第四話 夜の論争
「やっぱりここだったか。」
呆れた顔で見下ろす玉川と大爆笑の木村、川井は酔っ払った顔で見上げた。酒がそんなに強くはないが、酒を飲むのは好きな川井。その川井が唯一酔っ払えるのがマスターの喫茶店『可憐』だ。ハロウィン期間は早めに閉店している上に、『夜は酒も軽く出す』くらいの感覚の店で、酔っ払えるのもこいつだけだと思う。
井ノ上の家を出た後、木村は一度警察署に戻り報告、その後に三人で飯でも食べようという話になっていたはずだった。普段なら川井がいるはずなのだが、今日は井ノ上の家に長くいすぎてしまい戻るのが遅くなってしまったため、川井はすでにいなかった。木村の話では捜査に進展はなかったらしいので、 マスターに電話してみたところ、「いるよ。」と一言。で、たどり着いたらこの状況だった。
「うちのかわいい青葉ちゃんをー、一体どこへ連れまわされてらっしゃるのですかー?」
「何を何杯飲まれたら、ここまで酔っ払えるのでしょうか?」
精一杯の皮肉で返してみると、不気味なほどの笑顔が返ってきた。そうとうやばそうだ。
「いいですね~。その余分な言葉は要らない夫婦みたいな空気~。うらやましいです~。」
木村の言葉に玉川はため息、川井は木村の方をジロッと見た。ただ、当の木村はすでにメニューを見てマスターに注文をしていた。良い性格をしているのはここ数日で玉川は理解できた。
「でー?タマサマは一体何をお調べになられましたかー?」
この感じでずっと続いたらイライラするかも…。と考えつつ、玉川は木村に目をやる。木村はうなずいて報告を始めた。川井は体を起こし話を聞いている。どんなに酔っ払いでも刑事は刑事だ。
「以上がこの三日間の報告です。」
木村の説明は丁寧で玉川が口を挟む箇所もなかった。聞き終えた川井は何か呪文を唱えるようにぶつぶつとつぶやいている。その行動から何を言いたいかは玉川にはわかる。
「異論は口に出しましょう。」
玉川の言葉に川井は苦笑い。すねたような顔をした。
「今日の家宅捜索で容疑者の部屋から加工されていないアイスピックと加工に使われたと思われる道具が大量に出てきました。で、販売元に問い合わせたら確かに容疑者本人が注文したことが確認されました。」
「お~。そうだったんですか!」
木村は手帳にメモしていく。それをちらっと見てから川井は話を進めた。
「あと、被害者三人の血液が付着した衣類が発見されました。」
「お~。じゃあ、もう決まりでしょう。それだけ証拠が揃ったんですから。」
木村は興奮しながらメモを取る。それを見ながら川井はため息をついた。
「何でそこからため息なんだ?ずいぶん進んだじゃないか。」
「だってー、玉さんが納得しないどころか別意見唱えてるんだものー。」
それを聞いた木村は大爆笑。笑い疲れるまで笑ってから呼吸を整えて…。
「そこまで調べ尽くしたなら自信を持ちましょう!玉さんのは疑問点の積み上げなのに対して先輩たちのは事実の積み上げ。今の現状なら先輩たちの勝ちですよ!」
正しすぎる意見だ。玉川はただただうなずく。玉川の疑問はあくまでも疑問。現状では犯人を示す手がかりでもなければ、犯人を特定する証拠でもない。よって現状は川井のいる捜査本部が正しい。
「わかってるよー。わかってるんですよー。ただー、そこからひっくり返すのが、この玉川っていうヤローなんだよー!いつも、いっっつも最後は逆転させるから。だからイライラするのよ。」
いつもながら酔っぱらうとキャラの壊れ方がすごい…。そんな玉川の思いをよそに、川井はテンションやらボルテージやらをどんどん上げていく。
「いつも良いところまで持ち上げて、ドーンって落とすの。あと少しで勝てるってところまで攻めさせておいてから逆転するの。しかも、国士じゅうさんめんまちをかんちゃんとかたんきとかでつぶすみたいに…。」
麻雀用語を唱えながら川井は眠りについた。木村はそれを見ながら声を出さずに笑い、それから玉川の隣に座った。
「で?玉さん的にはどうなんですか?」
「どうもこうもないだろ。現状は君の意見がもっともだし、捜査本部の判断に異論は…、」
「違いますよ~。先輩のこと、どう思ってるかを聞きたいんです。」
キラキラの目にニヤニヤの顔。それを見て玉川はただただため息。
「見てのとおり。長い付き合いの先輩後輩であり、数々の事件を解決に導いた戦友だ。」
「それだけですか~?本当に~?」
「ああ。それ以上も以下もない。」
木村はしばらく玉川をじっと見たあと、大きく息を吐いた。
「玉さんと先輩、お似合いだと思いますよ~。」
そう言いながらグラスを空にして次の飲み物を注文。マスターに申し訳ない気がする…。聞かれてばかりでもなんだからこちらからも聞いてみる。
「人にばかり聞くが君はどうなんだ?その見た目でその性格なら男がほっとかないだろ?」
聞かれると思わなかったのか、木村は目を大きくして止まり、またニヤニヤの顔になった。
「玉さん、私を口説く気ですか~?私は先輩に恨まれたくないですよ~。」
と、そこまで言ってから木村はマスター特製カクテルを少し飲んだ。そして遠くを見るようにして答えた。
「好きな人はいます。ただ、その人はずっと私のお姉ちゃんのことが好きだったんです。だから私も『お兄さん』って呼んでました。お姉ちゃんを他の人に奪われても、お姉ちゃんが遠くへ行ってしまっても、お兄さんはお姉ちゃんを好きなまま。だから私はず~っと片思いなんです。」
言葉からどれだけその人を好きなのかがわかる。実らないかもしれない恋をずっとしていて、それを笑顔で語れるのもすごいなと思った。木村は寂しそうな笑顔のままこっちを見て、
「玉さんたちは良いカップルだと思うんだけどな~。で、事件の話に戻しますが、」
思考回路を見てみたいものだ…。玉川はそう思いながらうなずいた。
「これだけの証拠が並んでも、まだ玉さんは自分の予想を貫きますか?」
「ああ。というより血のついた衣類が出たから疑問が増えた。」
「え?知りたいです。なんですか?」
目を輝かせる木村に玉川は少し気圧されながらも話を進めた。
「血のついた衣類があるなら事件後に一度部屋に戻ったということ。犯行声明を出したにしては余裕がありすぎる。ちなみにその衣類がどんなものだったかわかるか?」
「あ~、すいません。ちょっと待ってくださいね~。」
そう言うと木村は堂々と川井のカバンをあさり、手帳を取り出した。
「え~と、黒いマントみたいなものだそうです。他の血のついた衣類は見つかっていないとのことです。」
「衣装には着替えた。人を殺す意志があった。だとしたら明らかに不自然な点がないか?」
木村が自分と川井の手帳を見ながら考えていると、寝ていた川井がガバッと起きた。
「指紋…。指紋がついてた…。全部の刃物に…。」
川井は頭を押さえながら玉川を見た。玉川は大きくうなずく。
「マントみたいな仮装するなら手袋をする可能性が高い。人を殺すにしても、計画的なら手袋をする。でも、今回の容疑者は刃物を大量に用意して仮装をしたのに手袋をしなかった。」
「確かに。そう言われれば不自然ですね。」
木村は相づちを打ちながらも川井の手帳をそっと戻していた。その動きはもはやマジシャンだ。
「不自然な点は多いけど、容疑者を犯人じゃないと言えるようなものじゃない。捜査本部の方針で容疑者を探すべきだ。」
「わかってます。ちなみに携帯の位置情報から駅周辺にいるはずなんですが、未だに目撃者が一人もいないんですよ。それもふしぎなものなんで…、す……。スー…。スー…。」
「あんなにはっきり話しながら眠りにつく方が不自然だ。」
「本当ですね~。よっぽど玉さんを信頼してるんですね~。」
木村の言葉に玉川はため息をつき、マスターにコーラを頼んだ。本当は酒を飲みたいところだが、明らかな酔っ払いと軽い酔っ払いをタクシーに乗せる作業が待っているから。その後木村は自分で帰れたものの、案の定川井は玉川がタクシーで送り家の鍵を開けベッドに転がすところまでやるはめになった。この作業も年に何回か経験しているためなれてしまっている自分が怖い玉川であった。