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3話



 それから数日が経った。


 アーノルドの言葉をきっかけに、エレノアは彼から貰ったドレスを見に纏うようになった。初めは、こんなドレス自分似合うわけがないと卑屈な考えが過ったが、アーノルドの言葉を思い出して、自分を鼓舞した。


「……よく似合っている」

(うぁぁぁぁぁ……!!!!エレノア様!!!美しい!!!この世の美が凝縮されている!!女神すら霞むほどの美しさ!!!むしろエレノア様が女神!!知ってる!!エレノア様マジ女神!!!えっ!?こんな美しい人が俺の妻!?!?あぁぁぁ!!!今日が俺の命日かもしれない……)


 無表情で言ったアーノルドの内心は咽び泣いて、悶え苦しみながらも喜んでいた。相変わらず外面との違いに眩暈を起こしそうになるが、彼の本音は嬉しかった。


 アーノルドに褒められて、自分を着飾ることの楽しさをお洒落する喜びをエレノアは思い出した。

 

(アーノルド様は私に色々なものを与えてくれる……)

 

 アーノルドの本音と相違ない言葉を聞いてから、エレノアは自身の変化に気づいた。心持ちが明るくなったのもあるが、何よりも、アーノルドに対する想いが変わった。家族愛や親愛とも異なる想いが、少しずつ募っていく。

 それがどういう感情なのか、エレノア自身も薄々気づいていた。


(私もアーノルド様のお役に立ちたいわ)

 

 彼に貰ってばかりではなく、お返しもしたい。エレノアがそう思い始めた頃、アーノルドの元に夜会の招待状が届いた。


「夜会……」


 アーノルドが手に持つ手紙にはエレノアの元婚約者の家系、バーナード公爵家の家紋が蝋封されていた。バーナード公爵家はグレース家と懇意の仲であり、妹のナタリーも嫁入りする予定だ。招待を断るのは難しい。それに、平民の身で伯爵家に婿入りしたアーノルドへの風当たりは強い。アーノルドとしては、社交界に顔を出して、少しでも貴族と交流を深め友好関係を築いておきたいだろう。


(あの二人と会うのは気が進まないけど、アーノルド様のためだもの)


 気は重いが、アーノルドのためだ。そう覚悟するエレノアにアーノルドは冷淡に告げる。


「君は夜会に参加しなくてもいい」

「…えっ……」

 

 アーノルドが自分に気遣って言っていることはエレノアも分かっていた。

 それでも、ショックを隠せなかった。


(私が居なくてもいいってこと?私は妻としての役割すら果たさせてもらえないの?)


 不満が口をついて出てしまいそうで、ギュッと唇を噛んで口を噤む。


(アーノルド様が私に傷ついて欲しくないって気持ちは痛いほど伝わってくる。けど、私は自分が傷つくことよりも、貴方の力になりたいのに)


「エレノア…?」


 泣きそうになって咄嗟に俯くと、それに気づいたアーノルドが手を伸ばしてきた。


(エレノア様?どうしたんだ?なんで俯いているんだ?エレノア様が無理に夜会に出ることはないのに。俺がエレノア様を守るから、貴方は傷つかなくてもいいのに…)


(違う。守ってもらいたいんじゃないの。私も貴方を守りたい。貴方の助けになりたいの)


 どこまでも優しいアーノルドの本音は常にエレノアのことを慮っている。今は、それが辛かった。アーノルドはエレノアを信仰対象や庇護対象のように見ていて、対等な夫婦関係になれていない。


(私と貴方は夫婦なのに…)


 このままでは駄目だと、覚悟を決めて、エレノアは顔を上げる。


「アーノルド様、私は貴方の妻です」


 真っ直ぐにアーノルドを見据えて、エレノアは言葉を紡いだ。


「病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、貴方を愛し慈しむと誓いました」


 始まりは成り行きだったかもしれない。けれど、今此処にある想いは本物だと、エレノアは奮い立つ思いを声に載せる。


「私は、貴方に守られるだけの妻は嫌なのです。私も貴方を守りたい…妻として貴方を支えたいのです」


 エレノアが思いの丈を伝え切ると、室内はシンと静まり返っていた。


(い、言ってしまったわ…アーノルド様、不快じゃなかったかしら……)


 あまりの静寂に耐えきれなくなって、アーノルドの様子を伺う。チラリと上目で見たアーノルドは彫像のように硬直していた。心の声も聞こえず、何を考えているのか分からない。


「……アーノルド様?」


 流石に不自然に思ってエレノアがアーノルドに触れる。すると、アーノルドはそのままゴトリと床に倒れた。


「あ、アーノルド様!?」


 突然のことにエレノアが驚愕の悲鳴を漏らした。急いでしゃがみ込んで、アーノルドの肩を揺さぶるが反応がない。恐る恐る、アーノルドの顔を覗き込む。


 ーーアーノルドは安らかな顔で気絶していた。


(何故、気を失っていらっしゃるの!?もしかして持病をお持ちなのでは…!?と、とにかく人を呼ばないと!)


 エレノアが人を呼ぼうとした瞬間、アーノルドは目を覚ました。


「……はっ!?俺は一体……」

「アーノルド様…!」


 よかったと安堵の息を漏らすエレノア。そんな彼女を見上げて、アーノルドの時間は再び止まる。


(何故、エレノア様が俺を膝枕しているんだ!?!?もしかしてここは天国か!?お、俺は死んでしまったのか!?そういえば気を失う前、エレノア様にすごいことを言われた気がする……衝撃のあまり気を失ってしまったが、もしかしてそのまま死んでしまったのかもしれない。だが、最後に見るのがエレノア様なら悔いは無い。むしろこの中で死ねるなんて幸福だ……)


 そうして、瞑目しようとするアーノルドにエレノアは思わず大きな声で突っ込んだ。


「もう、ここは現実ですから!!また気絶しようとしないでください!!」




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