第十九話 衝撃!
スー、スー。
誰かの寝息を感じて目を開けると、目の前には川井の顔があった。寝起きに他人の顔があれば誰でも驚くはず。そこに何となく特別な気持ちがあればなおさらだ。いつのまにか寝てしまったらしいけど、川井の抱きまくらになった記憶はない。毛布が多めにかけてあるから、きっともう一人はその時まで起きていたのだろう。玉川はそっと川井の手を外し、起き上がって辺りを見回す。部屋には他に人の気配はない。玄関から外に出てみると、朝日を浴びながら向かいの山に何かを祈る木村の姿があった。
「おはよう。早いな。二日酔いはないのか?」
木村は玉川の方を見て、おだやかに笑った。
「おはようございま〜す。大丈夫ですよ〜。玉さんの方が心配でしたよ〜。先輩に押し倒されてましたから〜。」
「そんなこと…、あったのか?」
「覚えてないんですか〜?」
笑いながらスマホを取り出した木村。画像には確かに川井と玉川の姿が…。
「これ…、押し倒されてるか?絞め落とされてないか?」
「確かに抱きしめているのか絞め落としているのかはわかりませんね〜。」
木村は「朝食の準備しま〜す。」と家に入っていった。玉川も大きく深呼吸をしてから家に入っていった。
朝食後はのんびりした時間を過ごした。大晦日ではあるが、こんなにのんびり過ごした記憶は玉川にはなかった。大体は取材内容をまとめるか、次の取材の準備をしていたから。それは川井も同じで年末年始に休むのは久しぶりだった。
「たまにはのんびりもいいですね。」
「そうだな。」
そんな会話を二人でしていると当然のように…、
「老夫婦の会話ですね〜。」
木村のツッコミが入る。それもまたのんびりだった。
夕方、ここに来た最大の理由である吉川の実家に向かった。住所は「私が調べておきま〜す。」という木村の言葉に甘えた。
「ちょっと私も行くところがありますので、2台にしましょ〜う。」
木村の提案に従い、木村の車の先導に川井の車がついていくことになった。木村の家からしばらく走ると海岸に出た。海沿いをしばらく走ると港町に出て、その町のはずれに吉川の実家はあった。
「7時に待ち合わせだから、少し早かったな。」
「そうですね。まだ帰ってないみたいです。」
二人が10分前と留守を確認していると、スマホを持った木村が走ってきた。
「すいません。私、ちょっと用事を済ませてきます。私の方が遅いと困るので、一応家の鍵を渡しておきますね。」
そう言って木村は鍵を川井に渡した。
「こんな大晦日にどこに行くの?」
川井が当然の疑問を投げかけた。木村は少しうつむいて、
「お兄さんとの約束があるだけですから。」
そう答えて足早に車に乗り込んだ木村は、車を走らせてあっという間に見えなくなった。
「ちょっと…、変な感じがしました。」
川井が玉川を見ながらつぶやいた。玉川もうなずく。
「木村の兄か…。そんな話をしたような…。」
「青葉ってお兄さんいるんですか?私、聞いたことないんですけど。」
驚いた表情の川井に玉川は考えながら答えを探した。
「お前が酔って寝ていたとき、そんな話をしたはずだ。確か…。」
「そうなんですか。」
すると、遠くに車のライトが見えた。その車は二人の前に止まり、中から女性が降りてきた。
「遅くなりまして。吉川秀人の母です。」
深々と頭を下げる相手に対し、玉川と川井も同じように頭を下げた。
「寒いでしょう?どうぞ、お入りになってください。」
吉川の母は家の鍵を開け、玉川たちは言葉に甘える形で中に入った。さすがに真冬の外は寒かった。
「今、お茶をいれますね。」
吉川の母がキッチンに消えると、玉川はキョロキョロと辺りを見回した。仏壇には遺影、その一つは吉川のものだった。玉川と木村は仏壇の前に移動し、静かに手をあわせた。
「お待たせしました。」
戻ってきた吉川の母がお茶をいれてくれるのを待って、玉川はこれまでの経緯を話した。『今まで殺人事件だと思っていたことが集団自殺だったこと』『唯一の事件である殺人を吉川が実行してその後自殺したと思われること』など。吉川の母は静かに話を聞き、「そうでしたか…。」とだけ答えた。まるで全てを知っていたかのような落ち着き具合に玉川も川井も驚きを隠せなかった。
「あの…、ショックではないのですか?」
そう尋ねたのは川井だった。吉川の母は静かにうなずいた。
「ショックではありますが、納得はできました。あの子は…、自殺するような子ではないと思っていましたので。」
母親の理解で片付くレベルではない気もした。だがショックで泣き崩れるよりは落ち着いて話せると判断した玉川は例の手紙を吉川の母に渡した。吉川の母は静かに手紙を読み、顔をあげて静かに告げた。
「息子の書いたものではありません。」
確信に満ちた言葉だった。少なくとも予想は当たったらしい。
「どこで違うとわかりますか?」
玉川が尋ねると吉川の母は手紙を指差した。
「息子の字ではないのもそうですが、息子が誰かを愛したとしたらそれは七年前ですから。三年前ではありません。」
明確な答えだった。しばらくの静寂のあと、川井が尋ねた。
「その方は…?」
吉川の母は立ち上がると吉川の遺影の隣に飾られていた写真を持ってきた。
「佐々木若菜さんという方です。優しくてしっかりしたお嬢さんでした。息子が愛した最初で最後の人です。」
写真の中で吉川に寄り添うおだやかな女性。ただ…、
「どこかで会った…?名前もどこかで聞き覚えが…。」
玉川は記憶を頼りに探した。玉川の記憶ではここ最近、この事件が起きた頃のはずだった。川井は玉川を横目で見ながら話を進めた。
「この方とは、どうなったのですか?」
「若菜さんは亡くなりました。七年前のちょうど今日でした。事件に巻き込まれて…。」
そこまで聞いて、玉川はさらに引っかかった。
「そうだ。どこかで聞いた。何かの事件の記事か資料だ。」
記憶を探しても出てこない。玉川は吉川の母に向き合った。
「その事件はどんなものでしたか?」
玉川の問いに吉川の母は写真の裏から折りたたまれた記事を取り出した。
「若菜さんは息子と待ち合わせをしていたところを男に襲われました。そして立体駐車場から…、」
そこまで聞いたとき、玉川の探していた答えが見つかった。
「佐藤の起こしたもう一つの事件だ!裁判記録で読んだ!あれがその事件だったのか…。」
「はい。だから、事件の話を聞いてショックを受けなかったのだと思います。むしろ、若菜さんに対する復讐なら納得できます。それだけ真剣に愛していましたから。」
静かにうなずく玉川。頭の中では解けていなかった謎が一つ解けた。
「なぜ、吉川君がこんな事件を起こしたかはわかったな。」
川井も静かにうなずいた。正義感の強い吉川がこんな事件を起こすとしたら、相当なことがあったはず。最愛の人を殺された復讐なら納得できる。玉川は静かにお茶を飲みながら、吉川と佐々木若菜の写真を眺めた。そして、気づいた。
「木村だ!木村青葉にそっくりなんだ!」
「あー、本当ですね。ちょっと髪を伸ばしたら青葉ですね。」
写真の佐々木若菜の方が若くは見えるが、顔や笑い方は木村青葉そっくりだった。
「似てるも何も…、実の姉妹ですから。」
「え?」
吉川の母の一言に、二人の声が揃った。吉川の母はこちらの反応に驚いて目を丸くしている。
「吉川さんと青葉のお姉さんが恋人だったんですか?じゃあ、お母さんは青葉とも面識が?」
「もちろんです。そもそも青葉ちゃんがこの町に住んでいて、若菜さんが訪ねてきたときに息子と知り合ったんですから。」
「青葉…、そんなこと一言も…。何で隠して…。」
川井がそうつぶやいて玉川を見た。ただ、玉川の頭の中ではあの日の会話が鮮明に思い出されていた。それは最初の事件のあと。木村を連れて井ノ上の家に行った日の夜、マスターのところで酔った川井の横で話したものだった。
『好きな人はいます。ただ、その人はずっと私のお姉さんを好きだったんです。だから私もお兄さんと呼んでいました。』
「あの話は佐々木若菜と吉川君の話…。じゃあ、」
『お姉さんを誰かに奪われても、お姉さんが遠くに行ってしまっても。』
「あれは、姉が殺されたという話…。」
そして、次の瞬間!玉川の頭にさっきの木村の言葉が思い出された。
『お兄さんと約束が…』
「それが吉川君のことだとしたら!まずい!やばい!」
冷や汗が吹き出した。玉川はできるだけ冷静に吉川の母に尋ねた。
「木村青葉に兄はいますか?」
「いいえ。二人姉妹です。強いて言うならうちの息子が兄でした。」
「じゃあ、まさか?」
川井も動揺した顔で玉川を見た。
「川井!木村の家に急げ!鍵はもらっただろ?もし、家にいなかったら近くの警察からパトカーでも白バイでも借りてきてくれ!」
「わかりました!」
川井はドアを破壊するかの勢いで出ていった。吉川の母がここに来て初めての動揺を見せた。玉川はできるだけ落ち着いて残りの質問をした。
「佐々木若菜さんの事件現場はここですか?」
「はい!そうです。」
「事件の時刻はわかりますか?」
「日付が変わった瞬間だったと聞いています。ただ、事件が起きたのが今日だったので、命日も今日にしたみたいです。」
玉川はうなずくと息を大きく吐いた。そして玄関に向かった。
「あ、あの、青葉ちゃんは…、」
明らかに取り乱す吉川の母に玉川は叫んだ。
「必ず、連れて帰ります!」
そして、外に出た玉川は急いで電話をかけた。冬の寒さで体が震えるはずが、目の前に広がる現実でそれどころではなかった。




