第六話 会議
昨日の今日だからか、事件が事件だからか。役所の前には多くのマスコミが集まっていた。入り口には警備員が立ち関係者以外立ち入り禁止の状態だ。そんな中、市長室で話し合いをしている玉川と木村であった。
「いやー、玉さんの予想は外さないね。今回ばかりは外れてほしかったが。」
市長の石井は力なく笑う。犯行予告を出された側の市長なら誰でもこうなる気がする。
「市長と玉さんはどのようなご関係なんですか?」
木村のこの物怖じしない性格は警察よりも記者に向いていると玉川は思う。
「玉さんはよく取材に来てくれたからね。こっちの意図をうまく記事にしてくれるから助かったことも多いし。」
「それは市長が善人だからですよ。マイナスの取材をしようにもできないだけです。」
「玉さんっていろいろすごいんですね。」
木村が感心するようにつぶやいたとき、ドアが開いた。入ってきたのは捜査本部の方々、川井の姿も当然あった。偉い順に市長の前に座るため、玉川と木村は立って部屋のすみに移動。すると川井が二人の前に立った。
「当然のように普通にいるのが腹立ちますけど。」
つぶやきながら二人に缶コーヒーを渡す。二人の好みを考えて玉川にはミルク入りの甘いもの、木村にはブラックだ。
「玉さんがいるのわかっててわざわざ用意するなんて、良い妻の鏡ですね~。勉強になります~。」
小声でも木村のキレは変わらない。川井は苦笑いしながら玉川の横に立った。
「どこまでできてそうですか?準備。」
玉川は市長に事件の翌日には面会の申請をした。ただ、事件のマスコミ対応のおかげで面会ができたのは木曜日だった。玉川は事前予想として『事件がもう一度起きる』『可能性が一番高いのは当日の日曜日』と市長に伝えた。その上で被害を出さないための対応策も伝えた。
「七割くらいだ。それでも昨日の今日で、よくここまでやってくれたよ。」
玉川はそう答えて石井の方を見た。石井はなるべく大きな声で、少なくとも玉川たちに聞こえるように話してくれている。
「市民には昨日のうちにあらゆる手段で連絡を入れた。『万が一のことを考えて明日の夜は出来る限り家にいてほしい』と。また、駅周辺の店にも出来る限り休業を要請した。ただ、そもそも最近のばか騒ぎのせいでかなりの店が早めに閉めているから、あまり意味はないと思う。駅前のメイン通りも犯行予告時間前には閉鎖、通行止めにできると思う。」
そこまで言ってから、石井は息を大きくして吐いた。
「ただ、交差点は止められない。国道が交差する主要道路だ。せめて昨日の昼に犯行声明が出ていれば何かしらの対応ができたかもしれないが。」
「いえ。そこまで対応していただけて感謝します。」
捜査本部の偉い人は頭を下げた。まさに『昨日の今日で』だからだろう。
「玉さんへの信頼の賜物ですね。」
「お前が正しく情報をくれるからだろ?今回も優秀な助手をつけてくれたし。」
このとき一番驚いているのは木村だった。その顔を見て二人は少しだけ笑い、それから前を見た。
「ここからが本番だ。」
「はい。何としても命を守ります。」
川井の言葉に確かな覚悟を感じた。玉川はそれを頼もしく思えた。
その後、石井市長は警察と合同で記者会見。マスコミの質問に誠実に答えていった。ただ、唯一怒りをみせたときがあった。それは『市長の力でこのイベントを中止にはできないのでしょうか?』という質問に対してだった。
「あなたは何か勘違いをしている!これはイベントではない!ハロウィンもスポーツの試合後も年末カウントダウンも、全ては若者が勝手に集まって勝手に騒いでいるだけだ!もしもイベントならば、とっくの昔に中止している!主催者がいるなら訴えたいくらいだ!」
石井市長がどれだけこの問題で苦悩したかがわかる。実際、止めたくても止められないのが現状だ。例え駅前で飲酒を禁止しても他で飲んでこられたら止められないし、仮装を禁止するとしてもどこまでの服装を仮装として取り締まるかで悩むからだ。 しかも大多数の人はただ楽しんでいるだけで、迷惑行為や破壊行為、法律違反をするのはやはりごく一部だ。結局、市ができることは犯罪行為から自衛するしかない。しかも市の予算で。予算を遣うことに対する住民の賛否、ただ自衛しないと破壊行為で苦しむのも市民。『訴えたい』が正しい意見だろう。質問した記者もそれ以上何も聞かなかった。
その後、川井は捜査本部で作戦会議、木村は引き続き玉川と行動することになった。玉川も被害が出ないように動けるだけ動いた。
そして…。夜になった。