九刀剣と満悦の孫策
応急の処置が施された孫策の身は、曲阿の居城に運び込まれた。
「こんな傷、大したことはない」
丹徒からの道中、眼を覚ました孫策は、寄り添う臣下たちに微笑を浮かべ繰り返した。
「誰に襲われたというのですか?」
眉を顰め、程普が尋ねた。
「あれは妖しだ。姿は龍頭人身、手練の刺客が三体。斬り捨てた途端、地に消えた」
覇気のない声音で孫策が返した。
「龍頭人身の妖し――⁉」
程普は眉間の皺を更に濃くした。江東を平定した孫策に、恨みを持つ者がいることは察しがつく。
しかし、心当たりはなかった。平定した地では禍根を残さぬよう、将兵に掠奪や搾取を一切禁じてきた。それが妖しともなると、天からの戒めに類するものとも思われたが、そのような逸話は過去に聞いたことがなかった。
城内にも医の徒は幾人かいる。その医の徒が総出で孫策に処置を施したが、どれも違わず愁眉に染まった。
「刺客の得物には毒が塗られておりましたな。傷よりも毒の方が気懸かり。内腑にまで行き渡っていなければ良いのですが……」
その後、病床に伏した孫策は、昏々としていたかと思えば、大汗をかきながらうなされている。その繰り返しだった。二十日もすると、医の徒たちの懸命な治療の効果が表れた。
孫策は上体を牀(ベッド)から起こせるほどに回復していた。
そのような折、ひとつの報が届いた。
「河北の袁紹どのより、使者が参ってございます」
黄河より北に位置する、冀、青、幽、并の四州を領地とし、曹操にも匹敵する勢力の大将が袁紹だった。
「お会いになられるのですか?」
「まだ傷が癒えていないのでは?」
程普と韓当が、心配の面持ちを浮かべていた。
「これは好機だ。至急、大宴の仕度をしろ。宴には諸将も参加するよう伝えよ」
言いながら、孫策は閃いた。
「孫権には更に伝えてくれ。九刀剣の披露目も行うと」
孫策は、病身を押してもなお、袁紹の使者と対面することを厭わなかった。
明くる日――。
まるで初夏のような日和だった。新緑は眩しく、陽は中天に差し掛かろうとしている。
孫策は、顔色こそ冴えなかったが、威儀を正して大宴に臨んだ。
袁紹の使者は、陳震という者だった。
呉の諸将も参加した城楼での大宴は、陳震が上座に据えられ盛大に持てなされた。
陳震は、孫策の体調をよそに泰然自若とした態度で語った。
「世を見渡せば、曹操と対抗できる勢力は、我が河北の袁家と呉の孫家しかござらぬ。我らが結託により南北から連携して挟撃すれば、曹操など恐るるに足らず。孫・袁の同盟により天下を二分し、両家の繁栄を図るべし。好機は今でござる」
孫策は、呵々と大笑した。
「これは天のお導きと存ずる。曹操と覇を競うは、我らも望むところ」
孫策は大杯を呷った。
「孫権、使者どのにも見えるよう披露目せい」
「御意」
台座に整然と並んだ九本の刀剣は、近侍たちにより宴席の中央へと運ばれた。
「おお……」
九本から放たれる絢爛な光に、その場にいた者からは感心の声が漏れた。
三本の刀には、それぞれ、百錬、青犢、漏影――と彫られている。
そして、六本の剣には、白虹、紫電、辟邪、流星、青冥、百里――と銘されていた。
「遂に現実となったか」
「先代さまが所望されていた九つの刀剣がこれか」
途端に大宴の主役は、宴席に運び込まれた九刀剣となった。
「孫堅さまに見せてやりたかったわい」
韓当が巨軀を震わせ涕泣している。
「な、何と見事な宝剣。しかも、九本とは!」
袁紹の使者、陳震でさえ眼を見張った。
「さあ、使者どの、もう一杯いかがか。呉の酒は格別ですぞ」
孫策は一堂の様子に満悦となった。