第二十話 間に合うか…。
「なるべく急いで!坂井くん!」
「わかってます!」
川井が木村の家に着いたとき、家には木村の姿はなかった。部屋の机には『すいません。もしかしたら帰れないかもしれません。』という木村らしい置き手紙。川井は玉川に電話をしてから警察署に急いだ。最寄りの警察署には玉川から事情を説明された川井の上司から話が通っていて、川井はパトカーと警察官一人を借りてきた。今、運転している坂井は木村と同期で事情を聞くと、わざわざ大晦日にも関わらず快く同行してくれた。
「本当に青葉さんが事件を起こすかもしれないんですか?」
サイレンを鳴らしながらスピードと安全の意識を保ちつつ、坂井は玉川に聞いた。
「ああ。このままだと可能性はある。」
そう答えたとき、川井のスマホが鳴った。相手は川井の上司だ。川井はスピーカーにして玉川に渡した。
「玉さん、もし木村が事件を起こすとしたらどんなものなんだ?」
その声から緊張感が伝わる。この上司からすれば、『一人の部下が殺人を起こし集団自殺した』という事実が確定した上に『もう一人の元部下が事件を起こそうとしている』という現実。少なくとも後者だけでも防ぎたいだろう。上司としての立場としても、人としても。玉川は落ち着いた口調で話し始めた。
「木村青葉は吉川君を慕っていた。姉の恋人として、自分の好きな人として。吉川君との約束があるとしたら、それは『あの馬鹿騒ぎを止めさせたい』だろう。自分の姉の命を奪われ、自分の愛する人を奪われたと考えたなら可能性は一番高い。もし、木村の立場に自分を置き換えたなら…、」
「まさか…?無差別殺人?」
川井が叫ぶ。玉川は小さくうなずいた。
「厳密には無差別にはしないと思う。木村の性格からしても、何の罪もない人を死なせることは避ける気がする。だから一番実行しやすい方法は、『車の暴走』だと思う。歩行者天国になってもいない道の真ん中を占拠する人や、信号を守らない人に向けて車で突っ込む、それがあの馬鹿騒ぎに対する一番の報復だろう。」
走る車内が凍りついたように静まり返った。ただ、確かに一番あり得る方法だとそこにいる誰もが思った。
「ただ、その車がどこから来るかを特定することは不可能だろう。だから今の警察にできることはルールを守らせつつ、メイン通りと交差点に突っ込まれないように注意を払うことしかない。できればメイン通りに入れる道は通行止めにしたいところだけど…、」
「わかった。通行止めは無理でも警察官を配置することはできる。可能な限り見張ろう。ちなみに時間はいつ頃の可能性が一番高いんだ?」
電話の向こうで指示を出しながら川井の上司からの的確な質問だった。それに対する玉川の答えは的確だった。
「木村の姉、佐々木若菜の事件は日付が変わる頃に起きたらしい。だとしたら、木村が何かを起こすのも同じ時刻にするだろう。」
「わかった。事件を起こされないように最善を尽くす。何かわかったら連絡してくれ。」
川井の上司は電話を切った。しばらくの沈黙の後、川井が口を開いた。
「玉さん、私、青葉に事件なんて起こしてほしくないです。妹のように思っていたんです。」
「ああ。それは木村も同じだろう。お前を見ていた木村が本当に憧れているのは見て取れた。」
「だったら!」
そう叫んだ川井は声と気持ちを落ち着けせて玉川を見た。
「青葉がどこにいるのか、考えてくださいよ。」
声に悲しみが混ざった。涙がこぼれた。玉川は川井にハンカチを渡してから、遠くを見るようにしてつぶやいた。
「木村の居場所なら見当はついている。」
「は?え?本当ですか?」
川井の声が響いた。ミラー越しの坂井も驚いた表情のまま固まっていた。うなずいた玉川は話を続けた。
「さっきも言ったように木村の姉、佐々木若菜の事件がすべての発端だ。木村が事件を起こすなら時刻も場所も同じにする可能性が高い。」
「じゃあ、さっきは何で言わなかったんですか?」
運転しながら坂井が尋ねた。隣で川井もうなずいている。
「木村を説得できるとしたら、俺たちだけだ。他の警察官が捕まえようとすれば、何をするかわからない。さらに、例の吉川君が持っていたとされるデータ、それも木村が持っている可能性が高い。もし警察側が先に手にしたら隠滅する可能性もある。」
「確かに。どちらにしても私たちが先に青葉を見つけないとですね。」
川井がつぶやいて、坂井もミラー越しにうなずいた。パトカーは高速をすごい速さで走っていく。
同じ頃、亜由比駅前は人で溢れていた。何人も人が死んだ事件のことなど忘れたかのように若者が酒を飲み、騒いでいた。その喧騒を避けるように裏路地を女性が一人歩いていた。あの立体駐車場の前を通り過ぎたとき、突然男が後ろから襲いかかり女性の首にナイフを突きつけた。女性は男に言われるままに立体駐車場の中へ歩いていく。奥には専用のエレベーターがあり、男は屋上のボタンを押した。そして、屋上に着くと女性に襲いかかった…、が、次の瞬間、女性は男の腕をひねり関節を極めた。
「あなたには、これから私と一緒に事件を起こしてもらいま〜す。大量殺人事件を…。」
男が暴れるよりも早くロープで縛りあげ、女性はナイフを男の首に首に当てた。襲ったはずの女性に襲われている事実。自分が殺される側だという現実。恐怖に怯える男を車に乗せて、女性は笑った。
「兄さんに刃物を向けられたあの日にやめればよかったんですよ〜。そうすれば、私に目を付けられることも、私に刃物を向けられることもなかったのに〜。残念ですが、自業自得ですね〜。」
男はその時、女性の顔を見て、目を見開いた。
「お、お前は…、あのときの警官か?」
木村青葉は笑顔でうなずいた。
「はい。そして、あなたが弁護した佐藤創志に殺された佐々木若菜の妹です。ちなみにあの日あなたには刃物を向けたのは、姉の若菜の婚約者です。ご理解頂けましたか〜?」
男の恐怖は倍増した。必死に暴れ、必死に叫んだ。
「無駄ですよ〜。あの日、私の声も届かなかったんですから〜。うるさいから静かにしてくださ〜い。」
木村青葉は男の首に刃物を当てた。男はぐったりして動かなくなった。
「さて、間に合いますかね〜。もし、間に合ったら…。どうしようかな。)
時計を見ながら」木村青葉は遠くを見た。あの日を思いながら…。




