第二十二話 生きる意味。
静かな駐車場は木村の声だけが響いていた。過去の事件を話し終えた木村はふと何かに気づいたような顔をした。
「おそらくお二人の中に『もっと早く話してくれていれば』って思っていると思います。それに対しての答えは簡単です。知ってましたか?私と兄さん、実は警察を憎んでいたんですよ。」
「え?」
玉川と川井の声がそろった。二人にとってはさすがに衝撃的だった。木村は静かに語りだした。
「玉さんは私が山に祈っていたのは見ましたよね?あの山のせいで両親は死んだんです。いえ、殺されたが正しいですね。」
「お前の両親は殺されたのか?」
玉川の口から出た言葉に、木村はうなずいて空を見た。
「山菜採りってわかりますよね?主に春先に山に入るんです。中には人の山に許可もなく勝手に入る人もいます。うちは野菜の農家でしたが牛も何頭か飼っていました。山のそばに牛が食べさせる牧草を育てていました。農家は経費を払って牛が喜んで食べる牧草を育てるんです。でも、畜産に詳しくない人には牧草地なんて認識されません。牧草も雑草も同じに見えるのでしょう。春先になると多くの車が牧草地に無断で入りました。両親は何度も注意しましたが、全然改善されませんでした。看板を立てれば倒され、フェンスを付ければどけられ。入り口を重機で封鎖すれば牧草地を暴走したあげく山の縁から脱出。警察に何度も頼みましたが全く取り合ってくれませんでした。そんなある日事件が起こりました…。」
木村は息を大きく吐いた。話すことが辛いだろうことは見ていればわかる。木村はそれでも続けた。
「それは例年よりクマの出没が多い年のことでした。何人かの山を管理する人たちで話し合い、「クマが出る可能性があるから山菜取りは中止にするべき。」ということでまとまりました。『クマ出没注意』の看板も立て、入り口もなるべく閉鎖しました。ところがとある夫婦が友人とともに山に入りました。封鎖した柵を飛び越えて。両親はすぐに警察に連絡して「入った人を止めてください」と頼みました。でも、警察は忙しいことを理由に来ませんでした。その夫婦と友人はクマと遭遇してしまい、何人かが大ケガをして一人が亡くなりました。すると、そのケガをした夫婦の友人と名乗る人たちが家に押しかけて両親に暴行を加えたのです。後から聞いた話では「お前らが注意しなかったから人が死んだんだぞ。」と叫んでいたそうです。私と姉さんは学校に行っていたので無事でしたが、帰ったときには家中がボロボロにされていて、血まみれの両親の姿がありました。救急車を呼んで病院に運ばれましたが、二人とも助かりませんでした。私たちは別の親戚に引き取られました。だから名字が違うんです。」
静かな駐車場に木村の声だけが響く。誰も言葉を発せられない。
「同じ頃、兄さんの家でも同じような事件が起きていたようです。兄さんのお父さんは漁師でした。その漁協では貝の養殖が行われていて、同時に密漁にも悩まされていたようです。警察に相談してもなかなか動いてもらえず、自己防衛することになりました。お父さんが漁師仲間と見廻りをしていたとき、犯人に遭遇しました。お父さんが一人を取り押さえて、漁師仲間が警察を呼びに行っている間に犯人の仲間戻ってきて…。お父さんは殴り殺されたそうです…。」
木村はまた大きく息を吐いた。
「ひどい話だな。」
玉川ですらそれしか言えなかった。川井はただただ涙を流すだけだった。
「玉さん、先輩。警察の仕事って何なのでしょうか?」
木村は消えそうなほど小さな声で問いかけた。
「市民を守るため。それは確かです。ただ、目の前の犯罪を見過ごすなら警察なんていらないと思うんです。私の両親も兄さんのお父さんも、警察さえ動いてくれていれば死なずに済んだかもしれません。三年前のあの日も、姉さんの事件があった日も、警察がもっと動けていれば助かった人がいたのかもしれません。私たちは少なくともそう考えていました。」
正しい答えだと玉川は思った。確かにそのとおりだと。木村はさらに続けた。
「私がまだ警察官になりたての頃、交通違反の取締をしていたことがありました。見通しの良い国道でスピード違反や一時停止をしなかった車を捕まえていました。その仕事が間違っていたとは思っていません。ただ、夜にテレビの報道番組を見ていたら近くの町が映っていました。景色が海外の観光地にそっくりだという理由で大量の車が駐停車禁止の場所に路上駐車していて問題になっていました。そのとき私は思ったんです。「何で取り締まらないんだろう?取り締まれないんだろう?」と。『一時停止の場所で限りなく減速はしていたが完璧に止まっていないから』といって違反切符を切りました。『速度が5キロオーバー』という理由で違反切符を切ったこともありました。でも、隣町では明らかに『駐停車禁止』を違反にできない。別の町のイベントでは『まず注意して、それでもダメなら違反切符』という処置でした。私にはこの違いがわかりませんでした。違反に差があると思うわけではありませんが、同じ取り締まりなら『明らかに意図的な違反』や『誰かが困っている違反』の取り締まりをやるべきだと思うんです。そして、それは先輩がハロウィンの日にやっていた注意喚起も同じだと思いました。」
木村の視線が川井に移った。
「先輩のやっていたことは本当にすごいと思ってはいました。でも、帰れと言われても帰らない人間に叫ぶよりも他にやるべきことがあったような気もします。そもそも何でこの場所では注意喚起しかできないのでしょうか?この町の人は困っています。市長ですら困っています。だとしたらこの町の警察がやるべきことは主催者のいないイベントをやめさせることであり、少しでもルールを破る人間は逮捕するべきだと思います。私がスピード違反を取り締まったときのように、淡々とやるべきだと思うんですよ。たぶん何人か逮捕されれば違反行為はすぐになくなりますから。」
「確かに。それができればすぐに問題は解決するかも…。」
「検討してください。私や兄さんのためにも。ただ、たぶん先輩はそれでも注意喚起をし続ける気はしますけどね。」
木村は笑った。心の中の何かが片付いたような、そんな顔に見えた。木村は須川を縛った糸を川井に渡した。そして、静かに駐車場のフェンスのそばまで歩いて…。
「玉さん、先輩。私、何で生きてるんでしょうか?」
突然、刃物を自分の首に当てた。
「やめなさい!」
川井が叫ぶ。木村は首を横に振った。
「もう、生きてる理由がわからなくなったんですよ…。姉さんも兄さんも失って…。」
木村の涙が地面に落ちた。ポタポタと地面を濡らす。
「あの日…、あの日死んだのが私だったら…。兄さんも姉さんも死ななかったのに…。」
「まだ、俺たちがいるだろ?」
とっさに玉川は叫んだ。木村は目を大きくして玉川を見た。
「お前の気持ちはわかる。全部をわかるとは言えないがわかる。でも、お前が死ぬのは反対だ!」
「みんな!みんな、そう言うんですよ!言ったんですよ!あなただけは死なないでって!兄さんも、たぶん姉さんも。でも、私はみんなと生きていたかった!私だけ生きていても、嬉しくないんです!」
「じゃあ、死んでいない俺たちと生きてくれ!」
そう叫んでから玉川は息を大きく吐いた。
「そもそも、お前のせいで俺たちの関係が微妙になったんだ。お前はその責任を取るべきだ。俺たちが今後どうなるのかを見届ける義務がある。それと、もう一つ。お前は謝るべき人がいるだろ?」
玉川からの問いかけに木村はうつむいた。
「お前が偽造した吉川君の遺書、たぶん本当は伊藤君の書いたものなんだろ?それをお前は井ノ上先生に渡し、俺たちは吉川君の母親に見せてしまった。だからお前は少なくともこの二人に謝罪するべきだ。」
木村は黙って下を向いている。ここで説得の勢いを弱めるわけにはいかない。玉川はさらに続けた。
「あと、『死んでいった人たちが自殺した』と誰もが納得できる動画や画像はどうなったんだ?公開されたのか?その説明もまだされてない。さらにお前が捕まえたがこの男がお前の言う犯罪を行った証拠もまだ受け取っていない。お前が死んだら誰がこの男の犯罪を証明するんだ?」
そこまで話し続けた玉川だったが、説得する内容が尽きた。すると、川井が玉川の隣に立った。
「青葉!これ以上は玉さんに言われるまでもないでしょ?言われなくてもわかるでしょ?私たちにはあなたが必要なの!玉さんはあなたの能力の高さを誰よりも評価してくれているし、私はあなたの素直さや明るさがうらやましい。だから、生きてほしいの!」
玉川のものとは違う素直な説得だった。木村は涙を流しながら、ゆっくりと刃物を地面に置いた。川井は歩み寄り木村を抱きしめた。その光景を見て、玉川はようやくこの事件が終わったことを知った。
「ズルいですよね〜。二人がそろうと〜。」
木村は笑って玉川と川井を見た。
「昔、兄さんと先輩が噂になったことがありましたよね〜?あの時、私の中で『何か違うな〜?』と思ってはいたんです。その『何か』が今、わかりました。先輩と兄さんは似ていたんです。似すぎていたから兄弟姉妹のような感じに見えたんです。そして、玉さんは私の姉さんにそっくりだったんですよ。考え方もしぐさも。私はきっと、玉さんと先輩を姉さんと兄さんに重ねていたんだな〜と、今はっきりとわかりました。だからお二人に幸せになってほしかったんですよ〜。」
ゆっくりと立ち上がり、木村は空に祈った。
「兄さん、姉さん。私、もう少しだけ生きてみます。」
その姿を玉川と川井は静かに見守っていた。




