第二話 取材
季節は秋だが昼間は歩き回ればまだまだ汗ばむ日が続いている。取材という名の捜査を朝早くから夜遅くまで続けた。と言っても範囲は狭く、歩いてでもまわれるくらい。むしろ車は不利に思えた。いつもの取材なら休憩を取りながら自分のペースで進めるが、今回はそうはいかない。
「さあ、次はどこへ行きましょうか。何でも聞いてくださいよ〜!」
明るい声が隣から響く。この女性のテンションは若さからか性格的なものかはわからない。ただ、休むという感覚は持ち合わせていないらしい。
「玉さん、こいつを助手に使ってください。一応警察手帳も持ってますし。」
川井が強引に押し付けてきた木村青葉という女性。川井の部下の新人警官。普段は川井の助手をしながら仕事を学んでいた。しかし今回は川井本人が関わったこともあり、部下にかまっていられる余裕もないらしい。そこで上司と相談し、どうせ取材と称した捜査をする玉川の助手をやらせることになった。警察の情報がほしい玉川と、力を有り余らせている新人を厄介払いしたい警察の利害が一致した形だ。
「とりあえず今までの情報をまとめたいから、そこの喫茶店にでも入ろう。」
「それならこの先にカフェがありますよ。そっちにしましょう。大丈夫です。個室もありますから。」
取材を始めて三日目の水曜日の夕方、ようやく休憩を提案できる空気になった。その提案に対する答えがこれだった。こちらの考えを先読みできる頭の回転の速さは見せるのに、こちらがあえてカフェではなく喫茶店にしたいという空気は読めないらしい。こちらに一切の拒否権を与えず木村という女性は玉川を行きつけのカフェに引きずり込んだ。ただ、しっかりとした個室で広さもあり、文句のつけようもなかった。
「では、今までの情報を整理しましょう。」
「そうしよう。あと、少し声を絞ろう。個室の意味が全くないから。」
「はい。気をつけます。」
少なくとも悪い人間ではないようだ…。と思いながら玉川は資料を机に並べた。
玉川がまず調べたのは被害者三名。全員が仮装していたためそこまで気にはならなかったが、捜査資料を確認してその違和感に気づいた。
「まず年齢が不自然ですよね?」
木村が玉川を見ながらつぶやいた。玉川もうなずく。
「ああ。最初の被害者は若い女性だったが他の二人は50代男性と60代女性。この騒ぎの中心は若者で、それ以外はどちらかというと迷惑しているイメージがある。だから仮装して参加する年齢ではない気がした。
」
「確率を考えても不自然ですよね。あの大勢の人の中で若者を狙わないのは難しすぎる、というより不可能なレベルですよ。」
木村の話はもっともだ。玉川はもう一度捜査資料に目を通してみた。
最初の被害者は田中有希24歳。両親と三人暮らしだった。駅前通りのカフェの店員で明るい女性だったが、三年前に店が閉店してからは落ち込みがちだったらしい。ハロウィンにはカフェの店員時代から参加していたという。
二人目の被害者は谷中健二53歳。住所は隣の駅の近くでごく普通の会社員。若い奥さんがいたが三年前に別れて今は一人暮らし。周りの人からの話ではハロウィンに参加するような人ではなく、亡くなった事実よりも仮装をしていた事実の方が驚かれたくらいだった。
三人目の被害者は鈴木清子67歳。隣町に住むごく普通の主婦で三年前に夫を亡くしている。近所の人の話では挨拶を返してくれる優しいお婆さんだったらしい。
「みんな、何か問題があるようには見えないですよね。だから当然…。」
「ああ。この人たちを狙った連続殺人は考えにくい。」
玉川は頭の中にあった可能性を一つ消した。絶対ないとは言い切れないが、今のところはないと思えた。
「そういえば、玉さんは結婚されていますか?」
いつの間にそんな親しくなったと思えたのかは全く理解できない。ただ、聞かれたことには答える主義だ。
「独身だけど。」
「そうですか。じゃあ、ハロウィンは賛成派ですか?」
「まあ、一般的なハロウィンは反対はしない。この町のばか騒ぎは反対派だな。」
「美香先輩と同じこと言うんですね。」
さらっと言われてしばらくは美香=川井にならなかった。ようやく思考が追い付いたので返事をしてみる。
「ああ。お互いに付き合いが長いからな。考え方も似てくるさ。」
そう答えてみると、木村は意味深な笑顔を見せた。何を言おうとしてるかは何となくわかる…。が、今はそんな話をするつもりもない。
「あとは、何か気づいたことはないか?」
「まだあるんですか?」
木村はこちらが驚くほどの驚きを見せた。ある意味おもしろい。
「小さな気になることが、いくつか。ただ、大きな疑問がひとつ。明日はそれを確かめに行こうと思う。」
「はい!わかりました。明日もお願いします。」
木村の大きな声に玉川はただただ苦笑いだ。
悪いやつじゃないんだが…。と心の中でつぶやいていた。