第三話 確かな疑問
「確かにありえないな。お前の判断は正しい。」
隣町の一軒家、その一室で井ノ上寿は玉川にそう告げた。玉川はうなずく。自分の予想は正しかったが、より大きな謎ができてしまった。
「ナイフで心臓を刺すってそんなに難しいことだったんですね。」
木村は「勉強になります。」とつぶやいて、手帳にメモしている。
「肋骨があるからね。なかなか刺さらない。今回の犯行に使われたアイスピックみたいな特殊な刃物でなければもっと難しいはずだよ。」
井ノ上は静かな声で木村に説明した。
「しかも通りすがりでだ。止まった相手にだって難しいのに、相手が動いていたらなおさら。容疑者の男にはそんな経歴はないだろ?」
「はい。以前の仕事もバーテンダーでした。アイスピックは使いなれているかもしれませんが…。」
木村は捜査資料を確認して、そう答えた。玉川は井ノ上から出されたお茶を飲みながら考えている。
「ちなみに玉さんと井ノ上さんはどういったご関係なのですか?」
ちなみに聞く必要もないような質問が木村から出た。苦笑いの玉川をよそ目に井ノ上は笑いながら答えた。
「彼の父とは古くからの友人でね。まあ彼が記者になってからは彼の方が家に来る機会が増えたが。」
「井ノ上さんはお仕事はお医者さんか何かなんですか?」
絶対そっちを先に聞くべき…。玉川は小さくため息をついた。
「二年前までは近くの大病院にいたよ。外科と救急を担当していた。」
「すごいじゃないですか!」
木村の感動を横目に玉川は最後の疑問を口にした。
「先生。刃物は刺さったなら、普通は抜けますよね?」
「普通は刺さったなら抜ける。被害者が力を入れたり刃物を押さえたりしなければ。」
「あ、そうですよね。被害者全員に刃物が刺さったままっていうのもおかしいですね。」
「それだけじゃない。」
.捜査資料をめくる手を止めて、少しの間考える木村。すぐに答えを出した。
「現場に残っている刃物が多い…。ですか?」
やはり頭は良いようだと思いながら玉川はうなずく。
「通り魔殺人の犯人が凶器を何本も用意するケースは多い。ただ、それはあくまでも予備のためで、多くは使われないことが多い。でも今回は一人に対して一本。しかも全部被害者の体に刺さったまま。それが一番の謎だ。」
「犯人によほどな理由でもない限り、こんなことは起こり得ないだろう。」
井ノ上の言葉に二人はうなずき、しばらくは誰も話さなかった。そのとき、
ピンポーン。
インターホンが鳴り響いた。すると井ノ上は用意していた紙袋を持って立ち上がり玄関へ向かった。
「トリックオアトリート~!」
小さな子供たちが仮装して玄関前に立っていた。井ノ上は優しい笑顔で紙袋を子供に渡す。
「ありがとうございました~。」
子供たちは笑顔でお礼を言うとうれしそうに歩いていった。
「井ノ上さんはハロウィンは賛成派なんですね。」
木村が尋ねると井ノ上はうなずいた。
「私みたいな年齢になるとね。子供の笑顔が一番の楽しみなんだ。」
井ノ上の穏やかな笑顔に二人は静かにうなずいた。