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宴と鈴

 シャンシャン――。

 それぞれがからだのどこかに鈴を付けていた。

 何かを焼いている香ばしい匂いが、どこからともなく流れてくる。


 周囲を眺めている介象かいしょう甘寧かんねいが言った。

「悪い奴らじゃねえ。絶対に譲れないものがあるから、世間からあふれた。そんな奴らが集って遊侠ゆうきょうやってんのさ」 

「どんな気分だ、その遊侠の頭は?」

 介象が微笑を浮かべ、甘寧をのぞき見た。

「言うねえ、介象さん。俺が一番強えから、頭張ってるだけさ。けどなあ……」

 甘寧は、き火の炎に視線を落とした。

「……最初は、おもしろおかしくやってりゃあよかったが、今や八百やそこらまで膨れ上がっちまった。ここまで来ると、気紛れで錦帆きんぱんを解体する訳にもいかねえ。中には、野垂のたれ死ぬ奴もいるだろうからな」

「わかっておるではないか」

 介象の言に、甘寧は笑みを返した。

「まあ、錦帆をまとめて面倒見てくれるような奴がいりゃあ話は別だが、もうしばらくは俺が面倒見てやるしかねえな」

 すると、甘寧はおもむろに胡綜こそう見遣みやった。


「それにしても、奇怪きっかいかぶり物だな。それ、どうなってんだ? 俺にも少し貸してくれよ」

「――――⁉」

 甘寧は胡床こしょうから腰を上げ、胡綜の被り物に手を伸ばした。

 我、関せずのていで、介象が薄ら笑いを浮かべている。

 元緒げんしょは三本の足に力を込め、胡綜の頭上から離れないようにした。

 そのときだった。


「お頭、できたぜ!」

 無頼漢ぶらいかんが二人で運んで来たのは、豪快な料理だった。豚を串刺して丸焼きにしている。方々の円座にも配給され、至る所で歓声が起こっていた。内臓などは取ってあり、野菜などと一緒に煮込んだ鍋料理の具材として使用されているようだった。

 何処どこで捕ってきたのか、口から枝を通された大量の魚も、各円座に配給されていた。

 そして、甘寧の円座にも酒が運ばれて来た。

「おお! やっとできたか! よし、食おう食おう!」

 甘寧は被り物のことなど忘れたように、豚の丸焼きを催促した。短刀で肉を削ぎ落とすようにして食べるらしい。

「介象さん、胡綜、遠慮なくやってくれよ」

 舌鼓したつづみを打った甘寧が促すと、無頼漢たちはぞんざいによそった豚肉と、わんになみなみと注がれた酒を介象と胡綜に手渡した。

「あんた、強えんだってな」

「こっちの若い兄さんも、弓の達者だそうだぞ」

 錦帆賊のやからは、人懐ひとなつっこい者が多いようだった。頭領の気風きっぷがそうさせているのだろう。

 加えて、陽気な者も多かった。

 竿しょう琵琶びわのほかにも、見たことがない楽器を持ち寄ると、小気味良い楽曲を奏で、誰からともなく踊り出していた。


 シャンシャン――。

 それに介象と胡綜も誘われた。

 介象は、錦帆賊のはやしに乗って風雅に踊ってみせた。その踊りは錦帆賊の無頼漢たちをも魅了し、その場を盛り上げた。

 そして、介象を真似た胡綜のつたないそれが、無頼漢たちの大笑を誘った。

 甘寧はそれを眺めるようにして酒をあおると、何やら嬉しそうに笑っていた。

 そのような塩梅あんばいで、宴のときは過ぎていった。


 は既に落ち、辺りはすっかり暗闇に包まれている。

 方々の焚き火の炎は小さくなり、辺りでは無頼漢たちがいびきをかきながら雑魚寝ざこねしていた。小さくなった炎を囲むようにして、それぞれ二、三人が静かに談笑している。

 その中のひとつが、甘寧と介象の炎だった。

 介象の足元では、亀の被り物をしたままの胡綜が、大の字で鼾をかいている。

「あれほどの数の船、どうやって手に入れた?」

 炎を見つめながら、介象が椀に注がれた酒をちびりと飲んだ。

「俺たちでこそらえた船もあるが、大半は劉表りゅうひょうの水軍から頂戴ちょうだいしたものだ」

「あれが全てではあるまい?」

 椀の酒を一口含んだ甘寧は、そで口辺くちべぬぐうと炎に照らされた顔を不敵に歪めた。

「俺たちは川賊せんぞくだぜ。何処へでも行くし、何処からでも現れる。主流となる川の岸辺には、幾つも船を配置している。淮水わいすい勿論もちろん漢水かんすい溳水おうすい、長江の上流、夏水かすいなんかにも隠してあるぜ」

「神出鬼没の川賊ということか」

「まあな」

「……その鈴には、何の意味がある?」

 介象は、甘寧が腰に付けている薄汚れた鈴に目を遣った。

「これか? これは母親の形見さ。俺が幼い頃に病で死んじまってな。鈴の音を聞いていると、何だか母親が近くにいるような気がすんだよ」

 酔眼すいがんの甘寧が、遠くを見るようにして再び椀の酒を一口含んだ。

「いつ頃からか、奴らも真似して付けるようになってな。今じゃ鈴の音が聞こえただけで、『錦帆来きんぱんらい! 錦帆来!』って、わめき散らしながら逃げる奴まで出てくる始末だ」

「いい奴らに恵まれたな」

 微笑を浮かべた介象が、ちびりと酒を口に含んだ。

「あん?」

 怪訝けげんな面持ちをさらした甘寧は、ふと、介象が腰にびている三振りが視界に入った。

「介象さん、あんた何者だい?」

 介象は眼を閉じると、ちびりと酒を飲んだ。

「方士……」

「方士? 占いとか、変な術とか使う、あの方士かい?」

「まあ、そうだ」

 甘寧は寝ている無頼漢たちが目覚めるほど、々と大笑した。

「世の中は広えな。こんなに強え方士がいるのか。それで、汝南じょなんには何しに行くんだい?」

「探し物を探しに」

「へえ」

 甘寧は椀の酒を一息に呷った。天を見上げると、満月が浮かんでいた。

「見つかるといいな、探し物」

 介象も満月を見上げた。


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