戦乱の前兆、流星雨
星空の下、柔らかに吹いた風には、微かな春の息吹が含まれていた。
南天に眼を遣ると、一面に流星の雨が降っている。妖しい光を放つ流星雨だった。
腰には三振りの剣を佩びている。歳は壮室も半ばを過ぎた頃だろうか。無造作な黒髪は肩まで伸び、眉は昂がり、鼻梁高く、首は太い。眼を開けば爛と輝く偉丈夫が、漆黒の襤褸でその全身を纏っている。それは、まるで侠客のような風貌だった。
そして、偉丈夫の肩の一方には、奇妙な亀が鎮座している。
見れば、頭に鹿の如き角を生やし、神木に水脈を彫ったような甲羅の後ろに蓑毛を風に靡かせている。どういう訳か三本足だが、鋭い爪でしっかりと肩に掴まっていた。
その亀が、偉丈夫の耳元で囁いた。
「流星雨は、戦乱の前触れと言うが……」
亀が言い終えるや否や、偉丈夫は佩剣している三振りのうち、雌雄二振りの剣を鞘から抜き放った。
右に掲げた雄剣には、龜文(亀裂模様)が浮かび、根元には「干将」と彫られている。
左に掲げた雌剣には、漫理(水波模様)が浮かび、根元には「莫邪」と銘されている。
雄雌が月明かりに照らされ、妖しく光った。
「韓信の生まれ変わりが、いよいよ河北を獲るか。彭越の生まれ変わりは、拠る土地も定まらず右往左往し、英布の生まれ変わりは既に亡い」
亀の言を聞くともなしに、偉丈夫は眼を細め、雌雄二振りの剣を静かに鞘へと収めた。
「英布の子に転生した項籍の生まれ変わりも、既にその命脈は風前の灯じゃ」
亀がそう言うと、偉丈夫は顔を前に向け、流星雨へと向かい静かに歩を進めていた。