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1話

ドアマット系ヒロイン、シンデレラストーリー、溺愛もの。書きたいものを詰め込んでみた感じの作品です。楽しんで読んでいただければ幸いです。

 

 ほのかな灯が、贅を尽くした豪奢な部屋を照らす。部屋の中央に設置された、天蓋付きのベッドに純白のネグリジェを見に纏う女性が腰掛けていた。薄暗い空間に浮かぶ女の肌は白皙で伏せた睫毛は羽のように長い。その横顔は垂れた長髪に隠されているが、僅かに見えるパーツからはその美貌を予期させた。


「俺が君を愛することはない」


 結婚初夜とは思えない、冷たく放たれた言葉に女は困惑を隠せず、目の前の人物を見上げる。サラリと揺れた金糸の髪の隙間から、赤黒い引き攣った傷跡が覗く。美しい相貌とは不釣り合いな傷跡。それを冷淡に見下ろしている男を彼女ーーエレノアは青い双眸に映した。


「夫婦の営みも必要ない。恋人なり愛人なり好きに作るといい」


 エレノアは薄い唇から発せられる、夫の言葉が耳に入らなかった。それは、内容にショックを受けているからーーではなく、その言葉を上回る、心の声が響いたからだ。


(うううっ!!こんなこと言いたくない!!嘘です、本当は大好きです!!めちゃくちゃ好き!!どうして世界一大好きな人にこんなこと言わないといけないんだ!!ああ、でもエレノア様の戸惑ったお顔も美しい…好きだぁ…)


 幻聴かと思い、耳を塞いで開いてみるが、エレノアへの想いに溢れた心の声は変わらない。


(ええぇ……)


 同じ人物から聞こえるとは思えない心の声に、エレノアはただ困惑していた。




 エレノアには、物心ついた時から人の心の声が聞こえていた。それが普通ではなく、おかしなことだと気づいたのは、そのことを告げて、困惑した心の声を聞いた時だ。それ以降、エレノアは能力のことを話すのはやめた。


 不思議な力もあり、エレノアは変わった子供ではあったが、天使のような繊細で美しい容姿、伯爵家の長子ながらもそれを鼻にかけない優しい性格もあり、周りから愛された。

 幼いエレノアは全てが満ち足りていた。優しい両親、素敵な婚約者、お金に困らない豊かな生活。そんな日々がずっと続くと思っていた。

 ――だが、悲劇は起きる。


 エレノアが火事に巻き込まれた。一命は取り留めたものの、顔に消えることのない火傷痕が残った。醜い傷を持つエレノアに周囲の態度は一変した。皆、エレノアを醜いと嘲り、嬲ってくる。両親は傷跡を治すために莫大な費用を費やしてくれた。しかし、一向に良くなることのない、金銭だけが飛んでいく治療に両親も荒れ、エレノアに理不尽な怒りを向けてくるようになった。いつしかエレノアはいないものとして扱われ、妹、ナタリーだけが伯爵家の娘として大切にされるようになった。


 そして、時は経ち成人を迎えたエレノアは煌びやかな夜会にて、婚約者のフレデリックも失おうとしていた。

 婚約破棄の申し出をエレノアは淡々と受け入れた。彼が自分を疎んでいること、ナタリーと浮気していたこと、心が読めるエレノアは知っていたからだ。


(いつかこうなることはわかっていたわ。それが今日だっただけ)


 晒しあげるようにされた婚約破棄の宣言に、周囲の心の声が嘲り笑う。その感情の波を一心に受け止めながら、エレノアは瞼を伏せた。


(大丈夫、こんなのは日常茶飯事。今日はその数が多いだけよ。大丈夫、大丈夫…)


 ぎゅっと唇を引き結び、顔を隠すように俯いた時だった。


「エレノア・グレース嬢」


 騒めきの中、よく通る声が響く。その人物から向けられる、自分を心配する心の声に、エレノアはやおらに顔を上げた。濡鴉の髪に紅玉の瞳を持つ、端正な顔立ちの男が視界に映る。

 瞬きをする間もなく、手袋に包まれた手を取られ、恭しく、忠誠を誓う騎士のように跪かれる。


「よろしければ、私と結婚していただけませんか」

 

 そう言った男を見つめ、エレノアは目を丸くした。

 彼は、アーノルド・クレイジャー。ここ数年で頭角を現している商会の若き会長で、絶世の美男子だと令嬢達の注目の的だ。そんな人物からの結婚の申し出にエレノアは動揺を隠せず、アーノルドの心を探ってみるが何も聞こえない。代わりに令嬢達の刺すような妬みの声が聞こえてきた。あんな醜い女をアーノルドが選ぶわけがない。爵位を目当てで求婚したに違いないと。


(ああ、そうか。一応、伯爵令嬢ですものね私。)


 アーノルドの商会は国内で有数の人気を誇っているが、彼は平民故に爵位は持っていない。今後、より商会を大きくするのなら貴族との繋がりは欲しているだろう。


(だからこそ、この夜会にも参加しているんでしょうし)


 爵位目当ての求婚。それが一番しっくりきて、腑に落ちる。


(そうでもなければ私のような醜女に結婚なんて申し込まないわよね)


 ここで受けなければ、傷跡の残るエレノアに縁談が持ちかかることは二度とないだろう。

  

「私でよろしければその婚姻お受けいたします」


 喜んで了承するが、相手の心の声は伺えない。


(何も考えたくないほど、本当は私との結婚が嫌なのかしら…)


 感情が読めない、人形のような相貌の男を前に、エレノアは湧き出る不安を無理やり飲み込んだ。


 グレース家はエレノアの治療費やナタリーの散財により、貯蓄の底がつきかけていたため、高額な持参金で婿入りするアーノルドとの婚姻を両親は喜んで了承した。そして、これ幸いとエレノアを押し付けるようにアーノルドと婚姻が結ばれた。

 トントン拍子に結婚日は決まり、エレノアはアーノルド・クレイジャーの妻となったのだ。



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