一軒の草庵があった。
門前にはその庵を守護するように、ひとりの大男が佇立していた。
鄷玖でも阿亮でもない。頭には白の幘を被り、首太く、眉は上がり、口許を覆うような髭を蓄えている。その大男は薄汚れた白袍に纏われ、戟を片手に整然と佇立する姿は、まるで帝を守護する衛兵のように武者振りが良かった。
「鄷玖さまの庵は、此方でございますか……?」
葛玄が尋ねた。
「…………」
返答に代わり、大男の静かな視線が葛玄の槍に向けられた。
「鄷玖さまの庵は此処かって、聞いてんだけど?」
姚光が勇んで前に出ると、大男の視線が姚光の短槍に動いた。
「……何処から入って来た?」
そう言うと大男は、門は通さないとでも言うように、戟を横に持ち変えた。
「は? 何処からって……」
姚光が応じるや否や、見開かれた大男の眼が、爛と輝いたようだった。
「帰れ。貴様らのような賊徒が来る場所ではない」
突如として大男は、低い声音で告げると、得物の戟で葛玄を斬り払った。
「――――⁉」
葛玄は咄嗟に、横薙ぎの一閃を槍の柄で受け止めたが、斬撃の重さで体は後方に吹き飛んでいた。
葛玄と姚光の得物の刀身は、いつものように穂鞘で覆われている。
しかし、大男が手にしている戟の鉾先は、冷然とした光を放っていた。
「いきなり何すんだよ!」
憤った姚光は、幾つもの鋭い突きを大男に放った。
大男は、その突きを戟で造作もなく払ったように見えた。
すると――。
「――――⁉」
いつの間にか、眼前に姚光の姿がない。
天高く跳躍した姚光は、宙から大男に一閃を振り下ろした。
大男は咄嗟に身を屈めると、そのまま戟を逆手にして柄の先を天に向けた。
「うぐっ」
姚光が放った一閃は、大男に届かず空を斬ると、戟の柄の先が姚光の腹に突き立った。
そのまま地に背から落ちると、姚光は寸とも動かなくなった。
「姚光――‼」
憤怒の形相で、突風の如く葛玄が大男に迫った。一度、大きく両手で槍を旋回させると、葛玄は袈裟斬りを仕掛け、すぐさま逆袈裟を放った。
ガッ――と、鈍い音が鳴った。
大男は身を反らしたと同時に、地から斬り上がる槍の一閃を戟の刃で防いだ。
葛玄が睨みつけると、大男は不敵に笑った。
そのときだった。
「双方ともお止めください」
声のする方に、葛玄と大男が揃って顔を向けた。
粗末な白い道袍を纏い、黒髪は白の緇撮で結っている。眉目清秀で女人のように肌が白い。
阿亮だった。
その姿を認めた戟の大男は、さっと佇立すると、阿亮に拱手した。
「葛玄どの、どうか無礼をお許しください」
阿亮は一度頭を垂れて、続けた。
「この者、自ら名乗り出て鄷玖さまの警護をしている文聘という者でございます。この様子では、葛玄どのの用件もまともに聞かず、使命を全うしたのでしょう」
阿亮は、地に伸びている姚光に眼を遣った。
「此方の方々は鄷玖さまの客人。私の大切な客人でもあります。文聘どのは、急ぎあそこに倒れている姚光どのを庵に運んでください」
文聘は躰を小さくするようにして、再び拱手した。
はっとしたような葛玄は、姚光に駈け寄った。




